3.リマニーナ・エディンリーフ
庭に行きたいのに行けません。
「……よく寝たな」
すっきり爽やかな朝の目覚め。昨日あのまま眠ってしまったみたい。鳥のさえずりも聴こえて来る。……私は小春に戻る事はなく、小さな女の子、リマのままだった……夢だったら良かったのに!
リマの記憶を思い出したけど、私、小春は死んだ……のかな? リマの記憶は、自分の記憶みたいなんだよね……2人分の記憶がある感じ?
小春の最後の記憶は、小学校で桜の苗木を植樹中に立ち眩みがして倒れたけど、それで死ぬかな? 頭の打ち所が悪くて? ……もし死んだなら子供達に悪い事をしたな……せめて、子供達がいない場所で死んでいますように!
小春の私は、友達に「いつも元気だよね」言われていたし、風邪や病気も殆どした事がなかった。立ち眩みで倒れたのも初めてだった。
きゅるるる……
「お腹空いたな……」
色々考えていたらお腹の虫が鳴いた! 両手でお腹を押さえる。昨日から何も食べていなかったし、分からない事を考えていても仕方ないよね? 小春に戻りたいけど、今はリマとして過ごした方が良さそうだね……!
気持ちを切り替え、初めてゆっくり部屋を見渡して驚いた! ちょ、ちょっと! リマの部屋がゆめかわみたいになっていますよ!
女の子の憧れる夢みたいな甘い部屋になっている。かわいいベッドにはフリフリの天蓋付き! リマの記憶はお部屋の記憶がとても多くて、よく寝ているのかな? ゆめかわいいお部屋には、他に何があるのか見てみようと思うと、扉を控えめにノックされる音がした。
「リマ様、マリィです。おはようございます」
優雅な仕草で女の人が、マリィ、が入って来た。夜空みたいな紺色の髪に、紺色の瞳のマリィに「おはよう」と挨拶をすると、眉毛を下げ、心配そうに「お体の調子はいかがですか?」と額に手を当てられる。
触れる手がとても優しく、マリィがリマを本当に心配してくれているのが分かり、胸がほわんと暖かくなった……リマを心配してくれる人がいる。リマを……か、ちくんとほんの少し胸が痛んだのは、きっと気のせいだ。
「もう大丈夫だよ。ありがとう」
「お熱もないですし、体調が宜しければ、お着替えをしましょうか?」
私がお願いすると、マリィが薄い桃色のワンピースを手に取り見せてくれる。ワンピースの裾には、白と黄色の小花が刺繍されていて、すごくかわいい。
小春は、作業する事も多く、スカートよりパンツを選ぶことが多かったから新鮮だなと思う。
「次は髪を結いますよ。座って下さい」
可愛いドレッサーの椅子に座る。
あ! リマの顔をまだ見た事ない! あんな美男美女が両親だから子供のリマに期待しちゃうよね?
期待を込めて鏡を見て、驚きましたよ! 驚きました! 大事だから二度と言いました!
かわいい…………心の中で何度も呟きました!
小春の名誉の為に言うと、小春も不細工ではなかったよ! 普通だっただけで!
リマは色素が薄く、儚げな美少女だ……
ココア色の髪は、ふわりとゆるいウエーブをしており、肌は日に当たった事がないのかと疑う程、透明感のある白さ、いや青白い? ミルクチョコ色の大きな瞳にまつ毛は長い。頬は子供特有のふっくらさはなく、それが余計に美少女を強調する。鼻は高く、形のよい小さな唇は少し血色が悪い。
見惚れるくらい美少女だが、昨日倒れたからなのか不健康な感じも受けた。ベッドで寝ている記憶も多いし、病弱な子供なのかもな? 病弱な美少女か……小説の主人公みたいだね……?
そんな事を考えている間に、マリィが手早くハーフアップに編み込みをして行く。「今日はティエラ様の作ったリボンを一緒に編み込みました」と繊細なレース編みのリボンを使った髪型を見せてくれた。ワンピースの刺繍に合わせたリボンは、美少女のリマと合わさり、とても可愛かった……! ティエラはお母さんの名前だよね? 「これお母さんが作ったの……?」素人が作った物にはとても見えず、驚いてマリィに尋ねると、マリィが目を僅かに見開いた! あ、失敗したかも……
どうしようと慌てていると、マリィが肩に優しく手を置き、にこりと笑う。「リマ様の記憶が少し混乱しているかもと聞いています……分からない事があれば、何でも聞いて下さいね?」と、慈しむ様に鏡越しに目を見て言われる。
「ティエラ様は、エディンリーフ店で人気のアクセサリーブランド、『ティエラブランド』のデザイナーを行なっておいでです。デザインだけでなく、魔力も含み防御力も高いので、特に女性の冒険者に支持が多いのです。今日、リマ様に使ったリボンは、体力回復に使われる素材を使っていますよ?」
きゅるるる……
マリィの話の返事が、お腹の虫の声ってどうだろう……! 恥ずかしくて、慌ててお腹を両手で押さえ、「……お腹空いたみたい……?」と小さな声で言うと、マリィが少し驚いた顔をした後、すごく嬉しそうに微笑み、「食事のご用意は出来ておりますよ」と教えてくれた……ああ、恥ずかしいな。
「……っリマ! 起きて大丈夫なの?」
「うん! お腹空いちゃった」
お腹が空いたと言うと、お母さんもマリィの様に驚いた顔を見せ、すごく嬉しそうな顔になった。もしかして、リマはすごく細かったし、食欲のあまりない子供だったのかもな? と思いながら、マリィに案内された椅子に座った。
しばらくすると、ドタドタと慌ただしい音が近付いて来た……うん、これはお父さんだと思う。予想通り、お父さんが現れ、「……っリマ! 起きられるくらい元気になってよかった!」と朝からぎゅうと抱きしめられた。
お父さんがリマのことを可愛がっているのは、リマの記憶が無かったとしても、よく分かる。
お父さんの抱き着きをお母さんが宥め終わると、食卓に美味しそうな朝食が用意されていた! 「いただきます」と手を合わせて言うと、みんなが一瞬不思議な顔をしたのだけど、それには気付かないまま、私は朝食を食べ始めた。
目玉焼きにソーセージを添えたもの。彩りの綺麗なサラダ、野菜の浮かぶスープ、硬めの小さなパン、オレンジジュース。
小春が食べていた物とあまり変わらなくて、ホッとした気持ちで食べ進めていった。パンの硬さはちょっと困ったけど、野菜やオレンジジュースは、新鮮で味が濃くて美味しかった!
お腹が空いていたのもあって、全部綺麗に食べ終えた。手を合わせて、「ご馳走さまでした!」と言った。
みんながポカンとした顔で、私を見ていた……
庭にたどり着かない!もどかしい!