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トレント②

撃破後。

「まあ、それは今はいい、ポーション持っとるか?」

 ため息を付き、私に聞く。

 あ、今頃、痛みが出てきた。あ、痛い。左肩が動かない。頭から流れてきた血が、目に入る。

「ルナ、座れ」

 アルフさんに促され何とか座る。

 何とかリツさんに持たされた救急箱をマジックバックから出す。

「開けるぞ」

 一言断り、救急箱を開け取り出したポーションを、私に飲ませる。

 勿体無いと言ったら、アルフさんの眉が跳ね上がった。無言でポーションを口に突っ込まれた。

「飲まんと怒るぞ」

 すでに怒ってるよ。

 苦い、苦いポーションが喉を通り過ぎる。

 痛みが、すっと引いていく。

 しかし、左肩の痛みは残っている。

「もう一本開けるぞ」

 立て続けに飲んでも、二本目はあまり効果ない。

 アルフさんは救急箱のガーゼにポーションを染み込ませる。

「染みるぞ」

 ガーゼを頭のキズに当てる。

 う、染みる。ぐっと目を閉じて我慢。

「キズが残ったらどうする? せっかくの器量が勿体無いぞ」

「誰も、困らない」

 私の言葉にアルフさんがため息。ごしごし、乾いた血を優しく拭かれる。

「ほら、肩出せ」

「それはちょっと…」

「出せ」

 有無を言わせない口調だが、私はささやかに抵抗。

「出せ」

 ちょっと恥ずかしいが、仕方ない、アルフさんの赤い目、怖いし。あんなに優しいと思った赤い目が怖い。

 動く右手で左の袖を引っ張り、左肩を出す。あ、変色してる。

「少し触るぞ」

 小さく頷く。ゴツゴツした手がそっと肩に触れる。

「いつっ」

「折れてるか微妙だな。ひびは入っているかもしれん、固定しておこう」

 固定って、そんな布あったっけ? あ、マジックバックに、シャツがあったから、それでいいかな。

  ビリッ

 迷いなく、アルフさんは自分の袖を引きちぎる。よく見たら、アルフさん普段着みたいな格好だ。とても魔の森に入る装備ではない。呆気にとられていると、手慣れた様子で引きちぎった袖で簡易包帯を作る。ポーションを染み込ませたガーゼを当て、左腕ごと固定する。左腕を曲げた瞬間、痛みで息が詰まった。しかし、さすが騎士隊の遠征に加わった経験か、手際がいい。まあ、巻かれている間は、恥ずかしいから目を閉じてたから、どんな顔で呆れられていたかわからないけど。

「こんなもんか。さ、帰るぞ」

「ちょっと、待ってください。トレント持って帰りたいので」

「何言っとる? これだけの物量入るのか?」

「大丈夫かと、思います」

 立ち上がろうとすると、アルフさんが手を貸してくれる。マジックバックに倒れたブラックトレントを入れると、無事に入った。さすがナリミヤ印のマジックバック。パンパン寸前だけどね。

「気が済んだか?」

「はい、お手数かけました、って」

 なんだか、アルフさんの顔を直視出来ず、下を向く。

 すると、小さな子供を親が片手で持ち上げるように、抱えあげられる。

 ぎゃあ、ぎゃあ。

「おとなしくしとれ」

 ぎゃあ、ぎゃあ。

 私の悲鳴をアルフさんは気にもとめない。

「おとなしくしとれ、カラーのトレント相手にした理由を話したら、下ろしてやる」

「うっ」

 まあ、なんと言うか、むしゃくしゃしてたし、厳しいかと思ったけど、行けるなんて思ったり。二代目を使いたかったとか、ごちゃごちゃだ。多分、昨日、すとん、と、落ちた気持ちとか、本当にごちゃごちゃだ。

「は、話、たくないです」

 かすれる声で言う。

「そうか」

「アルフさんこそ、なんで、こんな所に?」

「話したくない」

 う、そう来たか。

 めちゃくちゃ怒ってる。なんか、怒ってる。

 きっと私はアルフさんに身内認定されているんだね。ドワーフは身内にいれた者を、血の通った家族のように大切にする。たとえ他種族でもだ。私は手のかかる、いや、手を焼く子供の位置か? 嬉しいような悲しいような。

 おとなしくしておこうか? でも、誰かに見られたら、多分恥ずかしさで気絶するかも。アルフさんは子供を抱えて歩いてるだけと思っているかも知れないが、私は恥ずかしい。

 しばらく歩いてるいると、喉の渇きを覚えた、あ、そう言えば、アルフさん息を切らせていた。私より喉が乾いているはず。まだ、ローズさんのお茶が残っているはず。私はマジックバックに手を入れ水筒をごそごそ探す。

「ルナ」

「はい」

「下ろすぞ」

 あ、流石に疲れたんだね。はい、歩きます。良かった。

 アルフさんは私を近く木の根元に下ろす。

「動くなよ」

 釘を差すアルフさん。表情を見て、水筒を取り出した私は、気配感知と索敵を展開。油断してた、なんだろう? ゴブリンじゃない。何? 何、何、なんか、重量がある。もしかして、私の血の匂いで寄って来たか?

