閑話①
閑話シリーズ?
尻切れトンボです。
「あんな風に焚き付けてはならん、ケンカで済まなくなるぞ」
そう言うために、屈み込む。
始めは単なるトラブルだと思った。
大男に対峙していたのは、小さな子供だった。しかも、女の子だ。お節介とは思ったが、見過ごせなかった。ギラギラとたぎるような青い目が、強烈な印象を与えたのもあったが。
ちょっと大男の腕を握って、諭したら、引いてくれた。見ていたが、少女も焚き付けていたようだ。
呆気に取られた顔は、年相応だと思った。
しかし。
(美しいな)
白い肌に、青い目が映えている。まだ、子供だ。小さい体で、あんな大男に立ち向かえたなと思った。掌の胼胝に、腰に下げた剣の柄は、使い込まれていた様子から、かなり使いこなせるのだろう。
だか、子供だ。美しい、女の子だ。
頭を子供のようにぽんぽんすると、些か、腑に落ちない顔をした。子供らしい。
「助けていただきありがとうございます」
それは妙に、引っ掛かる出会いだった。
それから、マリベールからトウラに移らざるを得なかった。
(あの子に会いたいものだ)
名前、聞いておけば良かったと思ったが、後の祭りだ。
トウラに移ると、何故か鍛治師ギルドから熱烈歓迎を受けた。なんてことない、単なる人手不足だ。
(酒が呑めんことを分かってくれただけでも、ありがたい)
ハーフとはいえ、ドワーフが酒が飲めない。酒で語り合うと言われるドワーフにとって、それは致命的だった。このせいで、国を出なければならなくなった。
ギルドマスターは自分を手放さないようにしたいのか、いろいろ便宜を計ってくれた。ギルドマスターだけではない、トウラの鍛治師は皆よくしてくれる。
(だが、なにか違う)
親父が仕込んでくれた鍛治の腕を、ここで振るうか? だが、自信がない。親父は育ての親。鍛治師の師。ドワーフは師をすべて親父と呼び、兄姉弟子は兄貴姉貴と呼ぶ。
中途半端な鍛治の腕。中途半端なレベル。
それを理由に工房の世話をしてくれようとするギルドマスターをのらりくらりとかわし、時折魔の森で狩りをして、過ごしてしばらく経って。
「言い掛かりとは見苦しいぞ」
一度しか、聞いたことはないが、忘れる事のできない声。
(あの子だ)
また、誰かと対峙している。どうやら、誰かを庇っているが、そんなことはどうでもいい。
魔の森を駆け回って、疲れていた体が嘘のように動いた。
絡んでいた男も、ちょっときつい言い方をすると、あっさり引いてくれた。
振り返ると、驚いた顔をしているが、少女は変わらず美しい。まさか、こんなところで会えるとは思えなかった。年甲斐もなく、心臓が、早鐘のように打つ。
(名前を聞きたいが、おかしいか?)
