ハッピーハロウィン♪
むにむにとした感触がほっぺたに当てられて、まだ重たいまぶたをほんの少し押し上げると、カーテンの隙間からきらきらした朝の光が差し込んでいた。
「にゃお」
「スゥ――おはよう」
愛猫のスゥがごろごろ喉をならしながら胸の上に乗ってきたので、優しくふわふわの毛をなでてあげる。
のどの音がごろごろ大きくなるのが、かわいい。
「にゃおん!」
「スゥ、どうしたの?」
ついてきて! の副音声が聞こえたので、天蓋付きのベッドから抜け出ると、スゥは扉の前で待っている。
カーディガンを羽織ってスゥのあとをついて扉をあけた途端に絶対零度の視線に凍りついた。
「リマお嬢様、そんな薄着でどこに行くんだ?」
「えっと、外かな――?」
なぜかカイルが扉の前に立っていて、すぐに部屋に連れ戻されると、ぺいっと寝間着を脱がされて声にならない声をあげる。
「つるぺたには興味ないから心配するな」
「つるぺたじゃないよ! リマだよ!」
「秋にそんな格好で庭に出ようとするから、いつまでもつるぺたなんだぞ」
相変わらず私の扱いがひどいと思うけれど、確かに秋も深まってきたのに寝間着にカーディガンを羽織るだけだと風邪をひいてしまうよね。
「カイル、ありがとう」
くつくつ笑うカイルは手早くいつもの園芸スタイル――厚手のサロペットに花型のボタンが愛らしい丸襟の白ブラウスを着せてくれると、白レースを使って三つ編みに結わいてくれる。
最後にミルクチョコレート色のショートブーツをすぽんと履いて、待っていてくれたスゥと一緒にエディンリーフ家のお庭に出る。
スゥの鍵みたいに少し曲がっている『精霊のしっぽ』がゆらゆら揺れるあとをついていく。
どうやらスゥは魔力の泉に向かっているみたい。
「スゥ、魔力の泉になにかあるの?」
「にゃおん!」
そうよ! の副音声が聞こえたので、なにか変わった植物が生えたのかもしれないと思い、わくわくしてきた。
今は、エメラルドブルーの魔力の泉を囲むようにたくさんの木苺が実っていて、ラルクと木苺摘みをするのは大好きだけど、新しい植物ならいつでも大歓迎だよーー!
「わあ――! かぼちゃだらけだね!」
「みゃおん」
「すごいね! スゥが見つけたの?」
「にゃお!」
得意そうな副音声が聞こえたので、しゃがみ込んで耳やひげの付け根をなでてあげると喉をぐるぐる鳴らすのが、とってもかわいい。
スゥは美人なのにかわいくて、本当に大好き。
「よしっ! どんなかぼちゃがあるか見てみよう!」
木苺も大好きだけど、かぼちゃも大好きでわくわくしちゃうよね――!
かぼちゃは大きくわけて三種類あるんだよね。
ひとつめは、西洋かぼちゃ――野菜売り場で見かけるのはほとんどが栄養価の高い緑黄色野菜の西洋かぼちゃで、甘みが強くてほくほくしている。
ふたつめは、日本かぼちゃ――ポルトガルから日本へ伝えられたかぼちゃで、煮崩れしにくいから煮物などに向いていて、甘みも控えめでねっとりとした食感。
みっつめは、ペポかぼちゃ――北米南部の乾燥した地域で作られるかぼちゃで、味が淡白だから肉や香りの強い野菜と一緒に調理されることも多い。
かぼちゃの種類と品種を確認したくて魔力の泉に数歩近づいたところで、ぐいっと腕を引き寄せられる。
ふわりとさわやかでほろ苦いレモンタイムみたいな香りが鼻をかすめる。
「リマ、魔力の泉に落ちちゃうよ」
「――ラルク!」
いつの間にかラルクが隣の庭から遊びにきていて、びっくりして目をぱちぱちして小首を傾げてしまう。
「さっきから呼んでいたけど、リマは植物に夢中で気づいてなかったからね」
「えっ、そうなの?」
「うん、そうだよ。それなのに、リマが泉のふちにふらふら歩いていくのが見えて焦ったよ」
ラルクが黄金色の瞳でのぞきこむと、私の頭をぽんぽんと優しくなでるから心臓がどきどき騒がしく動きはじめてしまう。
「――ありがとう、ラルク」
「どういたしまして」
赤くなった顔でお礼を言ったら、するりと手をつながれてしまった。
「リマ、手をつないでいたら魔力の泉に落ちないから植物をゆっくり見ていいよ」
「うっ、うん――」
くすりと笑うラルクに赤くなった顔でこくんとうなづいた。
ラルクと手をつないでいたら、どきどきして植物が見れないかも――!
