受け入れ⑥
言葉
「なぜ、そう思う?」
なんだろう、アルフさんの赤い目が、少しだけ怖い。
「いえ、あの、アダマンタイトって扱うのは、一流の鍛冶師だって聞いたことあったし。騎士隊に駆り出されるだけの魔法職なのに、国がよく手放したなって思って」
私は視線を外して答える。
「ルナは年の割りには、そういう事には頭が回るな。確かにこいつはアダマンタイトだ。儂が随分前に作った。だか、今の儂にはアダマンタイトは扱えない。ミスリルが限界だ」
それでも立派な鍛冶師だよ。
アルフさんは小刀を懐かしそうに見る。いつもの優しい目だ。
「どうして、今は扱えないんですか?」
「こいつを作った後に、ひどいスランプになってな。その間、親父の知り合いの皮職人の所で厄介になっていたんだ。少し、鍛冶から離れて見ようってな。まあ、よくある話だ。だが、儂はちょっと長引いてな、やっとこいつを作り上げるまでの勘が戻った頃にお袋が死んでな」
アルフさんを工房の壁に立て掛けている、魔鉄製の槍を指す。やっぱり、あの槍、アルフさんが作ったんだね。
「親父も後を追うように死んで、工房は人手に渡った。親父は知り合いの工房に、兄貴達や儂を受け入れてもらうようにしてくれとったが、儂に問題があってな」
「問題? アルフさんにですか?」
何の問題。まさか。
「儂は酒が飲めん。そして、実の親に問題があってな」
「え、親?」
「産みの親だ。鍛冶を教えてくれたのは師、つまり養父だな、育てくれたのはお袋、養母だ。儂は人族とのハーフだとは話したな」
「はい」
「人族の父親は、酒狂いでな。普段は大人しいのに、酒が入ると変わってしまって、よう母親を殴っておった。儂もさんざん殴られた。とうとう、ある日父親は割れた酒瓶で母親を殴って、儂も目をやられたよ」
アルフさんは右の瞼を押さえる。
「母親は助からなかった。儂は騒ぎを聞き付けた近所の住人に治癒院に担ぎ込まれ助かったがな。それが原因で、儂は酒を受け付けないんだよ。それから儂は鍛冶師の親父に拾われたってわけだ」
私は言葉を失う。
確か、アルフさん、五つの頃から槌の音聞いて育ったって言っていた。つまり、五つの頃、それ以前には片目を失い、母親は父親に殺されたってことだ。
「だか、その親父が儂らを預けようとした工房主は儂が気に食わんかった。中途半端に魔法職として駆り出され、ひどいスランプになっていたことはみんな知っておったし、何より儂の母親と知り合いだったことが大きかった。母親を殺した人族の父親に儂はそっくりでな、見ただけで嫌がられたよ。酒を酌み交わせなければ受け入れん、と言われてな。兄貴達は庇ってくれたが、そうも言っておれん、兄貴達にも養うべき家族がおったから、なんとか飲んだが情けないことに全部吐いてしまってな」
アルフさんは息をつく。
「それで話はなしになった。兄貴達は抗議しようとしてくれたが、儂が止めた。儂が引けば丸く収まるからな。ただ、国で最大規模の工房主に睨まれては、どこの工房も受けてはくれん。儂の居場所は、親父が死んだ時点で無くなってしまっとったんだ。だから国を出て、ここまで流れて来たわけだ」
「そう、だったんですか。でも、アダマンタイトを扱えるのに。騎士隊に駆り出されるくらいの魔法職なのに」
「扱えるじゃない、扱えた、だ。これを知っとるのは死んだ親父、お袋、後は兄貴達だけだ。その兄貴達には口止めしてあるしな。騎士はな、知り合いに頼まれて参加してたのがきっかけで参加はしただけだ。まあ、それであちこちから引っ張りだされたが、鍛冶師以上に酒飲み連中だから、酒の飲めん儂はどこにも加われん」
なんだろう、最近、アーサーの人生が数日で大きく変わったと思ったが、アルフさんも波瀾万丈な人生だ。私、なんだか、恵まれている。優しいライドエルの両親に、かわいい弟と妹に囲まれて育った私。申し訳ない気分だ。興味本意で聞いたことで、アルフさんのお酒に対するトラウマの原因まで聞いてしまった。
「ご、ごめんなさい。辛いこと聞いてしまって」
「いや、いつか、話すことだ。だが、ここに流れて来て良かったと思っとる。ここの鍛冶師ギルドの皆はよくしてくれるし、リツ達の飯は旨いし、なにより、ルナがおるしな」
「私は、何も作れませんよ」
私なんて、アルフさんに迷惑かけてばかりかけている気がする。料理はリツさんやマリ先輩の指示がないと作れないし、髪だってローズさんがいつもきれいに整えないと、ボサボサだし。
「勘がいいのか、悪いのか、お前さんよう分からんな」
アルフさんは苦笑い。私はよく分からず首を傾げる。
「ルナ、儂がアダマンタイトを扱えたことは、秘密にしてくれるか?
」
「あ、はい、大丈夫です」
アルフさんの秘密か、私だけが知ってるのは、ちょっと嬉しいような。
私の返事に納得したのか、アルフさんは作業再開する。
しばらく作業を見て、全てのパーツが切り出された時点で私は部屋に戻った。もう少し見ていたかったが、病み上がりだし、じろじろ見てたらアルフさんだってやりにくいだろうしね。
「おやすみ、ルナ」
「はい、おやすみなさい、アルフさん。あんまり根を詰めないでくださいね」
「ああ、わかった」
そう言って頭撫で撫で。
慣れたけど、嬉しいような寂しいような。
そんな、気持ちのまま、私は部屋に戻った。なんで、こんな気持ちが出てくるんだろう? 私は、アルフさんにとって、手のかかる子供の位置なのに。わかって、いるはずなのに。なんだろう?
「ルナちゃん、朝よ、具合どう?」
マリ先輩の声で目を覚ます。
「はい、大丈夫です」
私はドア越しに返事をする。
「朝ごはん食べれる?」
「はい」
何でも食べれます。キリッ。
「じゃあ、着替えて台所に来てね」
「はい」
私は着替えて台所に。
ふわっと、いい匂い。
「メエメエ」
カラーシープがすり寄って来たので、手を出すとはみはみ。かわいいなあ。
グリフォンはマリ先輩にぴったりくっついている。まあ、こうみれば、グリフォンもかわいい、かな?
「ルナちゃん具合どう?」
リツさんがコンロの前で作業しながら聞いてくる。
「はい、大丈夫です」
「アルフさんが部屋にいないのよ、まだ、帰って来てないみたい」
リツさんが困ったわ、大丈夫かしらと首を傾げる。
「多分工房ですよ。昨日、アーサーに皮鎧作るって籠ってましたから」
「え?」
ローズさんからお茶の淹れかたのレクチャーを受けていたアーサーが顔を上げる。
「自分のですか?」
「そうよ」
フォレストダークコブラなんて、明らかに闇属性だろうしね。闇のスキルレベル高いアーサーにいいだろうし、アルフさんがアーサーのって言ってたし。
「ルナちゃん、じゃあ呼んできてくれる?」
「はい、リツさん」
私は返事をして、工房に向かった。
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