受け入れ準備⑧
感謝
アーサーを連れ、外に出る。
ティラ商会の庭の東屋に、アルフさんが長い足を組んで座っていた。
「お待たせしたした」
「いいさ、さ、座れ」
小さなテーブル越しの椅子に、少し、緊張しているアーサーを座らせる。私はアーサーとアルフさんの間の椅子。
さて、早速。
「ねえアーサー。冒険者に興味ない? おばあさんが、優秀な魔法使いだったようだし」
直球で聞く。
「冒険者ですか、確かに、憧れはありましたけど、今、自分は奴隷ですから、リツ様のお役に立たないと」
「そのリツさんの為よ」
「リツ様の為?」
よし、反応した。
「実はリツさんも冒険者でね。そのうち、ダンジョンアタックもしないといけないだろうし。君は魔力系のスキルに恵まれている。それを生かした中間職、魔法剣士に、と思って。もちろん、嫌ならはっきり言っていいから」
アーサーが迷い出している。
「自分は役に立てるのでしょうか?」
「それは、君次第かな。私とアルフさんは前衛だから、できれば後衛のリツさん達を守って欲しいし」
「リツ様を守る、ためなら」
よし、いい反応が出てきた。
「しかし、難しいぞ」
黙っていたアルフさんが静かに話す。
「状況を判断し、迎撃、遊撃、援護。仲間の位置を常に確認して必要時誘導せんといかん。頭を使うぞ」
アーサーのやる気がしゅるしゅると小さくなる。
「足手まといですよね…」
「そうね、今はね。アーサー、今まで、戦闘なんてしたことないでしょう?」
「はい、ありません」
「戦闘経験あるのは、私とアルフさんだけ。リツさん達はまだ駆け出しもいいところなのよ。たいして変わらない。だから、私達が育てる」
「そうだな、お前はまだまだ伸び代がある。心配するな、儂らがきちんと鍛えてやる」
私とアルフさんの言葉に、アーサーは一瞬考えるが、椅子から立ち上がり頭を下げる。
「お願いします。自分を冒険者にしてください」
リツ様のお役にたちたい。。そんな声が聞こえた気がした。
立ち上がったアーサーを座らせれ、話を進める。
「アーサーは実際に魔法を撃ったことは?」
「ありません。おばあちゃんが、親に知られない方がいいっていうので」
話を聞くと、アーサーの魔力系スキルに気がついたのは、やはり優秀なおばあちゃんだったと。溺愛されていた兄と比べられ、いつも、ちいさく縮こまっていたアーサーを可愛がってくれたのはおばあちゃん。読み書き計算、魔力スキルを上げる方法もすべて教えてくれた。成人したら、家を出て、冒険者になろうかどうしようか迷っていた頃に、そのおばあちゃんが病床に伏してしまい、それどころではなくなった。しかし、家計は火の車。溺愛されていた兄にかかった私塾などの支払いに四苦八苦していた。まともな薬も買えず、病状は悪化。一度、アーサーは薬屋にダメ元で頼み込んだ。
「必ず、働いてお金を払います。だから、薬をください」
薬屋の亭主は一度だけだぞ、と薬を分けてくれた。それのお陰か、病状は一時的に改善したが、アーサーで成人して間もなく息を引き取った。その二日後に、アーサーはティラ商会に売られ、リツさんに奴隷として買われた。
僅か期間で、アーサーで人生が大きく変わったな。
「闇と時空間のスキルが高いな」
アーサーのステータスを見ながら、アルフさんが珍しいという。確かに、闇はどちらかと言うと地味な魔法が多く、時空間に関しては魔法感知が高くないと使い勝手が悪い。アーサーには、火と土もあるのに、この二つのスキルが高い。
「はい、誰にも見られないで訓練できるのは、闇と時空間だったので。闇は布団の中とか、時空間は手のひらの木の実を、反対の手に移動させたりして」
「なるほど、やり方はいいね。アーサー、それは続けて」
「はい、後、おばあちゃんが言っていたんですが、自分は他の魔法の流れに抵抗がないって。どういうことですか? 聞きたかったんですが、おばあちゃん、病気になってしまって」
私とアルフさんは顔を見合わせる。
「それ、本当?」
私が聞くも、アーサーは本当ですと。
アルフさんが少し考えて右手を出す。
「アーサー、今から儂が土属性の魔力を流すから、手を握ってろ」
「はい」
アーサーがゴツゴツのアルフさんの手を握る。ふわっとアーサーの黒髪が揺れる。
「どうだ?」
「よく、分かりません。何か流れたような気がします」
再び、顔を見合わせる私とアルフさん。
「アーサー、今度は私が火属性流すから」
私が右手を出す。一瞬迷うアーサーだが、おずおずと握る。
【火魔法 支援魔法 発動】
