復帰①
詰襟ワンピース
短いです
ショウとノゾミがマリ先輩の従魔になって数日。
ゴブリンのことがあるので、城壁から出ず過ごしていた。
私は変わらずアーサーと剣や槍の稽古。とにかくアーサーは素直で、飲み込みが早い。あっという間に身体強化魔法も取得し、支援魔法も得た。才能があるんだろうし、なによりアーサーは努力を惜しまない。あまりの早い取得にアルフさんも驚いていた。本当に、アーサーを育てたおばあさんに感謝だ。私もうかうかしていられない。マリ先輩達も参加し、無事にリツさんは剣術スキルを得た。
リツさん達三人は週に二日間、鍛治師ギルドで付与をしている。その間私とアーサーは冒険者ギルドで基礎講座を受ける。まあ、剣術だけ、私は断られたけどね。一度奴隷だからとアーサーに絡んできた輩がいたけど、人の奴隷に手を出したらどうなるか、と私が優しく言って上げたら、帰ってくれました。
「ルナさん、顔、怖い」
アーサーが小さく繰り返していたのは、無視した。そんな感じで比較的穏やかに過ぎた数日後。
「ルナちゃん、アルフさんにお弁当持って行って」
「はい」
リツさんが私にお弁当を渡す。本日は生姜焼(角ウサギ)に卵焼き、野菜サラダ。おにぎりには、焼いたサーモンを入れたり、ゴマと葉野菜を炒めたもねをご飯自体に混ぜて、おにぎりにしたもの。あのは、何も入ってないもの。
今日は料理デー。朝からコンロにオーブンフル稼働だ。数日分を作っている。
トレントの実の殻に悪戦苦闘していた私は、作業を中断し鍛治師ギルドへ。
本日は、あの見習いメイドもどきの詰襟ワンピースにガーディアンだ。ローズさんがさっとへアセット。
アーサーがぽかんと見ている。
言いたいこと分かるよ。服に着られているって。
そして何故か私のその姿を見て、クララがリツさんに、
「私もあんなお洋服欲しい」
と、すがり付いた。ホリィさんが慌てる。
「こら、クララ。申し訳ありません、リツ様」
怒られて涙目のクララ。いかん、ジェシカを思い出すが、クララはクララだ。
私はぐずぐず言うクララの前にしゃがみこむ。
「クララ、大きくなったら、この服あげる」
「本当?」
「うん、いいよ。だけど、先にアンナが着るけどね。私の背になったらね」
私の言葉に、黙っていたアンナが嬉しそうに笑う。
「じゃあ、クララ早く大きくなる」
うん、いい返事。
私はクララの頭をポンポンして、屋敷を出た。
お馴染みの鍛治師ギルド。顔見知りになった受け付けの女性に声をかけると、副ギルドマスターのダビデさんが出てきた。
「久しぶりじゃの、お嬢さん」
「はい、お久しぶりです」
「ちょうど良かった、お嬢さん宅に使いを出すところだったよ」
「使い?」
昨日も来たよ、アルフさんは泊まり込みって。
おじいちゃんドワーフ、ダビデさんがちょっと困った顔。
「さっき、アルフが倒れてな」
その言葉に、私は血の気が引いた。
私以上に血の気が引いて真っ青な顔色で眠るアルフさん。
「儂らも気付かんかったんのが悪いがな。久しぶりに倒れてな。魔力枯渇を通り越えてな」
ダビデさんの声が耳を通り抜ける。
私は仮眠室の入り口でガタガタ震えて、お弁当を落とす。
あまりの顔色の悪さに、私は記憶が呼び起こされる。
たしか、あれは、誰だった? 誰だ? あれ、誰?
「しばらくしたら、目を覚ますじゃろうから、お嬢さん、付いていてくれるかの?」
そっと、背中に手を置かれ、私はびくりと震える。
「アルフを任せて大丈夫かの?」
「あ、はい」
私は震える声で答える。
「頼むよ、お嬢さん」
ダビデさんは私が落としたお弁当を拾い、椅子に私を座らせて部屋から出ていった。
私はアルフさんの側にそっと椅子を寄せる。
息、してるよね?
震える手をかざす。あ、息してる。
真っ青な顔色のアルフさん。どうして、ここまで、するんだろう。なんでだろう? お世話になっているから?
ああ、思い出せない。誰がが、こんな顔色で倒れたことは覚えているが、おぼろげた。前世の記憶。私、あの時、何をしていただろう。倒れた誰かは、目を覚ましただろうか? ダメだ、思い出せない。 でも、こうやって、側にいた。何も出来ずに、ただ、座って。
無力だ、私は、無力だった。魔力枯渇を通り越えたら、次に削るのは生命力だ。私が無力過ぎて、追い詰めてしまったのだ。
今も、何も出来ない。
ただ座って、目を覚ますのを、待つだけ。
アルフさん、目を、覚ますよね。
右は酒乱の父親に潰され、残る左の赤い目、優しい赤い目。
大丈夫だよね?
前世のおぼろげな記憶と、アルフさんが重なるようで、頭の中がぐらぐらする。私はただ震える手を握りしめる。
本当に、私は、何も出来ない。
何にも変わってない。
どれくらい時間が経ったかわからない。
自分の手を見ていると、ごそり、とアルフさんが動く。
ゆっくり、左の赤い目が開き、青い顔で私を見るアルフさん。
「…どうした? ルナ?」
優しいアルフさんの声。
その声を聞いて、我慢していた私の涙腺が崩壊した。
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