苺を摘みに
「……晴れてる!」
カーテンの隙間から、春の柔らかく静かな陽射しが降り注ぎ、うらうらとしている。カーテンを開けなくても空の色が分かる気がして、嬉しくて思わず呟いてしまった。
今日はかわいい弟のアルファードと遊ぶ日なのだ……!
頭の上から少し寝ぼけた掠れた声で「……おはよ……」「ごめんね、起こしちゃった……?」返事の代わりに腰に回された逞しい腕に引き寄せられると、頭に柔らかな口付けの感触を感じる。「今日はアルと会う日……?」と尋ねられ、こくんと頷く。
おはようの挨拶を合図に、顔中に優しくて甘やかな口付けが落とされていく……お休みの日や朝早く起きた日は、このまま甘やかに溶けることも多く……いや、ほとんどラルクの甘やかさに溶かされてしまっている……。結婚して数年が経つが、それが嫌じゃないから困ってしまう。好き、は慣れない……。
でも、今日はアルと会う日だから! 甘やかに溶ける前に、離れなくちゃ……! ラルクの鍛えられた胸板をぐいぐい力いっぱい押すと、くすりと笑いながら力強く捕らわれてしまう。小さな隙間の中で、慌ててラルクの逞しい胸板をぽかぽか叩く……
「アルと約束してるのっ……!」
くすりと笑う声と、「……残念」と色香の漂う掠れた声で言うと、最後にちゅ……と唇にひとつ音を立てて離れていった。小春の小庭に向かう準備を整え、移転の間に向かうと、ラルクが背後から私を抱きしめ、肩にこてんと頭を預ける。「予定が早く終わったら、僕も行ってもいい? 僕もアルに会いたいな……?」甘えるような言い方が珍しくて、ラルクもアルに会いたいみたいで嬉しくなる……! 力強く頷くと、腰に回された腕に力が入る。
「デートか……ずるいな」
…………!
まさかラルクがそんなにアルの事を可愛がってくれていたなんて……! アル可愛いもんね。青空みたいな髪に、夕焼けみたいな赤い瞳、小さくて可愛くて、本当は毎日アルと遊びたい! でもラルク、任せてね!
「もしラルクが間に合わなくても、どれだけアルが可愛かったか教えるね!」
腰に回されたままのラルクの腕をぎゅっと掴み、力強く応えると、ラルクが「ああ……もう……」と言いながら私の首や肩に頭を擦り付けて来て、ふふっ、もうっ、擽ったい……くるりとラルクに回転させられ、頭をぽんぽんと撫でられる。
「リマ、いってらっしゃい」
「ラルクも気をつけてね? いってきます」
いつものようにお出掛け前の口付けを交わし、小春の小庭へ移転した。
◇ ◇ ◇
「りまおねーさま!」
アルが私を見つけると、たたっと走って来たので、抱きしめて受け止める。アルの青空みたいな手触りの良い髪を撫で、抱き上げる。「アル、おはよう」と夕焼けみたいな瞳を覗き込んで挨拶をすると、おはようと元気に答えてくれた。かわいいな。
「いち、たくさんある? アルはねー、いち、がだいすきなのー!」
「たくさんあるよ! 一緒にイチを摘もうね」
「うん!」
イチとは、アルが大好きな苺の事だ。
エディンリーフのお庭では、魔力の泉の影響で、くさ苺、なわしろいちご、ブラックベリー、デューベリーなど沢山の木苺が、宝石みたいに年中実っている。アルもお庭で木苺摘みをするのが大好きなのよと、お母さんから話を聞き、苺も好きだろうな……? とラシャドル王国にない苺の苗があったらな……とカイルに相談したら「あるぞ?」とあっさり見つけて来てくれた……! さすがエスパーカイル!
