差し入れ①
お弁当?
目を覚ます。
ああ、よく寝た。肩の痛みがすっかりなく、動かすも異常ない。
ベッドから出て、カーテンを開ける。
太陽が結構高い位置にある。
「寝すぎたッ」
寝坊も寝坊だ。あわてて着替える。寝巻きに足をとられ、情けなくもたもたしながら。
階段を駈け降りると、ローズさんが驚いた顔で見上げている。
「すみませんッ、寝過ごしましたッ」
今日は私が台所の掃除する日なのに。
「ルミナス様。それよりお加減は?」
「全然大丈夫です」
「ようございました。台所でお嬢様とリツ様がお待ちです」
ひえぇ、お説教? 怖いぃ。
昨日のことかな?
ローズさんに促され、台所に入ると、ふりふりエプロンの二人。よく似合ってます。
「ルナちゃんおはよう。具合どう?」
マリ先輩が優しく聞いてくる。
「はい、大丈夫です。ご心配をおかけしました」
いいのよ、と笑うマリ先輩。
「ルナちゃん、ご飯食べれる? サンドイッチだけど。お粥にしようか?」
リツさんも優しく聞いてくる。
「何でも食べれます」
キリッ。
「うふふ、どうぞ召し上がれ」
怒られると思ったが、そうではないようだ。
出されたサンドイッチと野菜のスープ。ああ、美味しい。
しかし、もうお昼近いのに、二人は何を作っているんだろう?
三つの大きな箱に出来立てのサンドイッチをせっせと詰め、卵焼きや唐揚げや、オーク肉の野菜巻き、生姜焼、ポテトサラダ、一口サイズのハンバーグ、ローストオーク、特製ドレッシングのかかった温野菜、色とりどりのピカタを詰め込む。
美味しそう。く、隣で手伝っていたら、マリ先輩のあーんでもらえたのに。あ、食べてお手伝いしなくては、あーん目的、じゃない、お手伝いね。
しかし、すごい量。あ、作りおきね。
お手伝いしなくては。
「ルナちゃん、準備できたらこれアルフさんに持って行ってね」
マリ先輩がローストオークに特製ソースをかけながら言う。
え、まさか、この量を?
「はい? いくら何でも多くないですか? でもなんで?」
私の言葉に、リツさんが不思議そうに言う。
「あら、昨日言っていたじゃない。差し入れしたほうがって」
「確かに言いましたよ。それは私が準備するべきででしてね、お二人が準備しているのはちょっと、それはいくら何でも多すぎでは」
「大丈夫よ」
いや、リツさん、無理だよ。アルフさん何人分?
「男の人だし、それにルナちゃんを無事連れて帰って来てくれたから、私達からのお礼もあるの」
マリ先輩まで。
「持って行くも、片付けしてから」
「うふふ、それはいいから」
「リツさん、今日は台所の片付け、私が当番ですよ」
うふふ、笑うリツさん。なんだろう不気味。
「ローズ」
「はい、お嬢様」
マリ先輩まで、うふふと笑う。いや、かわいいけどさ。
ローズさんは、マジックバックからトルソーを出す。紺色の詰襟のワンピース。うん、上品。
「ルナちゃんの新しいワンピースです」
マリ先輩が胸を張る。
いいたくないが、そうでしょうね、胸もとみたらね。
リツさんとマリ先輩ははつはつ、ローズさんならボタンが弾けそうだしね。く、悔しく、ない。うん、悔しくないもん。
「これ着て差し入れ持って行ってね」
リツさんの笑顔。なんの罰ゲームよ。
「あの………」
「「着るよね、ルナちゃん」」
「はい…」
妙な迫力の二人に迫られて、頷く私。
結局着ました。着られている感が半端ない。
一昨日のふんわりワンピースより、ましかな? かちっとした感じで見習いメイドみたいだな。
「さ、ルミナス様、こちらへ」
ローズさんによる、ヘアセット終了。両サイドの髪を後ろで結んでリボンで飾る。
優しい顔のリツさんとマリ先輩の視線が痛い。
「あの、今日は冒険者ギルドにもいく予定で…」
何故かうっすら紅まで引かれた。何故?
