78.春風の祝い
「「雪の魔王は、立ち去れ!」」
「「春風よ、おいで!」」
今日はラシャドル王国の『春風祝い』の日。
長い長い冬の寒さを耐え、ラシャドルの樹の新芽が出た頃に春を呼ぶお祭りが行われる。
春風の祝いは、ラシャドル王国の建国物語にも出て来るので、ラシャドル王国の国民はみんな知っているおはなし。
◇ ◇ ◇
むかし、むかし、まだこの地に名前がない昔のことです。
この地に、触れた物を美しい氷の結晶に変える氷の精霊が住んでいました。
氷の精霊は、煌めく銀髪、薄い水色の眼をしていました。
ある日の朝、氷の世界が溶けていたのを不思議に思い、辺りを見渡すと、太陽に愛された様な金髪、青空の碧眼を持つ春の精霊に出逢い、 互いに惹かれ合いました。
ある日、花の精霊が春の精霊に花を贈るのを氷の精霊が見てしまいました。
氷の精霊が嫉妬に狂い、氷の世界を広げると、いつしか雪の魔王と呼ばれ、人々や他の精霊に恐れられるようになりました。
春の精霊が氷の精霊に会いに行きましたが、氷の精霊は嫉妬に狂い、春の精霊を氷漬けにしようとしたのです。
春の精霊は驚き、逃げました。
その話しを聞いた精霊達は、雪の魔王を倒すことにしました、 雪の魔王を倒したのは、精霊の愛し子、小さな子供でした。
雪の魔王は、小さなひと粒の種に変わり、愛し子がその種を植えると美しい樹が育ちました。
春の精霊は、愛し子に春の加護をかけた杖を渡し、美しい樹に冬芽をつける頃、この杖を使えば銀世界であっても春を呼ぶことを約束しました。
愛し子の名前は、ラシャドル。
いつしか人は、この美しい樹をラシャドルの樹、この地をラシャドルの地と呼ぶ様になりました。
「雪の魔王よ、立ち去れ。春風よ、来い。」
ラシャドルの樹の冬芽が芽吹く頃、春の杖を振り、ラシャドルが唱えると、春の杖から春風が吹き始め、銀世界は春の景色に姿を変えていきました。
次の冬も次の冬も、そのまた次の冬も、ラシャドルの樹の冬芽が芽吹く頃、春の杖を使い『春』を呼ぶようになったのです——
◇ ◇ ◇
「「雪の魔王は立ち去れ!」」
「「春風よ、おいでー!」」
私は他の子供達と同じ様に『春の杖』を振りながらラシャドル王都を練り歩く。
春を呼ぶ祝いとは言え、まだまだ雪が降り、多く残る季節なので、桜色のロングコート、焦茶色のレースアップブーツ、髪を編み上げ、デイジーの髪留めを合わせている。
「「雪の魔王は立ち去れ!」」
「「春風よ、おいでー!」」
建国物語には書かれていないが、この精霊の愛し子が6歳だったと伝えられている……!
春風の祝いは、魔法学校に入学前の子供に限り、王宮の中に入ることが出来る。愛し子の6歳は更に特別に、ラシャドルの樹の目の前へ行く事が許されているのだ。
王都を練り歩きながら王宮へみんなで向かって行く。
「「雪の魔王は立ち去れ!」」
「「春風よ、おいでー!」」
王宮のお庭に到着すると、6歳の子供達は、少しの緊張と少しの興奮と少しの誇らしさを混ぜた様な顔で、ラシャドルの樹の目の前に並び、始まりを待つ。私も6歳の頃を思い出す……欅の木をいつまででも見ていられると思ったよね!ラシャドル国民にとって6歳は特別なのだ……!
「なあなあ、第2王子が来るんだよな?」
「どんな王子なんだろうな?」
「ハルトフレート様みたいな春の王子様かしら?」
「あの向日葵の花火の王子様よね?」
…優しくて格好いい王子様です!とコソコソ話しに勝手に加わりそうになったけど、ぐっと堪える。
だって、ラルクが格好良いのは見ればすぐに分かるもん。
「これから、春風の祝いを始める!」
そわそわした空気が、ピリッと引き締まる。
ラルクが悠然とラシャドルの樹に歩み寄って行く。
ラルクのもとへ皆の視線が吸い寄せられていった。
ラシャドルの樹の前に立つと、隣にいた女の子が、…月の王子様…と呟いた。
…うん。分かる。ダークチョコレートの髪と黄金色の瞳がまるで夜空に浮かぶお月様だもんね?
…!
遠くのラルクと目が合い、ふわっと目を細める様に微笑んだ。
…はぁ
ラルクの微笑みは周りの女の子の乙女心を鷲掴みにしたみたいで、胸を抑える女の子が続出している。
ラルクがマタルさんから『春の杖』を受け取るとラシャドルの樹に向き合う。
「雪の魔王よ、立ち去れ。春風よ、来い。」
春の杖を振ると、杖の先が桜色に淡く輝き、ふわっと頬に暖かい風を感じた…
春風がラシャドルの樹の枝を優しく揺らし、ラシャドルの樹の周りの雪を優しく溶かしていく…
雪に覆われていた王宮の庭に、一輪、一輪と花が咲き始めた…
春がやって来た…
「春風の祝いを終わりにします!」
終わりを告げる声に私達はハッと我に返った。
両親や兄弟に聞いていても、春が訪れる様子を目の当たりにして、とても驚いた…。
「すごかったね!」
「春が来たね。」
「月の王子様、格好いいね!」
皆、思い思いの事を話しながら「春の種」と呼ばれる甘くて黒い丸いお菓子を貰う為に王宮の入り口へ向かう。私はゆっくり歩いていたので、気付けば最後尾になっていた。
「春の種」は、ラシャドル王国で昔から食べられる、春風の祝いのお菓子だ。飴みたいなお菓子で舐めていると幸せな気持ちになるので、私も大好きだ。
……!
ぐいっと物陰に引き寄せられる……!
「…………!」
「…静かにね?」
こくんと頷くと、私の口元に当てられていた手が外された。
…どうしてラルクがここに居るの?
ちゅっとおでこに口付けを落とされる。
「リマに会いたかったからだよ?」
「………」
「またね。」
くすりと笑ったラルクに頭をよしよしと撫でられ、トンっと背中を押された私はおでこに手を当てたまま最後尾に慌てて追いついた。
今日の王宮は入った子供の名前と人数が把握されている為、「春の種」を貰う列に並んでいないと親に報告され、怒られるので、みんなきちんと並んで待っているのだ。
うふふ。
ラルクに会えて、胸がふわんと春風が吹いたみたいに暖かくなっていた……
——春風の祝いが終わると、明日からラシャドル王国は春になる——
本日も読んで頂き、ありがとうございました!
ラシャドルの建国物語を書いたらすごく長くなってしまって、短編で載せました(*^_^*)読んで貰えたら嬉しいです◎
今日も頑張って行きましょう!