「ラルク、ラルク! こんなにたくさんのかぼちゃが一度に生えるなんて、すごいよね!」
「うん、すごいね」
「うん! 日本かぼちゃも西洋かぼちゃもあるなんて――黒皮栗かぼちゃでしょ、くりゆたかにロロン、えびす、雪化粧もあるよ! あっ、あっちにはペポかぼちゃがあるみたいだよ――!」
嬉しくてラルクに視線を送ると、黄金色の瞳にやさしく見つめられている。
「リマ、かわいい」
にっこり笑顔で言われて、熱くなったほっぺたに手を当てて熱を逃がそうとしていると、ラルクにくすくすと笑われてしまう。
「リマ、残りの植物は朝食を食べてからにしようね」
「えっ、あっ――!」
ラルクの言葉を聞いたら急にお腹が空いてきて、お腹の虫が鳴きそうなお腹をあわてて押さえたら、くすりと笑いながらラルクがやさしく手をひいてくれる。
いつの間にかマリィとマタルさんもいて、魔力の泉の近くにやわらかな敷物と朝食を用意してくれていた。
「リマ、ゆっくり食べなくちゃだめだよ」
サンドイッチを口に運びながら、早く食べ終えてかぼちゃの続きを見たいなと思っているとラルクの手がほっぺたに触れた。
「リマ、ついてるよ」
「――っ! あ、ありがとう……」
くちびるの横にのびてきた手が、そっとパンくずをつまむと離れていき、そのままラルクの口の中にぱくんと消えてしまった――!
「リマ、ごちそうさま」
このあと、どきどきして味がよくわからなくなったのは仕方ないと思う。
「リマ、疲れていたら今日は終わりにしようか?」
「えっ、ううん! まだまだ大丈夫だよ! まだペポかぼちゃを見ていないから絶対見たい――!」
ラルクが真面目な顔になると、顔色をうかがうように両頬をはさまれる。
さわやかでほろ苦いレモンタイムみたいな香りが強くするくらい近づいてくると、心臓がどきどき恥ずかしくて顔が真っ赤になってあわあわしてしまう。
「リマ、かわいい」
ラルクの黄金色の瞳に見つめられて、どきどき心臓が苦しくなってしまう。
「ラルク様、あんまりリマ様をからかうと嫌われてしまいますよ」
「うん、それは困るな――マタル、リマに桃色生姜の体力回復薬を用意してあげて」
「もう準備はできております。リマ様、こちらをどうぞ」
マタルさんに体力が回復するラルクと私のふたりだけの回復薬――檸檬を加えて桃色になったジンジャーエールを手渡してもらう。
ラルクと一緒にこくこくと飲むと、すぐに元気になったけど、思っていたより疲れていたこともわかった。
「リマ、今日はペポかぼちゃを見たら家に戻ろうね」
「うんっ! ラルクありがとう」
ラルクが頭をぽんぽんとなでると立ち上がり、手を差し出してくれる。
そっと手をそえると立ち上がらせてくれて、そのままするりと手をつないでペポかぼちゃへ向かう。
「わあ――このかぼちゃ大きい!」
「うん、本当だね」
「ラルク、すごいよ! こんなに大きいのはじめて見たよ――!」
私は目の前にある両手で抱えきれない大きさのアトランティックジャイアント――おばけかぼちゃに抱きつきながらラルクにぶんぶん手を振った。
こんな大きなおばけかぼちゃは、なかなか見ることができない。
「ああ――っ!」
「リマ、どうしたの? 体調悪くなった?」
心配そうに黄金色の瞳に顔をのぞかれるが、あわてて首をふるふると横にふる。
とっても重要なことに気づいてしまった――!
「ねえねえ、ラルク――ハロウィンやろうよ!」
この時期にこんなに色々なかぼちゃができて、ハロウィンをやらないなんてもったいない――すごくいいことを思いついてしまいラルクを期待のこもった目でじっと見つめる。
なぜかほんのり耳が赤くなったラルクがおばけかぼちゃに抱きついている私の頭をぽんぽんとなでた。
「リマ、ハロウィンってなにをやるの?」
「あ……っ!」
ラシャドル王国にはハロウィンの文化はないことすっかり忘れていた。
楽しいハロウィン計画をおばけかぼちゃに抱きついたまま話そうとしたら、くすくすとラルクに笑われる。
「リマ、おいで」
ラルクはおばけかぼちゃを背もたれにするように敷物の上に座ると、隣をぽんっとたたいた。
「あのね、前に読んだ本の中にハロウィンというお祭りがあって――秋の収穫と先祖の霊をお迎えするお祭りがあるの。だけど、先祖の霊と一緒に悪霊もやってきて作物に悪影響があったり、子どもをさらったり悪さをするから悪霊を驚かせて追い払うために仮装をするんだよ」
ラルクと肩がふれあう距離に座りながら、ラルクのあたたかな体温を感じる。
「あとね、仮装をした子どもたちが『トリック・オア・トリート』――お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうぞと声をかけてお菓子をもらったり、かぼちゃに目と口と鼻をくり抜いて顔の形にしたかぼちゃのランタン『ジャック・オー・ランタン』を作って、玄関や部屋の窓辺に飾って悪霊を怖がらせるんだよ!」
「それは楽しそうなお祭りだね」
「うん! ラルク、一緒にやってくれる?」
「もちろん、いいよ」
嬉しくてラルクを見上げると蜂蜜みたいにとろりと甘い黄金色の瞳と見つめられていて、心臓がどきどき忙しくなってあわてて視線をはずした。
くすりと笑う声が聞こえると、頭をくいっとラルクの肩に誘われる。
「リマ、使っていいよ」
「――っ! あ、ありがとう……」
それからハロウィンに向けてラルクといっぱい準備を重ねて――
「リマ、どうかな?」
イラスト/一本梅のの様
――ぷしゅう……
イラスト/倉河みおり様
私の脳みその許容量を越えた音がした。
ラルクの黄金色の瞳に黒色のマントやシルクハットがすごく似合っていて、こうもりやジャック・オー・ランタンがラルクのうしろに飛んでいるような気がしちゃうくらい格好いい――!