「「何か言った?」」
「…いいえ」
淡いピンクの布に包まれた大きなお弁当箱と水筒を渡される。持つ前に、確認の為にヒールをかけられた。大丈夫なのに。
白いリボンのついたショルダーバッグまで、持たされる。入っているのは、レースのハンカチ。うーん、メイド感がなくなる。ナイフを太ももにつける。
ブラックトレントとブラッディグリズリーの入ったマジックバックを入れ、冒険者ギルドカードを入れる。
片付けもしないで、屋敷から送り出された。
いいのかなあ。
振り返ると、いい笑顔のマリ先輩とリツさん。
まあ、仕方ない、行きますか。
鍛治師ギルドに無事到着。
この格好で入るの勇気がいるなあ。あ、子供のお使いみたいな感じで行こう。そうだね。ここは、未成年の効果を発動しよう。
よし、うん、行ける。
気合いと諦めで鍛治師ギルドに突入。
ちょっと薄暗い店内に、武器や生活用品が並ぶ。
数人の冒険者が熱心に剣を見ている。
ナリミヤ氏のナイフや剣を見ているせいであまり興味はない。でも、今冒険者が手に持っている剣は、なかなかだな。
奥からカンカンと槌の音が響いてくる。
来たがいいが、アルフさんいなかったらどうしよう。
「どうした、お嬢さん」
ついつい見ていると、横から声をかけられる。
振り向くと、白髪に豊かな白いひげの、おじいちゃんみたいなドワーフだった。優しそうなドワーフだ。
ここのドワーフかな?
「あの、その、アルフ、レッドさんに」
どもども言う。
「おお、お嬢さんがアルフのか。よう来たな。アルフはもう少しで一段落つくから、こっちでお待ち」
良かった、アルフさんいた。
まさか、昨日からずっと? まさかね。
「さあ、おいで」
優しく誘導され、私はおじいちゃんドワーフに連れられ鍛治師ギルドの奥へ。
ちらっと、鍛治場が見えた。
何人もの鍛治師が、真剣な表情で赤い金属と向き合っている。
やはり、格好いいな。
「どうした、お嬢さん?」
「いえ、なんだか、格好いいなって思って」
そう言うと、おじいちゃんドワーフは嬉しそうに笑う。
「そうか、格好いいか」
「はい」
「そうか、そうか。どうしてそう思う?」
「あの、えっと、姿勢ですかね。真剣に向き合う姿が、格好いいなって」
「そうか」
嬉しそうなおじいちゃんドワーフは、応接間に私を案内し、椅子を勧められた。
「ちょっと待っておいで。豆だよ、お食べ」
「はい」
おじいちゃんドワーフはナッツの乗った皿を私に勧め、一旦応接間に私を残し、出ていった。私はお弁当をテーブルに乗せ、椅子に腰かける。
一つ豆を食べる。塩味だ。
しばらくして、おじいちゃんドワーフが戻って来る。
「アルフはじき来るからな。それまでこの爺の話し相手になっておくれ」
「あの、お仕事のお邪魔でしょうから、これを渡していただければ、いいんですけど」
優しいおじいちゃんドワーフは、穏やかな顔して私の隣に座った。
「せっかく来たんだ。会っておゆき。お嬢さん、まだお若いな、おいくつかな?」
「14です」
「そうか、小さな手だな、おやおや胼胝が」
おじいちゃんドワーフは、私の手をそっと見る。小さな胼胝。比較的新しい。ナリミヤ氏のエクストラヒールの影響か、古くからある胼胝はなくなり、その後ついたものだ。
「剣を使うので」
「ほう? お嬢さんは剣士かな?」
「はい。そうです」
「そうか、そうか」
優しいおじいちゃんドワーフ。なんだろう、孫を見る目だよ。かわいい孫を見る目だ。
「ところでアルフはいいやつじゃろう?」
何を聞いてくるんだろうこの人。
「はい、とてもいい人です」
差し障りなく返事をしないと。
「あいつは、真面目なやつなんじゃ、まだここに来て間もないが、よう働く、鍛治師としても優秀なんじゃよ」
そうだと思うよ、付与まで使えるし。
「はあ」
「なかなかいい男だと思う」
「副ギルドマスター、何を吹き込んでいる」
あ、アルフさんだ。呆れた顔で、鍛治師のエプロンに頭にタオルを巻いている。
「おお、アルフ来たか。どれ、邪魔な爺は退散しような。お嬢さん、ゆっくりしておゆき」
このおじいちゃんドワーフ、副ギルドマスターなんだ。
ほっほっほっと笑うおじいちゃんドワーフは部屋を出ていった。
「どうした、ルナ」
ため息をついておじいちゃんドワーフを見送り、穏やかに話かけるアルフさん。
「あ、あの、昨日はご迷惑をおかけしました。あの、これ、どうぞ」
私はピンクの包みをアルフさんに押し出す。
「これは?」
「差し入れです。リツさんやマリ先輩が作ってくれたので、美味しいです」
「そうか、なんだか悪いな」
さっとピンクの包みを取り、お弁当を開ける。燦然と輝く料理達。
「おう、豪華だな。しかし、すごい量だな」
ですよね。
「まあ、せっかくだ。旨そうだし、腹も減ってるしな」
アルフさんは私の隣に座り、早速サンドイッチを取り出し、かぶりつく。私は横でお茶入れる。
「旨いな」
「リツさんやマリ先輩の料理はなんでも、美味しいですよ」
「ルナは二人が好きなんだな」
「ローズさんも好きですよ」
「そうか」
優しい顔のアルフさん。
次々に料理を平らげるアルフさん。気持ちいい食べっぷりだった。
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