115.火の精霊
夏休みが終わる頃、黄色の花びらが控えめに1日だけ咲き、実を包んでいた、尖った丸い実が弾け、ふわふわの綿毛が魔法学校の庭に白い綿花のように現れはじめる。草木を吹き分けるくらい強い風、秋の暴風、野分が枝をしならせていく……
きっと今頃、ザクロ谷のザクロも、野分に吹かれて、枝をしならせているザクロの若い実が、懸命に風に耐えているだろう姿と、そこにいるだろう花の精霊を想像する……
◇ ◇ ◇
花の精霊とラベンダー摘みをした後、ラベンダー畑に倒れこんだ花の精霊は、ああ、もう、とひとり言をしばらく呟き続けた後、むくりと立ち上がった。
「謝ってくるよー」
とミントグリーンの目を煌めかせ、決意表明をすると、音も無く消えた。
呆気に取られた私はそのまま立ち尽くしていたが、手元に視線をやると、ラベンダーの花束は知らぬ間に両手でようやく持てる程の大きさになっていた。
その日から毎日花の精霊が現れた。
次の日は、菜の花みたいな黄色の前髪が焦げていた。
「謝ろと思って、ラベンダーの花束を差し出したら、ちょっと驚いて、火を吐かれちゃたんだー」
何故か楽しそうに笑う花の精霊に、小首を傾げる。花の精霊が、またラベンダー摘みをさせてと言って、ラベンダーの花束を作っていった…
次の日は、両手がざっくり切れていて、まだ血が滲んでいた。慌てて、魔法で治していると、花の精霊がまた楽しそうに笑う。
「花束を差し出したら前脚で蹴られちゃったんだー」
「え…?火の精霊に渡してるんじゃないの?」
「あー元々は火の精霊だったんだよーザクロ谷の竜」
「……どういうこと?」
「それよりさーリマのラベンダーすごいねーラベンダーの花束を差し出した時だけは大人しくて、話しを聞いてくれるよーあとは暴れるけどねー」
「……そうなんだ?」
「そうだよーまた明日もラベンダー摘みさせてねー」
そう言うと、音も無く花の精霊は帰って行ったけど……火の精霊がザクロ谷の竜なの…?それって話しが通じているのかな…?と色々疑問に思うけど……
「あれ作ったら役に立つかな……?」
花の精霊の怪我を思い出し、ラベンダーを両手いっぱい沢山摘んだ。ラベンダーの柔らかな甘い香りに包まれながら、花の精霊とザクロ谷の竜が落ち着いて話せるように、祈りを込める……
「美味しくなーれ、美味しくなーれ」
私の手がミントグリーンに輝き、ラベンダーの花を包み込む………薄紫色のラベンダーエキスが出来た。作ったばかりのラベンダーエキスと魔力水を合わせて、ラベンダースプレーを作った。落ち着く効果は抜群なはず…
次の日、左肩をヤケドした花の精霊が現れ、また魔法で治していると……
「今日はねーちょっと火の精霊に、あ、今は竜ねー触れたんだー触ったら火を吐かれちゃったけどー」
くすくす面白そうに笑う花の精霊は、本当に楽しそうで、怪我をしているのに困ってしまう。
「花の精霊、これ良かったら使ってみて?」
「なーにー?」
「ラベンダースプレーなの。ラベンダーの香りで落ち着くなら効くと思うよ」
「ありがとねー使ってみるよー」
ラベンダースプレーを持って行った次の日、花の精霊はどこも怪我をしていなくて、ホッと息を吐いた。ゆっくり話せていたらいいな。
「リマー、これだめだー」
「そうなの?怪我してないみたいだけど…?」
「うんーすっごく効くみたいでー寝ちゃったーむにゃむにゃして可愛かったけどー」
ポイっとラベンダースプレーを返された。やっぱりラベンダーの花束にするねーと言い、本当に毎日毎日ラベンダーの花束を作って渡しにザクロ谷に通っている。
◇ ◇ ◇
この季節の植物所属の朝は、草の葉に降りた露が朝日に白くキラキラ光り、とても綺麗。少しずつ昼の時間が短くなり、秋桜も咲きはじめる頃…
「今日はリマの楽しみな無花果を食べる日だね」
「リマは食いしん坊ですものね」
「フローリアも楽しみにしてるでしょ?」
「当たり前ですわ!アミー、ザクロ谷のザクロが採れそうですの?」
「そうなのよ!最近、竜が眠ることも多くなっているみたいで、父も喜んでいるの」
「ミエーレ蜂蜜屋のザクロ蜂蜜、私もアルベルゴの宿場も期待していますわ」
花の精霊が毎日ラベンダーの花束を贈る内、火の精霊ことザクロ谷の竜は、少しずつ落ち着いて来たらしい。どういう仕組みかさっぱり分からないが、竜になってしまった火の精霊が、少しずつ、竜から火の精霊に戻りつつあるらしい。
きっと、毎日花の精霊がラベンダーの花束を持って行っているからかな…?と思っている。
また違う日、植物所属の時間に、小春の世界の「秋の七草」を探していく。さすがに万葉集はこの世界にないからね。こっそりとね。
萩の花、桔梗、すすきの穂が白っぽくなったのを見つけたところで……
「リマ、へちまをどうするんですの?」
「へちまの茎を、根元から少し離して、斜めに切るよ」
「切りましたわよ!」
「フローリア、張り切ってるね!あとは、根に繋がっている茎の切り口を、容器に差し込んでね。一晩置いておくと、へちま水が溜まるよ」
「当たり前ですわ!レイモンド様にいつも綺麗だと言って欲しいですもの!ザクロ谷の竜も居なくなる時があるみたいで、今年のザクロ蜂蜜は、本当に楽しみにしてますのよ」
我が家の庭のへちまの実が熟し、ヤケドばかりの花の精霊の為に、「へちま水」を作っていたら、マリィになんですか?と聞かれた。
ヤケドにも効くけど美肌になる化粧水だよと答えたら目がキラキラと……いや、ギラギラとしたマリィにお裾分けしたところ……お肌がつるっつるのピカピカになった話しをフローリアとアミーに話したところ………2人も目をキラキラ…いえ、ギラッギラさせて作りたいと言ったので、魔法学校に生えているへちまを使って、植物所属の活動でも作ることになったのだ。
「リマーこのへちま水さー本当によく効くねー」
「役に立っててよかったよ」
「うんーこれがあるからさーその日、何回か火を吐かれても、平気で助かるよー」
「……何回も……?」
「そうだよーやっぱり竜の時間が長いからねーでもさーこんなに早く精霊の姿に戻れるなんて驚いたよーやっぱり僕の愛のチカラかなー」
「ふふっ惚気てる?」
「まあねー!秋の日に魔力百合を見に行けそうなんだー」
「よかったね」
花の精霊曰く、昼と夜の長さが等しくなる秋の日に咲く魔力百合が1番綺麗なんだそう。
数百年前に、火の精霊に見せたくて、少しずつ魔力百合の球根を集めた場所があり、花の精霊の魔力で数百年前からずっと咲かずに待っている場所があるらしい。魔法を使わずにひとつずつ長い時間をかけて集めたから、火の精霊が場所を知らないことを思いつかなかったと言っていた。
秋の日まであと少し——
本日も読んで頂き、ありがとうございました!
もう少し、花の精霊と火の精霊にお付き合い頂けると嬉しいです(*^o^*)
本日もお疲れ様でした◎
穏やかな夜が訪れますように。お休みなさい。