ドラキュラのラルクを見つめていると、心臓がこれでもかっていうくらいどきどきして、茹でたこみたいに赤くて熱くなった顔に手のひらを当てて熱を逃がしていく。
「リマ、かわいい」
甘やかな蜜をとろりとためた黄金色の瞳に見つめられて、魔女になった私の頭をぽんぽんとなでてくれる。
ラルクと私の仮装衣装は、ラシャドル王国で人気の『ティエラブランド』デザイナーのお母さんに作ってもらった。
私の魔女の衣装には、ラルクの胸もとの赤いりぼんとお揃いのものが頭に結んであって、小春の世界で人気のあった魔女みたいなんだ。
「ラルク、本当にほんとう?」
「うん、魔女のリマもかわいいよ」
「ありがとう! ラルクのドラキュラもすごく似合ってるよ――!」
くすりと笑ったラルクにするりと手をつながれて、マタルさんやマリィ、カイルのところにお菓子をもらいに行った。
かごの中がお菓子で山盛りになると、魔力の泉に用意してもらった寒さをやわらげる魔道具の敷物に並んで腰をおろした。
「ラルク、すっごく楽しかったね!」
「うん、そうだね」
ふたりで作ったかぼちゃのジャック・オー・ランタンがたくさん並んでいる。
気づいたら少しずつ日も暮れて、空の橙色が濃くなったあとに世界を青く包む、はかない蒼色のブルーアワーがおとずれていた。
「照明」
ラルクの手がルビーのようにきらきら赤く光るとジャック・オー・ランタンの中に光の玉が移動して、ろうそくを灯したようにほんのり淡くきらめいている。
「ラルク、すごいね! とってもきれいだね」
「うん、そうだね」
ラルクも私も言葉を忘れたようにブルーアワーの中で幻想的にきらめくジャック・オー・ランタンを見つめ、いつの間にか夜のとばりはおりてしまい残されたのはランタンのゆらめく灯りだけだった。
「リマ――トリック・オア・トリート」
ラルクの言葉にきょとんと小首を傾げると、くすりと笑われた。
「リマがお菓子をくれないから、いたずらしちゃうね」
――ちゅ
ラルクの唇の感触をほっぺたに感じた。
「リマ、おあいこは?」
「――っ!」
「リーマ?」
「えっと、あの、ラルク――あのね、トリック・オア・トリート……?」
くすくす笑ったラルクが左のほっぺたを指差していて、ランタンの赤い光がなくても真っ赤な顔で、どきどきしながら顔を近づける。
――ちゅ
「リマ、ハッピーハロウィン」
「――うん」
こくんとうなずいて顔をあげれば、お月さまみたいな黄金色の瞳に甘やかに見つめられていて、さわやかでほろ苦いレモンタイムの香りに包まれる。
ジャック・オー・ランタンのあたたかなゆらめく灯りに照らされて、私たちは甘やかな口づけを交わした――。
おしまい
すてきなイラストをいただきました。
初めてのFA♪
イラスト/一本梅のの様
完結して一年近く経つ番外編を見つけていただき、読んでいただき、本当にありがとうございます♪
一本梅のの様がハロウィンコレクションとして、ドラキュラの仮装をしているラルクを描いてくださいました♪
ハロウィン当日になってハロウィンSSが書きたくなってしまい、ハロウィンは過ぎてしまいましたが書いてみました(*´∀`*)楽しんでいただけていたら、とっても嬉しいです♪
「小春の小庭」は一番最初に書いた小説で、文章もつたない、年齢設定や話の流れなど反省点ばかりなのですが、久しぶりのリマとラルクはやっぱり懐かしくて自分の子どものようにかわいくて書くのがとっても楽しかったです。
のの様、このたびは本当にすてきなイラストをありがとうございました!
読んでくださった方々、本当にありがとうございました!
〈追記〉R3.2.1
倉河みおりさまからぷしゅうリマFAをいただきました(*´꒳`*)
ハロウィンコスもリマの表情も本当にかわいくてかわいくて、物語の中に挿し絵を追加しました……!
みおりさま、このたびは本当にかわいいイラストをありがとうございました!