 アルフさんが魔鉄の槍に魔力を纏わせる。

 腕がまともに動かない、私は、足手まといだ。片手で振り回すナイフをマジックバックから取り出し、握り締める。

 小さくなって私は息を潜める。

  がさがさ

 草むらをかき分け出てきたのは、黒い巨体、ブラッディグリズリーだ。やっぱり私の血の匂いを嗅ぎ付けて来たか。アルフさん以上にデカイ、剥き出した牙に涎をたらし、鼻息荒い。魔の森とは言え、なんで、こんな浅い所に? 普通の冒険者じゃ相手にならない、どう逃げるか考える魔物だ。私だって正面衝突は絶対避けたい。

 しかし、アルフさんは槍を構える。

 避ける気がない。

『ぐわあああぁぁぁぁぁぁ』

 咆哮を上げ、勢いよく、ブラッディグリズリーが地面を抉りながらアルフさんに襲いかかる。普通なら逃げるよ、しかしアルフさんは怯まない。

「はッ」

 魔力を纏った槍が、吸い込まれるように心臓辺りに突き刺さる。踏ん張ったアルフさんの足が、地面に重さで食い込んでいく。

 御守りください。我が守護天使バートル様。どうか、アルフさんを御守りください。私にできること、それは加護の効果を分け与えるだけ。

 ブラッディグリズリーの爪が、麻のシャツを引き裂く。

 私は何も出来ずに、ナイフを握り締める。

 どうする、加護以外どうする。私は攻撃魔法は得意ではない、アルフさんを避けて援護なんて出来ない。情けない、情けない、情けない。せめて。ナイフで、ナリミヤ氏のナイフなら、なんとか。

「動くなッ」

 ギクリ、と身を縮ませる。

 槍をぐるりと抉るように突き刺す。ブラッディグリズリーの目が見開き、ゆっくり閉じる。アルフさんが槍を引き抜くと、黒い巨体は轟音を立て、倒れ伏す。

 息を吐き、小さくなっている私を再び抱え上げる。

「アルフさん、待って待って」

「なんだ?」

「あれ、持って帰らないと。冒険者ギルドに報告しないと」

 私は倒れたブラッディグリズリーを差す。

「まだ、入るのか?」

「ギリギリ入るかも」

 やるだけやってみないと。私はアルフさんに下ろしてもらう。

 こんな浅い所に、こんな魔物がいるなんて。私の血に誘われただけかも知れないが、注意換気する必要がある。

 入りました、さすがナリミヤ印のマジックバック。パッツンパッツンだけどね。でも、ナイフは入ったが、出した水筒が入らなくなった。許容一杯なんだ。

「よう入るな」

「でも、もう一杯みたいです」

「そうか、よし、いくぞ」

 再び抱えようとするから、細やかに抵抗。

「歩けます」

「ダメだ、そろそろ眠気が来るはずだ」

 う、よくお分かりで。ポーションなどで急激に回復させると、体が回復に追い付かせるために、強制的に休息を取ろうとする。つまり、眠気が来るのだ。実は先ほどから眠気が出てきていた。気配感知と索敵の展開が遅かったのは、ちょっと眠気があったからで。言い訳だけどね。

「さあ、おいでルナ」

 う、女性なら言われたら嬉しいだろうが、まるで、言うことを聞かない子供に言い聞かせているようにしか聞こえない。

「ルナ」

「……はい」

 しぶしぶ、アルフさんに抱えられる。

「眠れ」

 耳元で、優しく言われる。だけど、眠気に負ける前に、これだけは渡さないと。歩き出したアルフさんに水筒を差し出す。

「アルフさん、これ、飲んでください。ローズさんのお茶です」

「お前は?」

「私は大丈夫ですから、飲んでください」

 眠気が来た。眠気が。

「分かった、飲ませてもらうよ」

 眠気が、来た。

 あ、アルフさんの赤い目、優しく見えた。良かった。

読んでいただきありがとうございます。

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