新しい生活③
ある一家と少年。
ホリィさんとアンナが硬い表情になる。
「もし、奴隷紋があれば、父親は手が出せません。連れ去ろうものなら、この父親はすぐに犯罪奴隷落ちです」
話をちらっと聞いたら、本当に録でもない男のようだ。失業したあと、ホリィさんの稼ぎで食べ、気に入らないことがあれば殴る蹴る。失業前は普通の家族だったらしいが。しかし、酒にまで手を出しはじめ、とうとう蓄えも尽きたとき、ホリィさんだけ娼館に売り払おうと男が考えていたのにホリィさんは気付いた。残される子供達を守りたかったホリィさんは、通いで働いていた家の主人に頼み込み紹介状を書いてもらい、このティラ商会に売られるようにことを運んだ。ばらばらになるより、まだ、一緒にいられる可能性があったからだ。このティラ商会は長くトウラで奴隷商会をしており、治める辺境伯からも信頼があると。ちなみに紹介状がないと奴隷として売ることはできない。そしてその紹介状を書けるのはある程度の地位や財産がないと書けない。爵位があるとか、ギルドの上層部にいるとか、町の長とか顔役とかだ。ホリィさんは商人ギルドの副ギルドマスターの家に通っていたと。
「そうですね。子供達を守るためなら」
リツさんは考えて決断。
「解放条件は、こう言った場合は一般的にはどうするんですか?」
「そうですね。成人が基準になります。まあ、途中で変更可能です。無理な拘束でなければ、もしくは解放を早めることもできます」
「では、成人を目安に解放します。ホリィさん、いいですか?」
「はい、どうぞよろしくお願いします」
「ティラさん、うちの受け入れ準備があるので。2週間後に迎え入れたいのですが」
「構いませんよ。ただ、預り料金が発生します。そうですね、ナリミヤ様からのご紹介ですので、1万でよろしいですよ」
「よろしくお願いします」
「では、こちらの書類にサインを」
「はい」
リツさんは出された書類にサイン。
「では、あとは奴隷魔法をかけますので、お待ちを。今、別の商会に行っておりますから、呼び戻しています」
「待っている間に、ホリィさん達の採寸していいですか? 準備したいものもありますし」
「はい、どうぞ」
リツさんはマリ先輩とローズさんと手分けして、立ち尽くすホリィさん達を採寸。何を作るんだろう?
「何を作るの?」
私の代わりにクララが聞いてくれる。
「お母さんには、メイドさんの服よ。あとはエプロンね。他にも必要な着替えかな」
「クララも欲しい」
「こら、クララ、申し訳ありませんご主人様」
「いいですよ。かわいい服にしましょうね。あとホリィさん、ご主人様はちょっと」
「では、どうお呼びすれば」
「名前でお願いします」
「リツ様でよろしいですか?」
「それで、お願いします」
和気あいあいと採寸が進む。すっかりアンナとクララはリツさんになついている。
その間に、男性職員が来てティラ氏に何事か耳打ち。
「サイトウ様。サイトウ様は家の管理する者をご希望でしたね。もう一人オススメしたいものがいます」
採寸を終えたリツさんにティラ氏が話を切り出す。
「どんな人です?」
「名前はアーサー、人族、15才。成人して一週間です。農家出身。読み書き計算はほぼ完璧」
ん?
「先ほどサイトウ様に助けていただいた少年です。ちょっと込み入った事情がありますが、貴方になら買われたいと」
先ほど泡を噴いていた少年が、緊張した表情で応接間に入ってくる。
「アーサーです、助けていただきありがとうございます」
ペコリと頭を下げる。
「もう、大丈夫?」
リツさんが優しく声をかける。
「はい、大丈夫です」
うーん、少しずつ顔が赤くなってるぞ。
「本来なら、売りに来た父親と紹介状を書いた町長は罪に問えます。本人の同意がない上に薬を盛っていたからです。しかし、アーサーは町長には迷惑をかけたくないことと、もとのところに戻されるのを拒んでいます」
ティラ氏がアーサー少年の経緯を説明。
奴隷としてアーサーが売られた理由は、一つ年上の兄が騎士学校に入る為に通った私塾に払った授業料、そして騎士学校に合格したため通うための資金の為だった。
あれ、普通、騎士学校に入るなら支度金が、低い利率で国から借りれるはず。当然、支払い義務は当人、つまりアーサーの兄ね。ライドエルはそうだったが、クリスタムではないのか? だいたい騎士と言っても、ほとんど平民出身だ。なのでほとんどがこの支度金を借りるのだが。
「どうも兄が支度金を借りるのを嫌がったようで」
なにそれ。自分にかかるお金でしょうに。
「両親は兄を溺愛していたようで、何でも望むようにしようとしたそうです。畑もそこそこあったようですが、それを売ると、自分達の生活が立ち行かなくなるため、アーサーが成人したら奴隷にと話が持ち上がっていたそうです。ただ、同居していたアーサーの祖母が断固として反対、町長もそんな理由で紹介状を書けないと突っぱねていたようです。支度金を借りればいい話ですからね。しかし、その祖母が一昨日に亡くなってしまった」
ティラ氏は息つく。一昨日って。二日前に? それですぐにアーサー少年を売りに来たとなれば、おそらく前々から準備していたな。反対していたアーサー少年の祖母が亡くなり、直ぐに行動している所を見れば。
「そして今日ここに売られました。町長の判を押された紹介状は誰か、おそらく町長の家族の誰かが勝手に押したのでしょう。彼としてはお世話になった町長が、この件で管理能力を問われるのを恐れています。それに何より、家には帰りたくないと」
なるほどね。また、ひどい親だね。しかし、町長は祖母を亡くしたアーサーに、読み書き計算できるから、家に残るのが嫌なら知り合いの商会に紹介するとまで言ってくれたと。なので余計に迷惑をかけたくないと。
まさか、この商会に着く直前にすれ違った馬車。汗まみれの男だったが、まさか、あれが父親か?
