新しい生活④
隻眼の男
「とにかくベッドが要るわね」
見送られ、ティラ商会を出て、リツさんは真剣に悩む。
「とりあえず家具屋に行く? 木材屋にも行かないと」
マリ先輩が提案する。
「そうね、まず、家具屋かな」
歩きながら二人は何が必要が話し出す。
どうやら以前ダイニングテーブルを買った家具屋に行くことに。
聞かれましたが、お供しますよ。家具屋は意外に近いので、すぐに到着。
店員が覚えていてくれて、リツさんが希望を伝えると、すぐに案内してくれた。
「これがちょうどいいわね」
リツさんが一目で気に入ったベッド。
「こっちはホリィさんとルドルフ君にいいわね。こっちはアーサー君に」
それからチェストを二つ。大きいのをホリィ一家、小さいのをアーサー。食器棚は気に入ったものがなかったが、一週間後に新しいのが入るのでキープした。
「ルナちゃんは?」
話を振られたがマジックバックあるので、お断りしました。これ以上よくしてもらう訳にはいかないし。
アンナとクララには二段ベッドを探したが、希望するのがなかった。リツさんが木材屋と布屋を家具屋に聞くと、丁寧に教えてくれた。たくさん買ったしね。
「鍛治師ギルドの裏通りにあります。どうぞ。またのご利用を」
家具屋の店員に見送られ、次は鍛治師ギルドに向かう。
マルシェを抜け、鍛治師ギルドの前に差し掛かった時、マリ先輩とリツさんが鍛治師ギルドも覗きたいと言い出した。
「インゴットや、陶器に必要な粘土もみたいし」
私もローズさんも異論なし。
いざ、鍛治師ギルドに足を向けると、リツさんが誰かとぶつかりそうになる。咄嗟に腕を引いて回避。良かった。
「おい姉ちゃん、ぶつかっとおいて、詫びもないのか」
ぶつかってもないのに、むさ苦しい男が、言いがかりをつけてくる。当のリツさんも、はあ、見たいな顔だ。
私はさっとリツさんを後ろに下げる。
「言いがかりとは見苦しいぞ」
私が吐き捨てる。
【風魔法 身体強化 発動】
【火魔法 身体強化 発動】
さっと割れる人混み。さらにローズさんがマリ先輩とリツさんをさらに後ろに下げる。
汚く顔を歪めた男が、私を掴もうと手を伸ばす。気色悪い。
ガツッ
「ギルドの前でトラブルはやめてもらおうか?」
私とむさ苦しい男の間に、鉄製の槍が地面に突き刺さる。
「こんな小さい女に、みっともないぞ」
穏やかな口調。
「こんな所で偶然だな。お嬢ちゃん」
高い背丈、隻眼の男。何で、ここに? マリベールで絡まれた時、助けてくれた冒険者だ。
男は私とむさ苦しい男の間に立つ。片手には槍。柄まで鉄製だ、かなりの重量だろうに、片手で持っている。
「なんだてめえ」
「ギルドの前でトラブルはやめてもらおうか?」
「うるせえ、そっちがぶつかったんだ」
「ほう? 随分お前さんはか弱いんだな? こんなに小さい娘にぶつかったくらいで、キイキイ喚くな。ギルドの前でトラブルはやめてもらおう。これが最後だ。引け」
穏やかな口調だが、最後だけ、凍りつくように冷たい。
むさ苦しい男が怯む。舌打ちして、男は逃げるように去って行った。
「さて、まさかこんな所で会えるとはな」
隻眼の男が振り返る。ちょっと髪が伸び、ひげもぽちぽち。腰に下げた袋は所々血が滲んでいる。ああ、討伐部位か。
「あ、また、助けていただきありがとうございます」
「構わんさ」
隻眼の男が穏やかに笑う。
そこにひげもじゃ、樽体型、太い四肢、典型的なドワーフが、鎚を片手にどかどかやってくる。鍛治師ギルドから、出てきたようだ。
「アルフ、帰って来たんか」
声、デカイ。鎚を振りながら、危ないって。アルフという名前なのかこの人。
「さっきな」
「まったく、お前さんの腕なら、鍛治師一本で生きていけると言うのに。工房なら、いい物件紹介する言っておろうが」
ん? 鍛治師?
