37.甘いやっかい草
(リック視点)
リマがミンツェ村に到着する少し前からです。
ミンツェ村にエディンリーフ店の『ミント工房』を作る事になったと祖父から聞いた。
王都の名店で働くカイル叔父さんが、ミンツェ村に野生ミントがあるとエディンリーフ店の旦那様と奥様に勧めたそうだ。
ミンツェ村にミント工房が出来ることは、いい事だと思う。この村には働くところが少ないから、どんどん王都に村のお兄ちゃん達が出て行ってしまうんだ。
俺が気になっていたのは、エディンリーフ家の子供だ。カイル叔父さんも会ったことがないと言っていた……きっとすごくわがままな子供だと思う。
王都の魔法学校に通っている村のお兄ちゃん達が、王都の金持ちの子供はミンツェ村を田舎者だと言ってくるし、いじわるなやつが多くて仲良くなれないと言っていた。俺もこの村が好きだから村をばかにするような金持ちは好きになれない……!
魔王を倒した愛し子と同じとされる6歳の誕生日に魔法測定を行い『上級魔法』に適正があれば王都の魔法学校に通う。
ミンツェ村のように王都から離れている地域は、『上級魔法』の適正が1つの場合は、その村の普通学校に通うことも出来るが、2つ以上の場合は王都の魔法学校に入学が義務づけられている。
俺は、『風魔法』と『水魔法』に上級魔法の適正があり、王都の魔法学校に通うが決まっている……! 上級魔法の適正が2つ以上あるのは、すごいことだ! だから分かった時は、嬉しくて、誇らしかった! 父さんも母さんもみんなが褒めてくれた。
エディンリーフの子供は2つ年下だと聞いている……まだ魔法測定はしてないけど、きっと魔法学校に入学する……。
卒業までの2年間、俺はエディンリーフの子供と関わらなくちゃいけないと言われた……すごくいやだ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そうこうしていたら、エディンリーフ家の人達が、『ミント工房』を見るためにやって来た。
部屋から出なければ、挨拶するだけでいいだろうと思っていたのに、歯ブラシを持って応接室に集まるように言われた……?
「どうして歯ブラシがいるんだ……?」
呼びに来た母さんに言うと、母さんも分からないと首を捻っていたが、「いいから歯ブラシを持って来てちょうだい」と早口で言った……面倒くさい。「はあ……」ため息をついて、歯ブラシを持ち、母さんと応接室に急ぐと、全員が歯ブラシを持って待っていた。
歯ブラシを持つ大人にも驚いたが、それよりも……
「はじめまして。リマニーナ・エディンリーフです。ミントの商品を試したいと思うのでご協力をお願いします」
ふわりと笑顔で言った女の子。
この子がエディンリーフの子供…………?
俺は目が奪われた……! こんなかわいい子、ミンツェ村で見たことがない。村で1番かわいいと言われるミナとは全然違う……。
大きな目、くりっとしたまん丸な黒目。まつ毛もすごく長い。ぷっくりした頬っぺたに触ってみたい。みんなの前で話しをして、顔が赤くなっているのも、すごくかわいい、いや、なんか守ってあげたくなる。うさぎみたいだ。
横で結んだ茶色のふわふわした髪が光でキラキラしてる。この子の周りだけ、キラキラして見える……?
リマニーナがミントの商品を次々作っては試すように進めて来た。
困ったことになった……俺は、やっかい草の寒気がするような匂いが苦手なんだ。ミントティーに蜂蜜をダバダバ入れて口に流し込む。歯磨き塩やうがい水も何とか乗り切れたと思ったら、リマニーナが俺を心配するように、ちらりと見ている事に気付いた……
……いいところを見せないと!
ミント楊枝を勢いよく口に入れたら、口の中でやっかい草が暴れまわり、目が白黒した。その後も、リマニーナが「ミント飴を作ります」と言い、熱そうな砂糖に手を入れようとして、思わず声をあげそうになった……! 旦那様が慌てて砂糖を取り上げ、その場の全員がホッとした……。全員をハラハラさせたリマニーナは、「おいしいね!」と嬉しそうに、花が咲いたみたいな笑顔を見せる。かわいい……
リマニーナを笑顔にさせたミント飴は甘くてやっかい草も優しく感じた……
そこからはあんまり覚えていない……
「リック、リマお嬢様に失礼だぞ」
俺は、リマニーナの腕を気付いたら引っ張り、危うく倒れさせるところだった……!
「ミンツェ村を案内しようと思ったんだよ……」
カイル叔父さんが、今までに見たことがない冷ややかな顔を見て、背中に汗が流れる。父さんや母さんの顔が見れないが、周りの空気が凍りついているのは分かった……なんとか言い訳を口にするが、王都の名店の子供にとんでもないことをした……俺のせいでミント工房がだめになったら、どうしよう……?