それからいつもの槌を片手にギルドマスターが出てきた。ちょっと勘違いされたが、何故か心地いい。
(まだ、話したいが、汗くさいかもしれんしな)
「じゃあな、お嬢ちゃん」
名残惜しいが、また、会える気がした。だから、去ろうとしたが、向こうから手を握ってくれた。驚いた、向こうも驚いているが、みるみる内に顔が赤く染まる。どうしていいか分からない顔が、何故かいとおしくて。
少女の手を、包むように握る。小さな手だ。
ますます顔を赤くする少女。
そこに庇っていた少女が、話しかけてきた。マリベールでちらっとしか視界に入らなかったフードの人物で、こちらも器量がいい。
それからトントン拍子で話が進み、鍛治のレクチャーをすることになり、そして少女の名前が分かった。
ルナちゃん、と呼ばれ、小さく、はい、と答えていた。
(ああ、ルナか。あの子に似合う。呼んでみたい、だが、あの子の口から聞きたい)
次の日、身だしなみを整える為に髭を剃った。髪も鍛治の邪魔にならないように結んだ。
鍛治師ギルドでインゴットを選んでいると、妙な胸騒ぎを覚えた。
インゴットを荷物に押し込み、外に出ると、鍛治師ギルドには似つかわない、青い服の少女が男達に絡まれていた。ギラギラたぎるような青い目で、ルナだと分かった瞬間、頭に血が登った。
ケンカは買わない主義だ。国では、それで臆病者呼ばわりされても痛くも痒くもない。ただ、親父や兄貴達に迷惑をかけたくなかった。
だが、この件で引くつもりは、毛頭ない。
初めてケンカを売った。売るまでもなく、鍛治師ギルドのドワーフ達が追い払ってくれたが。ギルドマスターの味方といった言葉が、どれだけ頼もしく、嬉しかったか。しかし、また、勘違いされ、むず痒い思いだ。
「まだその娘は子供だ」
ギルドマスターの言葉が、高ぶっていた気持ちを諌めた。
鍛治師ギルドを離れて、ルナを見る。
どこぞのお嬢様の様な青い服に、綺麗に整えられた髪。
(ああ、美しいな。これだけで、見ている価値がある)
「よう、似合っとる。かわいいじゃないか」
そう言うと、顔を赤くし俯く姿に愛しさが込み上がる。
(なんてことだ。相手がまだ子供なのに、どうやら、惚れたようだ。下手したら、この子の父親ほど年が離れているのに)
そんな気持ちを悟られる訳にもいかず。名前を聞き出した。
ルミナス・コードウェル。
苗字がある、貴族のようだが、どうも違うようだ。
立派な屋敷に案内され、リツ達に鍛治を教えた。グレイキルスパイダーの布が出てきた時はどうしようかと思ったが。
純粋な魔道炉を操るなんて久しぶりだったが、何とかなった。
国で魔道炉を扱っている工房は少なく、親父の工房にもなかった。たまたま知り合いが使わせてくれただけで、使い方を知っていた。錬金術を駆使した鍛治は何年か前からあったが、なかなか浸透していなかった。頑固気質のドワーフのため、新しいやり方であり錬金術との併用は、普及は今もほとんどしていない。
(儂は他の鍛治師より魔力がある。儂が追い付けるとしたら、錬金術と併用しかない)
それに賭け鍛治師を続け、やっと出来た愛槍。しかし、出来上がって間もなく、体調を悪くしていた育ての母である親父の妻が死に、親父も後を追うように亡くなった。兄貴達は受け入れ先はあったが、酒の飲めない自分に受け入れ先がなかった。やはり酒だった。兄貴達には養うべき家族がいた、自分の面倒も見ると言ってくれたが、甘えていられない。ただ、もうマダルバカラにはいられない。遥か遠いクリスタム王国第三都市トウラ、親父の弟弟子を頼ったが、既に他界。路頭に迷うかも知れないところを、ここの鍛治師ギルドが拾ってくれた。
(本当に感謝だ。ルナにもまた会えたし、ここにおる限り、また、会える)
そう、思っただけで、胸が高鳴る。リツから家に来ないかと言われたが、一瞬迷った。だが、女ばかりの家に入るわけにもいかない。
鍛治の後、夕食をご馳走になった。今まで食べた中で一番かもしれなかった。となりで食べるルナは本当に幸せそうで、何より可愛らしい。見てるこちらも幸せな気持ちになる。そんな気持ちでルナを見ていたら、一瞬様子がおかしかった。まるで憑き物が取れたような、そんな感じだ。本人は否定し、見事な食べっぷりを見せたから、気のせいかと深く考えなかったが。
「おい、アルフ、あの子一人で城門から出ていったぞ」
次の日、鍛治師ギルドで一作業を終えた所に、顔見知りになったドワーフが声をかけてきた。
「一人でか?」
「ああ、一人だったぞ。あの子、冒険者か? 腰に剣下げとったぞ」
嫌な予感がした。
作業用の前掛けを外し、近くに立てかけていた愛槍を手に、鍛治師ギルドを飛び出した。
「おい、アルフ」
「すまん。今日中には戻る」
当てはなかった。
何故か放って置けなかった。昨日、一瞬感じた違和感のようなものが、引っ掛かっていた。
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