「あの、冒険者じゃあないんですか?」
私が思わず聞く。だって、総鉄製の槍、あれ、魔鉄製だよこれ、こんな槍持って鍛治師? よく見たらこの人、ガタイすごくいいよ。これだけの重量の槍を持つんだ、かなり力と槍術スキルが必要なはず。
「ああ、よく間違われるが、儂は鍛治師だ」
「魔鉄製の槍持っているのに?」
「よく分かったなお嬢ちゃん」
隻眼の男は嬉しそうに答える。
「なんじゃアルフ、このめんこい子は?」
「ちょっとな」
めんこい? は? 私のこと? あ、小さいからそう見えるだけね。
「一旦、冒険者ギルドにこいつを持って行くから、明日にでもそっちに顔を出す」
隻眼の男、アルフさんが腰に下げた袋をつつく。
「だから、鍛治師ギルドの依頼だけでも食って行けるだろう?」
「ギルドマスター、その話はまた今度な」
え、このドワーフ、鍛治師ギルドマスターなの? もしかしたら、このアルフって人、鍛治師としてかなり優秀なんじゃない? 工房を世話するとまでギルドマスターが言っているなら。
ギルドマスターは明日必ず来い、と釘を指し、鍛治師ギルドに戻って行った。
「じゃあな、お嬢ちゃん」
それを見送った後、アルフさんはちょっと屈んで私の顔を覗きこみ、穏やかな口調でそう告げる。
あ、なんか、このまま、行かせては、いけない。
急にそんな思いに駆られ、私は咄嗟に、手を掴んだ。
「ん? どうした? お嬢ちゃん」
どうした? なんて言われても、説明できない。何となくの行動だし。
「あの、えっと…」
あ、どうしよう。そう思っていると、掴んだ手が、私の手を包むように優しく握る。ゴツゴツして大きな手は、私の手を完全に包んだ。
まずい、恥ずかしい、ものすごい恥ずかしい。
「どうした? お嬢ちゃん」
優しく聞かれる。返事に困る、どうしよう。
私の起こした行動なんだけど、どうしよう。
「あの、マリベールでも助けていただきありがとうございます」
リツさんが、後ろから声をかけてくる。
「あの時のフードの娘か?」
「はい、その節はありがとうございます」
「いやいや、構わんさ」
すっと、手が離れる。
あ、すごく恥ずかしいことした、恥ずかしい、大して知らない人の手を掴むなんて、すごく恥ずかしい。
「あの、せめてお礼がしたいのですが」
「気にするな、大したことしてはおらん」
「あの、実はこれ建前です。鍛治師として優秀な方に、いろいろお聞きしたいことがありまして」
「お嬢さん方、鍛治師か?」
「いいえ、錬金術師です。まだ駆け出しですけど」
リツさんとアルフさんの話が、すり抜けて行く。
カッカしている顔を、頬を押さえる。
しばらくしてツンツンと、腕をつつかれる。
振り返ると、優しい顔のマリ先輩。
「ルナちゃん、行こう」
「え、あ、はい」
あれ、あの人、アルフさんはすでにいない。あ、冒険者ギルドに行くって言ってたし。
「明日、夕食にご招待したから」
リツさんにぼわっとしていた私に説明。
「あ、はい、はい?」
「だから、ご招待したの。ルナちゃん、明日お昼過ぎに鍛治師ギルドまで、アルフさん迎えに行ってね」
「はあ? 何でそんなことになっているんですか?」
私の言葉に、心底不思議そうな三人。
「迎えの話が出たとき「はい」っていったじゃない」
リツさんの言葉に私は驚く。まったく聞いていない。そんな話になってたの?
「そうよルナちゃん。私達の中でまともな装備、ルナちゃんだけでしょう。私達はナリミヤ様から、錬金術の基礎や付与、魔道具はある程度できるけど、武器や鎧とかは、まだ手が出せてないのよ。だからアルフさんから知恵を借りようって話になったの」
マリ先輩も説明してくれる。
「そ、そうなんですね」
まったく聞いてない。
「私達が夕食の準備をするので、ルミナス様にご案内をお願いしたんです」
ローズさんも説明してくれる。
あ、はい、話聞いていない私が悪い。
「はい、分かりました」
話を聞いてない私が悪い。素直に頷こう。
私は大人しく、三人の後に続く。
木材屋に寄りいくつかの木材を購入。
最後に布屋に。ホリィ一家やアーサーの為に必要な布を購入。また、沢山買って。まあ、リツさんのお財布だし。きれいな青色や鮮やか藍色の布を選んでいた。何作るんだろう。
読んでいただきありがとうございます。