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閑話②

槍。

 城門を抜け、魔の森に向かう。いや、走る。

 当てなんてないが、胸騒ぎがしておさまらない。

 途中すれ違った冒険者に聞いてみたが、首を横に振った。まだ若い三人組冒険者は一緒に探そうかと、声をかけてくれたが、好意だけ受け取った。広大な魔の森にいる、たった一人を探す。無謀だ。そんなことに人の良さそうな冒険者達を巻き込めない。

 あちこち走り回り、喉が悲鳴を上げる。

(どこにおる?)

 息を整え、騎士隊遠征時に教えてもらったマアナの木を見つけた。この木は水分を大きく含む。非常時の水分補給手段だ。穂先で皮を剥ぎ、中身をえぐり口に含む。甘味と苦味が喉を刺激したが構っていられない。

(ルナ、どこにおる?)

 そこそこ気配感知はあるが、一向に引っ掛からない。

 もし、ゴブリンにでも、捕らえられいたら。

 自分の考えに、全身の血が凍りつく。

「ルナ、どこにおるッ」

 叫ぶが、返事はない。

(ああ、我が守護天使よ、ルナを御守りください)

 どうか、お導きください。

  キイイイイィィィィィ

 祈りを捧げると、小さな耳鳴りがした。

 誘われるように走る。走る。走る。耳鳴りはどんどん大きくなり、突然消えた。代わりに響くのは破壊音。

 誰かが戦闘している。誰かなんて、確認する必要ない。直感した。

(ルナだ)

「大地よ、槍となりて、敵を撃ち抜けッ」

 槍に魔力を流す。いつでも発動できるように。

 これはただの魔鉄製の槍ではない。芯に純度の高いミスリルを使用した魔槍だ。魔石を使って中の火、土の魔法補助、硬化強化を付与した、アルフレッド自身の最高傑作。魔法使いが使う杖の槍バージョンだ。武器としても十分な破壊力だ。

 破壊音に向かって全力で走る。

 少し開けた所に、ブラックトレントが、黒い枝を振りかぶっていた。その先に探しに探したルナがいた。頭から血を流した姿で。

 頭が一瞬白くなった。

「アースランスッ」

 魔法を放ち、ブラックトレントの枝から、ルナを守る。

【火魔法 身体強化 発動】

【土魔法 身体強化 発動】

 魔法を立て続けに発動させながら、ブラックトレントとルナの間に入り込む。よく見たら、ブラックトレントの幹に切り傷、しかもかなり深いのがある。

 後ろでルナが立ち上がろうとしていたが、一喝。

 本来、トレントなんて一人で相手にはしない。多角的に攻撃してくるのと、その枝や根など物量にものを言わせた攻撃は熟練者でもなければ、単独では挑まない。アルフレッド自身、トレント相手にしたことはある。もちろん一人ではない、ドワーフの騎士達の見事な連結プレーと、アルフレッドの援護魔法で倒した。

 今は、一人。

 後ろにいるルナに、これ以上負担なんてかけられない。何より、手当てがしたい。

(時間はかけん)

 ありったけの魔力と張り巡らして、ブラックトレントに槍を繰り出した。ルナの着けたキズに狂いなく穂先を捩じ込み、全力で槍を梃子の要領で動かす。筋肉が悲鳴を上げるが、構っていられない。後ろにキズついたルナがいるのだ。

 魔法で強化したおかげか、ルナが付けたキズが深かったおかげか、ブラックトレントは倒れた。アルフレッド自身も驚いたが、柄でつついて、確認。

(大丈夫みたいだな)

 ちょっとばつの悪そうなルナの手当てをした。頭以外にもキズだらけだ。鍛治師ギルドを飛び出した手前、何も持っていなかった。ルナはマジックバックを持っていたが、ナリミヤ殿の知り合いだからと納得。救急箱からポーションを取り出す動作に、左腕を庇っているのに気付いた。

「使うの、勿体ない」

 その言葉に、少し怒りを覚え、無理やりポーションを口に押し込む。

「飲まんと怒るぞ」

 これだけのケガをしているのに、勿体ない。

(何を言っとるこの娘は)

 頭のキズをポーションを含ませたガーゼで手当てしながら、呆れる。染みるのか、目を閉じているルナが愛しい。

(生え際にキズがある、これならキズ自体残らんだろう。しかし、本当に美しいな。触れたいが今は我慢我慢)

 誤魔化すように、話かける。

「せっかくの器量が勿体ない」

「誰も、困らない」

 ルナの答えに言葉を失う。  

(普通、女は顔にキズは嫌がるものではないのか? まあ、少々キズがあっても儂は困らんが)

 そんな思いを知られたくなく、乾いた血を拭き取る。

「ほら肩出せ」

 さすがに抵抗された。年頃の娘らしい反応だ。

 しかし、動かさない左腕をそのままには出来ない。

 しぶしぶ、肩を出すと、案の定変色していた。

 その小さな肩に、アルフレッドの心臓がはね上がる。

(これは手当てだ、手当て)

 自身に言い聞かせ、そっと触れる。

 やはり痛みがあるようで、固定することに。自身の袖で簡易包帯を作り固定している間、ルナはじっとしていた。じっと目を閉じたまま大人しく手当されている。それが、何より有難い。今、きっと、見られたら恥ずかしい顔をしているだろうから。

(ああ、触れたい。このまま触れたい。だが、そんなことをすれば、ルナに嫌われる、それだけは嫌だ)

 長命のドワーフなら、このくらいの年の差はなんでもないだろうが、相手は人族。成人ギリギリの少女だ。

(嫌に、決まっとる。こればかりは仕方ない。せめて、いい大人を演じんとな)

 気持ちに蓋をして、手当ての終わったルナを抱えた。ぎゃあぎゃあ騒いだが、下ろすつもりはない。思ったより軽い体に驚きながら。

 途中でブラッディグリズリーと遭遇したが、撃退した。

(思ったより、弱かったんだな。命拾いした)

 安心した。ルナが持って帰ると言い出した時には、驚いたが、ブラックトレントに巨体のブラッディグリズリーまで入るマジックバックにも驚いた。

(マジックバックもすごいが、ルナの持つ剣とナイフが気になる。今度見せてもらえるか?)

 鍛治師としての興味が沸いたが、今は押さえる。

 諦め悪く抵抗するルナを抱える。やはりポーションの影響か、眠気が差し始めたようで、瞼が降り始めていた。ただ、眠る直前に渡された水筒に、ルナの気遣いが伝わってきて、嬉しかった。

 眠りに落ちたルナは、無防備で、可愛らしい。

(人の気も知らんで。まあ、仕方ないか)

 水筒のお茶を飲む。からからの体に染み込んでいく。

 落ち着いて、ルナを見るとぐっすり寝ている。

(少しくらい、いいかの?)

 そっと、指で頬に触れたら身をよじったため、あわてて引っ込める。

(いかん、いかん、寝ている娘に何をしよるんだ儂は)

 首を振って、ルナの体に響かないように注意しつ歩く。

(ゆっくり歩かんとな。起こしたらかわいそうだし。こんなに触れていられるのも、今回きりだろう。ゆっくり、歩こう)

 きっとこれが最初で最後。

 自分で思って、気落ちする。

(なんて、情けない。せめて知られんようにせんとな)

 いい大人を演じよう。ゆっくり歩きながら、そう、思うと、自分が情けないというか、嫌になってきた。

読んでいただきありがとうございます。

一区切り。

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