110.春の女神
剣術所属の見学に来ただけなのに、どうしてこんなことに…?
「ご褒美あげようか?」
色香漂うラルクに、横向きの膝抱っこにされ、両手を頬に当てたまま、ふるふると顔を横に振る。
リマが見学に来たご褒美にと、「あーん」と口の中に入れられる山桃の種に気をつけて、咀嚼する。
甘酸っぱい山桃は、いつからか甘く甘くなっていた……
最初は誰も居なくなった道場で、隣に座り、山桃を食べていたのに、気付けば横抱きの膝抱っこになり、気付けばあーんさせられていた………
嬉しそうな黄金色の瞳をじとりと見ても、甘く色香が漂うばかりで、勝てそうにない……
またひとつ、またひとつ、甘やかな山桃を口にする………
少し前、チェダとフローリアに促され、剣術所属の道場に着き、扉をそっと開けると、春なのに、ひやりとする冷気が中から漏れてきた。
暑さを和らげる魔道具にしては、冷気が強すぎるひやりとする道場に静かに入った……
「……くしゅん…」
静かに入ったのに、寒さの余り、小さなくしゃみがひとつ出てしまった。寒さに腕を抱きしめた途端、ひやりとする冷気は無くなった。
暑さを和らげる魔道具を切ったにしても、一瞬のこと過ぎて、寒さが間違いだったのかと、小首を傾げる。
「リマ様、本当にお待ちしておりました」
「凍えるところでした」
「春の女神!」
「我々を見捨てずにいてくれたのですね」
…は、い?
体格の良い剣術所属員達に囲まれて、目が白黒になる。今まで、剣術所属に見学に来ても、挨拶くらいで他の所属員とゆっくり話した事がないのに。
しかも、春の女神ってなんだろう?くしゃみをが魔道具のスイッチを切る方法だった?とか。
無言で小首を傾げる私に所属員達が感謝の言葉を次々と発していく。
「あの、ラルクは?」
みんながまだ口々に感謝の言葉や春の女神と言っているが、話しの終わりが見えないので、少し申し訳なく思ったが、剣術所属に来た目的の人の名前を出してみる。
何故か、水を打ったように静かになり、皆が顔を見合わせた後、すっと視線が移ると、自然と道が開く。嬉しくて、たったとラルクに駆け寄る。
「……リマ、フローリアとお買い物に行く予定じゃなかった?」
「えっと、フローリアに予定が出来て、さっき山桃摘みしたから、前に食べてみたいって言ってたから、あとで一緒に味見しないかな?と思って………いきなり来て、迷惑だったよね。ごめん」
ラルクの声がいつもより硬質に聞こえた気がして、段々と声が小さく、最後は謝る言葉になる。
朝に来る時は、ラルクに誘われて来ることがほとんどだったし、フローリアと来る時、フローリアが早く終わる活動を把握していて、レイモンド様に伝えていたみたいだった。
本当に突然来るのは、きっと今日が初めてで、ラルクは迷惑だったのかもしれない………。
「迷惑なわけありません」
「毎日来てください」
「そうです、氷の王子になります」
「春の女神はいつ来ても大歓迎です」
ラルクの後ろの剣術所属員さんが何か言っているみたいだけど、ざわざわとしていて、全然頭に入って来ない。
「リマ、もう少しで終わるから待ってて」
「…うん」
ラルクに促され、端っこの見学場所でラルクが終わるのを待つ。
三年生になると、練習着が白から黒に変わる。黒はラルクのダークブラウンの髪ととても良く似合う。先程の硬質な声のことも忘れて、新しい練習着のラルクに見惚れてしまう。
ふいに、ラルクと目が合い、見惚れていたのが分かっているみたいに、くすりと甘やかに目を細められ、ドキンと心臓が跳ねる。
練習が終わる頃には、道場は初夏みたいな暑さに変わっていた——
◇ ◇ ◇
「リマお姉ちゃーん」
懐っこい声がしたと思うと、ぽすっと腕の中にルッツが収まっていた。器用だな、と思いながら、おはようと声を掛ける。
「今日も勉強教えてくれる?」
「ルッツ、今日から俺が教えてやるよ」
「あれ?チェダおはよう。水やりは?」
「フローリアとしばらく交代することにした」
「俺、リマお姉ちゃんがいいなー!だめ?」
ルッツの海のような深い蒼い目に見上げられると、捨て犬みたいで、母性本能がくすぐられる。やっぱりルッツの勉強は私がみる約束していたし、チェダに断ろうと思うと、
「さっきラルクに勉強を見るの交代するって言ったからすぐに迎えに来るぞ、用意しとけ」
「えっと、でも、」
「あのなーいつも78点なのに、合格出来ないならリマの教え方が悪いんだよ?」
「…そっか……ルッツ、ごめんね。……チェダお願いしてもいい?」
私の教え方が悪くて、ルッツがいつまでも合格出来ないのは申し訳ないよね。ルッツに謝ると、海みたいな深い蒼い目に、涙が溜まった気がして、益々申し訳なくなる。
でも、受かるために、チェダが先生を交代してくれるなら、その方がいいと思うんだ。
「ああ、いいぞ」
「ルッツ、チェダはアミーを合格させたこともあるから頼りになるよ!早く合格して、一緒に山桃摘みしよう?」
ラルクが迎えに来てくれたので、チェダにルッツをお願いして、剣術所属の見学に向かう。
ルッツが捨てられた子犬みたいな顔で、私を見ていて、後ろ髪を引かれるが、チェダに私が居ない方が集中出来ると、きっぱり言われたので仕方ない。
「さーて、いつも78点のルッツは、合格するまで俺に教わる?それとも、合格してくる?」
「……合格してくるよ」
チェダとルッツの会話を知らない私は、ルッツの心配をしていたが、ラルクに頬をするりと撫でられると、顔に熱が集まるのを感じて、ラルクを見上げる。
「リマ、また山桃摘みがあるの?」
「………あるよ」
「じゃあ、またご褒美あげようか?」
「ラルクのいじわる」
真っ赤になった春の女神の愛らしさに、氷が蕩けるほど甘やかな笑顔だったと、周りに居た者は話していたらしい——
本日も読んで頂き、ありがとうございました!
他の方の小説を夢中で読んでいたら更新出来ませんでした。すみません。
本日もお疲れ様でした◎