火力、つまり攻撃力を上げる魔法。あまり使わないのは、身体強化の方が全体的に魔法の影響があるからだ。この支援魔法は他人にも使えるのだが、問題がある。
酔うのだ、他人の魔力が流れると、魔力感知等が低いと拒絶反応が出て、とにかく気持ち悪い。ただ、例外は、ある。
「どう?」
「何か、熱い気がします」
例外だ。この子、例外だ。
アルフさんを見ると、肩をすくめる。
「ねえ、もしかして、おばあさんにアーサーの魔力を流しても、おばあさん、何ともなかった?」
「はい、おばあちゃん、驚いていましたけど」
うわあ、例外中の例外だ。
でも、確認しないと。
「アーサー、私に火属性の魔力を流してくれる?」
「じゃあ、儂は土属性だな」
アーサーは言われるまま、私とアルフさんの手を握り、それぞれの属性魔力を流す。
警戒していたけど、血が巡るように、アーサーの魔力が流れる。気持ち悪くならない。嘘でしょ。
「アルフさん、どうです?」
「大丈夫だ、こいつは驚いたな、魔力系スキルの高いエルフや魔族でも、なかなかおらん逸材だ」
「あの、どういうことでしょうか?」
アーサーが不安そうに聞いてくる。
「お前はすごいってことだ。本来な他人の魔力なんて流すと、具合が悪くなるのに、お前はそうならん。魔力の流れに素直なんだよ。普通は魔力感知を上げてからじゃないとこんなことはできん。お前ができるのは、おそらく生まれもった才能だろうな」
「しかも、他人に魔力を流しても問題がない。流す時に無意識に相手の魔力に逆らわないよいに、流している。こんなことできるのは、高位ランク魔法使いくらいよ。すごい、ここまでとは。アーサーを育てたおばあさんに感謝ね」
「そうだな、失礼な言い方だか、録な親ではないようだし、知られたら、下手な連中に売られて使い潰される可能性あった
ろうしな。ステータスを隠していたのは正解だな。お前を育てたおばあさんに感謝だな」
まさか、自分が死んで数日も経たないうちに、アーサーが売られるとは、思っていたかっただろう。奴隷売買に必要な資格は持つ町長も突っぱねていたみたいだし。
「おばあちゃん…」
アーサーの青い目にうっすら涙が浮かんだ。
死んだおばあさんを思っているんだろうね。きっとアーサーにとっての家族はそのおばあさんだけだったのかも。
しばらくして、アーサーが落ち着いたのを見計らって、身体チェック。うん。柔軟性は悪くない。力はまずまず。因みにレベルが私がちょうど5倍、腕相撲してみて引き分けた。まあ、こんなものだね。
アーサーがひどく驚いていた。確かに私はアーサーより小さいし、何より女だからね、理解出来なかったみたい。
「レベルの差よ」
「レベル?」
「そう、レベルが20越えた位から、もともとの力、まあ、基礎能力に補正がかかるの。少しずつだけどね。これは種族やその人の個性もあるけど、人族はまんべんなく上がる。でも、アーサーは魔力が伸びるかもね」
「そうなんですね。レベル20以上ですか。ルナ様は20越えているんですね」
「様はやめて、私も居候なんだから。そうね、私のステータス見る?」
私がステータスを開けると、驚いていたが、アルフさんのステータスに絶句。
「自分は、本当に役に立てるでしょうか?」
あ、自信がないみたい。
「お前にしかできんことがある。大丈夫だ、実戦を踏まえたら、魔力系なんか、すぐに追い抜かれそうだしな」
心配するな、とアルフさんが励ます。
そんな話をしていると、ローズさんがやって来た。どうやら試着が終わったようだ。
応接間には、私とアーサーだけが戻る。アンナとクララを怖がらせたくないと、アルフさんは玄関に向かう。
マリ先輩が、クッキーの詰め合わせを渡すと、まあ、喜ぶ喜ぶ。気持ちはわかるよ、うん。
帰り際に、アンナとクララが三人に順番にすがり付いていた。かわいいなあ。さすがの無表情なローズさんも、頬をちょっと緩めて、優しく抱き締めていた。
ティラ商会を出て、家具屋に直行。
念願の食器棚をゲット。ホリィ一家とアーサー達のダイニングテーブル、アルフさんのベッドとチェストを購入。
「儂、寝袋あるから、気にせんでくれ。自分で買うから」
「何言っているんですか? 家主として、床に寝かせる訳にはいきませんよ。グリズリーのワイン煮込み代にもなってないんですよ」
リツさんが遠慮するアルフさんをばっさり。
家具屋の店員に見送られ、夕暮れの中、屋敷に戻った。
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