トレント③
お願いだから。
あ、寝てた。
身を捩る。肩の痛みが随分引いている。人々の喧騒が、耳に入ってくる。
喧騒?
目を開けると、トウラの町並み。既に夕方。家路つく人、繰り出す人。活気に溢れた町並み。
私、まだ、アルフさんに抱えられてるままだ。
「あ、アルフさん、下ろして」
恥ずかしい、とんでもなく恥ずかしい。
「ならん、リツ達に引き渡すまでは」
「引き渡すって」
犯罪者かい。
「歩いて帰れますって」
「ダメだダメだ。一人で帰したら、今日のこと黙っているつもりだろう?」
ばれてる。マリ先輩達が心配するから、どこかで着替えて、なんて考えていたけど、このままだとばれる。
私達のやり取りを通り過ぎる人々が、振り返るが、それだけで済んでいる。それがありがたい。引っ越したばかりで、知り合いいない。
「アルフ、やっと帰って来たか」
キター、鍛治師ギルドマスターが槌を片手にすごい形相で。
「まだ、予定の半分も終わっとらんのだ、ぞ…」
勢いが良かったギルドマスターの声が小さくなる。私は数少ない顔見知りに、顔に血が登る。
「あー、まあ、後でな」
視線を向こうにやって続けるギルドマスター。突っ込んで、もっと突っ込んで。
「すまんなギルドマスター、明日の朝までに何とかするから」
もしかして、徹夜決定したの? でも、鍛治師ギルドってそんなに人手不足なの? 流れの鍛治師のアルフさんにずいぶん頼っているけど。
「あの、お仕事あるなら、私、一人で帰れます」
「ならん。家まで連れていく」
ちょっとギルドマスター、何とか言ってよ。ダミ声のギルドマスターに助けの視線を投げるが、いない。あれ? どこに?
「まだ、その娘、子供じゃぞ」
鍛治師ギルドの入り口で、槌を振り回すギルドマスター。言われなくても分かってますよ。
「だから何の心配しているんだ? すぐに戻る」
「本当に大丈夫なんですが…」
「お前さんも諦め悪いな。ならんと言ったらならん」
呆れた顔で折れないアルフさん。ああ、どうしよう、なんて説明しよう。言い訳を考えていると、あっという間に屋敷近くに。
「あの、下ろしてください」
無駄な抵抗をしてみるが、ならん、の一言でバッサリ。
「あ、ルナちゃん」
マリ先輩の声がした。え、嘘。よく見たらリツさんにローズさんまでいる。ここ、屋敷の敷地の外よ。
「ルナちゃん、どうしたのそれ、ヒール」
駆け寄ってきたマリ先輩がヒールをかけてくれる。リツさんまでかけてくれる。ああ、温かい。肩の痛みがなくなる。
やっと、アルフさんが下ろしてくれる。
「心配したのよ、冒険者ギルドにはいないし、帰って来ないし。腕、どうしたの?」
リツさんは私の顔を覗き込む。あ、心配させてしまった。
「あー…転びました」
「カラートレントにケンカを売っとったんだよ」
ばらしたー。
ちょっと恨みがましい目で見上げるが、痛くも痒くもない顔のアルフさん。
しかし、その言葉にリツさんの顔から血の気が引く。
「まさか、私が欲しいって言ったから?」
「違いますよ。カラーのトレントなんて、家具には向きません。リツさんだって知っているでしょう? ただ、私が無謀だっただけです。ナリミヤ氏からもらった剣の実戦をしたかっただけです。いい剣だから、実力を見誤ったです」
わたわたと言う私。だってカラーのトレントは、武器や防具向き。
「だから、自己責任なんです。調子乗っていただけです」
必死に言い訳する。だってリツさん何も悪くない。勝手に私が突っ込んで言ってこのケガだ。
「リツさんが持たせてくれたポーションと今のヒールですっかり治りました」
私は固定された左腕をわきわき動かす。
「ほら、もう、全然大丈夫です」
安心させないと、悪いのは私なんだから。私はなんともないって顔で笑うが、リツさんは悲しそうな顔のまま、私の手を握り締める。
「お願いだから。二度とこんなことしないで」
「リツさん…」
「二度と、こんなことしないで」
あ、重なる。リツさんが、母と重なる。ドジを踏んでキズを負った時もこんな感じだった。ああ、どうしているだろう。手紙とお金届いたかな? まだ、早いか。なんてふわっと思う間にも、リツさんは続ける。
