復帰②
ダビデさん
「ど、どうした、ルナ?」
アルフさんの声は聞いたことがないくらい動揺している。視界が歪んでしまって、よく見えないが、それが声に如実に現れている。
目を覚ましてくれた、良かった、良かった、良かった。本当に良かった。私はほっとしているのが半分、何も出来ない不甲斐なさ半分。ぼろぼろぼろぼろ、涙がこぼれ落ちる。きっと歪んで、見られた顔ではないはず。アルフさんで見られたくないから、両手で顔を覆う。
「ルナ、どうした? 儂のこと心配しておったのか? 儂は大丈夫だ、大丈夫だ」
寝かされていたベッドから降りただろう、アルフは私の前に膝を付き、私の両腕は優しく掴む。私は顔を覆ったまま、肩まで震えて来た。
おぼろげな前世の記憶で、彼がどうなったか分からない、でも、今は、目の前にいるのは彼ではない、アルフさんだ。
「ルナ、頼むから泣かんでくれ。なあ。泣かんでくれ」
そう繰り返してアルフさん。その声は痛々しくて、辛そうで。
私は椅子の背もたれごと抱き締められる。
「あ……」
「頼むから、泣かんでくれ。母親を思い出すから」
床に膝を付いた状態のアルフさんに抱き締められる。息、詰まる。アルフさんの汗の匂いとか、思っていたように逞しい体だな、とか、どうしてこうなったか分からず、どうしたらいいか分からず。私は顔をアルフさんの肩に付ける。
「だって、目、覚まさない、から…」
情けない声しか出ない。切れ切れにやっと紡ぎ出す。
「もう、大丈夫だ。儂は大丈夫だから、な、ルナ、泣かんでくれ」
何度も抱き締めた私の頭を撫でる。
「なんで、こんなになるまで…」
「すまん、ちょっと油断した」
「ちょっとじゃないッ」
アルフさんの言葉に私は思わず声を張り上げる。
あんな、真っ青な顔して、息をしているか、不安な顔色して、ちょっと油断した? きっとダビデさんをはじめとする鍛治師ギルドの人達だって、心配していたはずだ。アルフさんが目を覚ますまで、何人かの職員がちらちら部屋を覗いていたのを感じていたから。
「皆さん、心配、してたのに、ちょっとじゃないッ」
私はアルフさんの手を払って、分厚い肩を叩く。多分、全然力はいってないけど。二度、三度、四度目で力が完全に入らなくなる。ダメだ、涙がまた零れる。
情けない、私はこんなに涙脆いことはなかったのに。目元を拭おうとしたら、アルフさんがゴツゴツした手が頬を包む。
「すまんルナ、儂が悪かった。だから泣かんでくれ。お前に泣かれたらこたえる」
「なら、もう、こんなになるまでお仕事しないでください」
「わかった」
「本当に?」
ちょっと疑わしい。私は目で訴える。すると、アルフさんの赤い目が少し優しく細くなる。
「ああ、約束する」
そう言うアルフさん。まじまじ見ると、顔立ち、本当に整っているな。私もまじまじ見られているから、なんだか、恥ずかしくなって来た。視線を外したくても、アルフさんの手で顔が横向かない。
「ルナ」
「はい」
「お前は、本当に美しいな」
何を言ってるのこの人?
「魔力枯渇して、目が霞んでいるんですよ」
勘違いしてるだけ、きっと、そう。
「これは、難儀だな」
「疲れて、いるんですよ」
そうに決まっている。
アルフさんの顔、近くなる。まつげ、長いなあ。あれ、息、口にかかりそう。
コンコン
ガバッと、反射的に私はアルフさんの肩に両腕を付き体を離す。
アルフさんは項垂れて、何か呟いている。
「アルフや、目を覚ましたか」
「なんだ、副ギルドマスター」
私は心臓のバクバク音に気をとられ、振り向けない。今、私、何をしてたっけ?
おじいちゃんドワーフ、ダビデさんの声がする。
「まず、こいつを飲め」
ダビデさんが、アルフさんに何か放って渡す。
「それから、次の水の日まで休め」
「はあ、五日もか? 急ぎの仕事はどうする?」
「心配いらんさ、ナナラが復帰させて欲しいと言って来たからな」
バクバク音を聞きながら、ダビデさんとアルフさんの話を聞く。
「アルフ、少し話をしようかの。起きたばかりで悪いがな。さ、それを飲んで、マスター室に来い。お嬢さん、少し待ってておくれ」
口調は優しいが、有無を言わせない強さを秘めてダビデさんは仮眠室を後にする。
アルフさんはため息を付き、投げられた、多分魔力回復ポーションを飲む。
「ルナ」
「は、はい」
声をかけられたが、まともに顔を見れない。
「すぐ戻る。ここにおれよ」
「はい」
私はうつむいたまま返事。
アルフさんが軽く首を回して、仮眠室を出る。
………………
ぐわああああああああああ、恥ずかしいぃぃぃぃぃぃぃぃッ。
アルフさん、魔力枯渇が酷くて、霞んでいたのは、考えればわかるのに。何を大人しくしていたんだあぁぁぁぁぁ。
せっかくローズさんがきれいにしてくれた頭を振り回す。
私の、ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
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