「ミンツェ村、見てみたい! 行こう?」
花が咲いた様な笑顔を自分に向けられて驚いた……! カイル叔父さんや父さん母さんも驚いている。でも案内するしかない!
ミンツェ村でお嬢様のリマニーナが喜びそうな場所はどこだろうと必死で考える。村のお兄ちゃん達がロートスの池の花が咲いている時は、デートの待ち合わせ場所に使うと言っていたのを思い出した。
村の女の子とだってあんまり話さないのに、こんなかわいい子と何を話せばいいのか……何も話せないまま歩いた。早く辿り着きたくて、近道のとうもろこし畑を抜けて『ロートス池』に着いたのに、花がひとつも咲いていなかった……!
「すごいね。朝見たらきれいだろうね!」
リマニーナの声がした……
きっと花が咲いていない池を見てもつまらないだろうな……?
「……怒らないのか?」
思ったままを言葉にした。こんなのつまらないって言われた方がマシな気がしたからだ。
「……? 何を怒るの……?」
リマニーナが不思議な顔をして、小首を傾げるのが目に入った。うさぎみたいだな……と再び思いながら、何故分からないのか解らず自分のした事を話した。
「……俺、お前、いや、リマニーナおじょうさまを……」
「あ! リマでいいし、お嬢様も要らないよ」
大きな目が俺をしっかり見つめ、ハッキリと言われ、その言葉が真実だと分かった。
家とか店は関係ないから名前で呼んで欲しいと言われ、驚いた。俺は顔に表情が出ないからきっと顔に出ていないと思うが、本当に驚いた……!王都に行ったお兄ちゃん達の話だと、金持ちはもっと気取っていて、イヤミなんじゃないのか……? もっとリマと話してみたいと思った……
「……じゃあ俺もリックでいい。……リマ?」
「うん! リック、よろしくね!」
リマと疑問形で言ったのは照れたからだ……。リマが花の咲いたみたいな笑顔で、俺の名前を呼んだのが嬉しかった。いきなり心臓の音がうるさくなった……。
「あ、それで何で怒ってると思ったの?」
「ああ、リマのこと引っ張ったからさ……それに畑とか連れ回したし、花は咲いてなかったから……」
俺は気にしていた事を話すと、リマは気にしてないよとふわりと笑った。リマは植物が好きな事、ロートスの花は朝に咲く事を覚えた。
リックとまた呼ばれミント畑に向かう。気分が良くて俺はいつもより早歩きになっていたらしい。「リック……」と小さな声に振り向くと、リマが真っ赤な顔で苦しそうにしていた……!
慌てて戻り、少し迷ったが手を差し出したらリマが手を伸ばしてくれた。俺はリマの小さな白い手を離さないようにミント畑に向かった。
「……リックって歩くの早いんだね!」
「普通だから! リマの体力がないだけだ」
「……そうかも……ね……」
照れ臭くてリマのせいにすると、素直に頷くリマを見て、しまった……と思った。もっと優しい言葉を言いたかったのに、今から何を言えばいいのか分からなくて、話せなくなった。
「あのさ、リックってミント苦手でしょう?」
「………ああ」
何も話せない静かさを壊したリマの言葉は、やっかい草が苦手なカッコ悪い俺にイヤミか……? と思っていると、リマは首を横に振って違うと言った。
「あのね、ミントが苦手な人でも大丈夫なミントがあるんだ! 試してみない?」
「……」
ぐいっとリマの顔がいきなり近付いて来て驚いた……!
「おねがい! だめ?」
すぐに返事をしなかったから駄目だと思ったらしい。 どんどん近づいて来たリマが両手を組み上目遣いで俺を見て来たので戸惑う……
「……まあいいけど」
なんとか、なんとか絞り出すように返事をした。
「ほんと? やったー! ありがとうリック!」
リマの小さな手が俺の両手をぎゅっと握り、本当に驚いた……! 驚いて手を離したのに、リマは俺の手首を掴んで歩きだした……! 掴まれた右の手首が熱を持ったみたいに熱いと思った……俺は左手で真っ赤な顔を隠して、早く顔の熱が冷めるのを祈るだけだ。
「スペアミントって言うの!」
目的地についたリマが、やっかい草と少し違う葉っぱを指差した。
俺の右手首を掴んだまま、リマが、花の咲いたみたいな笑顔で言った——
本日も読んで頂き、ありがとうございました!
他者視点を書いて行きたいなと思い、初めてなのでリック君を選びました◎
あとで少し書き直すかもしれませんが、これから少しずつ他者視点も取り入れて行けたらと思っています。
暑いですが、今日も一日頑張りましょう!