「約束して、二度とこんなことしないって」
ますます母と重なる。そうだよ、私が悪かったんだから。
「はい、約束します」
「本当?」
「はい」
私は大人しく頷く。リツさんを安心させないとね。たとえ嘘でも。もし、またあの赤髪エルフみたいのと対峙したら、私は盾になる覚悟はある。きっとリツさんは私なんかより、これからの人達の為に、功績を残すはずだ。私はただ、戦って魔物を殺すだけ。それだけの存在なんだ。前世だってそうだったし、最後は無関係な教会の子供達まで巻き込んだ、罪人なんだ。いくら生まれ変わったとか、50年も前のことだからとか消える分けない。せめて今生で、人の役に立って、役に立って、そう、役に立って、死なないと。
「はい、リツさん。約束します」
どんなことがあっても守ります。
「私にも約束して」
横からマリ先輩が私の手を握り締めるリツさんの手に、重ねるように置く、ローズさんまで。
「はい、約束します」
たとえ、相手が誰だったとしても、体が砕かれるまで戦います。
皆を守るなら、安いもんだよね。私なんて。私の命なんて。
代わりはいくらでもいる、散々、言われてきた。前世で。
しばらく私の手を握り締めていたリツさんは、アルフさんに声をかける。
「アルフさん、ルナちゃんを連れ帰って来てくれてありがとうございました」
「構わんさ。ルナを休ませてやれ。あ、明日はちょっと来れんと思うが、いいか?」
「はい、大丈夫です。ルナちゃんがお世話になりました。本当にありがとうございました」
深々と頭を下げるリツさん。私のことなのに。マリ先輩やローズさんまで。あ、いけない、私自身がお礼言ってない。
「アルフさん、助けていただきありがとうございました」
今更だけど。お礼を言わないと。
アルフさんは穏やかな顔を向ける。いつもの優しい顔。
「いいさ、よく休むんだぞ」
「はい」
アルフさんは水筒を私に渡し、背中を向け、帰って行った。今から徹夜? まさか、いくら体力自慢のドワーフでも無理じゃない? ブラックトレント倒して、ブラッディグリズリー倒して、私を町まで運んで。あ、きっとギルドマスターが察してくれるよね。そうだ、今日渡されたリツさんの手付かずのお弁当を渡せば良かったかな。今から追いかける訳には行かない、がっちりマリ先輩が私の手を握っているから。
「どうしたのルナちゃん。どこか痛い? ヒールしようか?」
「大丈夫です。ただちょっとアルフさん、明日大変かもしれないから、差し入れ(リツさんに持たされたお弁当)をしたほうがいいかなって」
その言葉に、勢いよく反応する三人。アイコンタクトしてる。
「今日はルナちゃんはお休みなさいよ、明日準備しましょう。ルナちゃんお腹は? お味噌汁にしようか? 具材何がいい?」
「あ、じゃがいもと卵で」
あら、さっきまでのいろんな覚悟がきれいにどこかに行ってしまう。食欲が、ぽーんと勝ってしまう。いや、あの、リツさんのお味噌汁、美味しいの。ほっとする。何故だろう、マリ先輩の前でもあーんなんてできるが、リツさんにも、こんなふうにお言葉に甘えることができる。不思議だ。自分のことなのに不思議だ。コードウェルの両親にも、できるだけ一線を引いていたのに。不思議だ。
「分かった、すぐ作るね」
私の不思議事案に気付くわけもないリツさんが、何か頭で計算でもしているような顔で、優しく言う。
「そうね、まずお風呂はきついから浄化しましょう」
マリ先輩は浄化係かな、確かにお風呂はちょっときついかな。入りたいけど、痛そうだし。
「寝付きにいいハーブティーの準備をします」
いつもすみませんローズさん。
屋敷に入り、マリ先輩の浄化発動。汚れがほとんど落ちて、汗でべたべただった体がすっきりする。髪のベタつきまで。マリ先輩の光魔法、レベルアップしてる。
台所でリツさんのじゃがいものお味噌汁をいただき、少ししてローズさんのハーブティーも。その効果か、疲れかわからないけど、眠気が襲って来た。何とか寝巻きに着替えてベッドに潜り込むと、ものの数秒で眠りに落ちた。
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