「アーサー自身は読み書き計算以外は、農作業が主にできます。体格はまずまず、ただ魔法適正が低いため、名前等のステータス開示もできません」
あら、そうなの。まあ、たまにいるけどね。ステータスの開示は、名前くらいならある程度の歳になれば自然とできるようになる。しかし、稀に魔法適正が低すぎると、名前すら開示できない。
「…できます。ステータス開示」
沈黙していたアーサーが口を開く。
「でも父親はできないと」
「おばあちゃんが、祖母が信頼できる人が現れるまで、見せてはいけないって。だから、親はステータス開示できないと思っています」
アーサー少年にとって、信頼できる親ではなかったんだね。まあ、ちょっと聞いただけだか、長子優遇で育てられたようだし、成人したら奴隷として売るなんて言われたら信頼もできないね。
しかし、なぜ、アーサー少年の祖母は開示をしないように言ったのか。
「だから、その、貴方になら、ステータス見せても、いいかなって」
なんだろう、かわいいと思えるのは気のせいか? 顔を赤くしてもじもじするアーサー少年が、無性にかわいく見えた。
「そうなの。どうしましょう、庭師としてうちに来てもらう分は構わないけど。庭が広いから、家庭菜園なんて素敵だし。うーん、ルナちゃんも一緒に見てもらってもいいかな?」
「私ですか?」
「うん、一番レベル高いし。私じゃ判断つかないし。いいかなアーサー君」
「大丈夫です」
ではと、ステータス開示するアーサー少年。リツさんと私にしか見えないようにして。
アーサー レベル5
15才 人族 農家
スキル・火魔法(4/100)・土魔法(9/100)・闇魔法(18/100)・時空間魔法(14/100)・魔力感知(18/100)・魔力操作(8/100)・槍術(5/100)
私は真っ黒な笑顔でリツさんにぐっと頷く。
「ティラさん、アーサー君をうちに受け入れます。ホリィさん達と同じ2週間後に」
男前リツさん降臨。
「アーサーは1300万になります」
「はい、わかりました」
展開の早さに、アーサー少年は戸惑っている。
これは掘り出し物だ。この歳で、魔力操作があるということは、魔法適正がかなり高い。おそらく生まれつき。
私は手続きしているリツさんを見ながら、アーサー少年にこっそり聞く。
「もしかして、そのおばあさんって、魔法職だった?」
「あ、はい。確か魔法使いで冒険者でAランクだったと」
優秀。おばあちゃん優秀。
これだけの数値なら、引く手あまたのはず。価格も跳ね上がるはずだ。アーサー少年の祖母はそれを恐れていたのだろう。質の悪い冒険者に買われたら、使い潰される可能性もあれば、命の危険がある。
リツさんが支払い中にマリ先輩とローズさんによるアーサー少年採寸開始。
「あ、あの…」
「はーい、動かないでね」
かわいいマリ先輩と美人のローズさんに採寸され、アーサー少年は真っ赤っかだ。純朴だね。
「ナリミヤ様のお屋敷なら、場所は分かりますので、2週間後に連れて参ります」
「助かります。お昼前くらいでお願いします」
「承知しました」
支払いを済ませた頃に、奴隷魔法を使う魔法使いが来て、ホリィ一家とアーサー少年に魔法をかける。
全員の首に奴隷紋が浮かび上がる。
これで、全員、リツさんの奴隷となった。
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