アルに苺を届けたら「もっともっと食べたいの……」と言って泣いてしまったのよとお母さんが教えてくれたので、今日はアルと一緒に苺摘みこと、イチ摘みを楽しむ予定なの……! アルが苺のことをイチと言い間違ったままなのは、可愛くて誰も直さないからだ……だって子供の言い間違いはかわいい。
「こういう赤いイチが美味しいよ。見つけてね?」
「うん! アル、じぶんでみつけるよ!」
何でも自分でやりたがるアルに、甘い苺がどれかを伝えると、早速自分で見つけると張り切り出した。……かわいい。
アルが小さな手で苺を摘んでは、小さなお口に入れる。その度に、ふにゃりと笑って「おいしいねー」とほっぺたに小さな手を当てている……かわいくて、ずっと見ていられる……! そんな私を見たアルが、「りまおねーさま、イチないの? アルみつけるね」と私の分まで張り切って摘んでくれる。「はい、どうぞ」と小さな手で私の口元に苺を差し出してくれている。どうやら食べさせてくれるらしい……! かわいくて微笑ましくて、あーんと口を開けると、小さな手で苺を運んでくれる。
「おいしいー?」
「おいひぃよ……!」
首をこてんと傾げて聞いてくるアルが可愛すぎる。大きな苺を齧ると、じゅわりと甘酸っぱい果汁が溢れそうになり、発音が変になってしまったけど……美味しくて、アルと同じ様に頬に手を当てて、美味しさを表現すると、アルがにっこり嬉しそうに笑う。
「どうぞー」
「どうぞー」
「どうぞー」
私の反応が気に入ったのか、にこにこ顔のアルが苺を見つけて、自分と私の口に交互に小さな手で運ぶ姿は、本当にかわいい……!
「アルはねーおなかいっぱい! ごちそうさまー」
お腹いっぱいになったアルは満足そうににっこり笑う。アルのお腹をよしよししてあげると、見事に苺でぱんぱんだった……!
「アルのおなか、たぬきさんみたいだね?」
「アル、たぬきさんー?」
「こうやってお腹ぽんぽこってするんだよ」
こてんと首を傾げたアルに、グーの手でお腹をぽんぽこ打ち、たぬきの真似をすると、きゃはきゃは笑い、「アルもたぬきさんするー」と小さなグーの手でたぬきさんを披露してくれた。……アルの小狸かわいい。
その後も、お庭でハルジオンの花を風魔法を使って鉄砲の様に飛ばしたり、2人でかけっこやかくれんぼをして遊んだ。
かくれんぼは、木陰に隠れるアルの顔以外が見えていて可愛くて悶えた……弟よ、可愛すぎるよ。
「あーけんがおちてる!」
木の枝が剣に見えた様で、アルが枝の剣で戦いごっこを始めようとする。「おねーさまが、まおうだよ!」と勇者アルが剣で立ち向かって来る……!
「アルー、リマをたたいたらダメだよ?」
「ラルクおにーさまだー」
「アルー、剣はね、やっつけるためじゃなくて、だいじな人を守るためにつかうんだよ」
「まもるー?」
「そうだよ。好きな人を守るんだよ」
「すきなひと? じゃあ、アルはねー、りまおねーさまをまもる!」
いい子だねとラルクがアルを撫で、ひょいっとアルを肩車してあげると、アルが高さにきゃっきゃっ言い出した。「つよくなるための、くんれんを僕としよっか?」とラルクがアルに聞くと「いいよー」と嬉しそう。「リマは少し休んでて? 疲れたでしょう?」アルを肩車したままのラルクに話しかけられ、こくりと頷く。確かに少し疲れたかも……。アルは元気いっぱいだからね。2人はお庭を歩いて行き、枝で戦う訓練を始めたのを見守った。
バルコニーで昼食を食べていると、沢山遊んで疲れたのか、アルが眠たそうに目を擦り、うつらうつらし始めた……アルを抱っこすると、そのまま眠ってしまった。「アルと沢山遊んでくれて、ありがとう」「どういたしまして」とラルクに甘く微笑まれる……
「リマは、アルとのデート楽しかった?」
「とっても楽しかったよ! 一緒に苺摘みもしたの」
「……僕もデートしたかったな?」
「ラルクは途中からアルと遊んだから、もっと遊びたかったよね!」
くすりと笑ったラルクが、頬に手を添える……「僕は、リマとデートしたいんだけど……?」黄金色の瞳に甘やかに見つめられる……ゆっくりラルクの顔が近づいて来る…………
「……りまおねーさまは、アルが、まもる……!」
タイミングよくアルの寝言が聞こえ、2人で顔を見合わせる。「リマの小さな騎士は、すごいね……」ラルクとくすくす笑い合った…………
この後、アルがお腹いっぱいになると、たぬきのぽんぽこ踊りをして、可愛すぎて困っていると、エディンリーフ家から言われるのは数日後のこと——
本日も読んで頂き、ありがとうございました!
誤字脱字報告、本当にありがとうございます。
リクエストで頂いていたリマが弟をお世話するお話しです(*´∇`*)小さな子の言い間違いってかわいいので大好きです。
今日は冬至なので、柚子風呂に入りたいです◎
今日もお疲れ様でした。
穏やかな夜が訪れますように、お休みなさい。















