新しい生活①
トウラでの生活スタート?
次の日。
「やっぱり、食器棚が要るわね。いちいちアイテムボックスから出すのが面倒だし。皆が使えないと不便よね」
リツさんが野菜たっぷりのサンドイッチを作りながら、思案している。確かに不便かも。
「じゃあ、家具屋さんに行く?」
マリ先輩が隣で手伝いながらリツさんにきく。今日は冒険者ギルドに移動報告し、奴隷商会に行く予定だ。条件に合う奴隷なんて、そう簡単には巡り会わないしね。こちらの条件もあるから、これを商会に伝えて、それに見あった奴隷が入ったら、連絡を貰うのが一般的だ。
「時間があれば、行きましょう」
でも、やっぱりトレントと言われ、私はそっぽを向く。無理ですからね。
しゃきしゃき野菜のサンドイッチの朝食。マヨネーズがあって相変わらず美味しい。
「奴隷の条件って、何ですか?」
サンドイッチをよく噛んで飲み込みリツさんに聞くと、リツさんは少しずつ悩んで答える。
「家事をしてくれる、基本的には、掃除かな? 自動お掃除魔道具あるから、細かい所を適宜してくれればいいかな。後は庭の管理。そうね、人柄も大切かな。あ、守秘義務とかは? 私、転生者だから」
「奴隷の契約時に、そういった契約者の知り得た内容は話せないようになるはずです」
ローズさんがリツさんの問いに答えている。
「なるほど」
条件に合う奴隷がいればいいね。
がぶっとサンドイッチにかぶりつく。
「まあ、決まったら、歓迎会しないと」
はあ、リツさん? 歓迎会って。ローズさんも不思議そう。
「え、うちに来てくれるんだから、しないとダメでしょう?」
「あの、リツ様、奴隷は主人と同じテーブルには着けません。厳しい所では、同じ部屋にもはいれませんし、靴を履くことも許されません。本来なら私だって同じ食卓を囲むのも、許されないんですよ」
「え、そんなにひどいの? だって衣食住の保証しないとダメなんでしょう?」
「最低限です。最低限」
ローズさんが繰り返す。
悩むリツさん。
「まあ、リツちゃんが奴隷を買うなら、リツちゃんの流儀に従いましょう」
マリ先輩が、ローズさんに言う。
「ここの家主はリツちゃんだしね」
「畏まりました、お嬢様」
確かにマリ先輩の言葉も一理ある。居候の私は口出ししたらダメね。モグモグ。
「ありがとう、マリちゃん。とにかく一度商会に行きましょう。初めてだしね」
今日の奴隷商会はティラ商会という。ちゃんとした奴隷商会ならいいけど、違法すれすれのことをやってているのは少なくない。ナリミヤ氏の紹介なら、間違いはないだろうが。実際に行って見ないとわからないし。
朝食後片付けて、冒険者ギルドへ。
さすがにクリスタム第三都市、ギルドも大きい。ごった返していないが、冒険者は多い。ほとんど人族だが、獣人もいる。ドワーフが一人。相談窓口には誰も並んでいないので、すぐに手続き終了。私だけ、ん、て顔されたけど。
若い女性ばかりなので、チラチラむさい男どもが見ていたため、さっさと退散。
奴隷商会にはマルシェを抜け、店舗のある通りを抜ける。マルシェもそうだが、こちらもかなり賑わっているな。
ティラ商会は、鉄柵に囲まれた緑に包まれた屋敷だ。
「ここかしら?」
リツさんが鉄柵を見上げて、キョロキョロしている。
そんなリツさんを私は引き寄せる。一頭の馬が小さな荷台を引いてすぐ横を走り去る。危ないな、汗だくの中年の男が操っていた。
「あ、危ない、ありがとうルナちゃん」
「いいえ」
リツさんが走り去った馬車を見るが、すでに見えなくなってた。
「リツちゃん、あそこ、人がいるわ。門番かも」
マリ先輩の示した先に武装した大男が二人立っていた。確かに入り口みたいだ。
「ナリミヤ先輩の手紙、と、なんだか怖いわ。立ってる人も怖いし」
「大丈夫ですよ。ちゃんとした門番を置いているのは、しっかりした商会だと言うことですから」
リツさんはナリミヤ氏の紹介書を取り出し、おっかなびっくり大男の前に行く。
「あの、リツ・サイトウと言います。ソウタ・ナリミヤ氏から紹介書を預かっています」
「拝見します」
片方の大男が、丁寧に腰を折る。リツさんから紹介書を受けとる。
「主人に渡して来ますので、こちらでお待ちください。奴隷購入希望でよろしいでしょうか?」
「いえ、初めてのことなので、ご相談できればと」
「承知しました」
大男が、鉄柵の中に入り、屋敷の中へ。
「いい人いるといいね」
「そうね。真面目な人が一番だけど」
マリ先輩とリツさんがこそこそ話している。残った門番を気にしているのだろうが、聞こえてますよ。もわっとした髪で分かりにくいけど、獣の耳がある。獣人だ。詳しい種族は分からないが、彼らは感覚が人族より優れているし、何より身体能力も高い。こそこそ話しても丸聞こえだろう。
しばらくして、手紙を受け取った大男が戻ってくる。
「お待たしました。どうぞ中へ、ご案内します」
リツさんを先頭に大男に誘導され鉄柵の中へ。屋敷の中は落ち着いた調度品が並び、花瓶には、花が生けられていた。なかなかきれいな商会だな、と思っだが、屋敷に入った途端、何人かがバタバタしていた。質のいい服を着た男が怒鳴り声を上げていた。
「早く毒消しポーションを持って来いッ」
「こんな状態では、飲めませんよッ」
咄嗟に私はリツさん達の前に立つ。その前に案内役の大男が立つが、見えてしまった。
開けられたドアの向こうで泡を吹き痙攣している黒髪の少年。
リツさんとマリ先輩が飛び出す。
「待って二人ともッ」
伸ばした手が届かない。
リツさんとマリ先輩はドタバタしている中をすり抜けるようにして走り、ドアの向こうへ。私とローズさんは大男に止められましたよ。
「お、お下がりください」
質のいい服を着た男が、二人を止めようと立ち塞がるが。
「「退きなさいッ」」
いつにない二人の迫力に手が止まる。
ああ、こうなるかのか。
リツさんとマリ先輩は痙攣を起こしている少年に光魔法を発動。
「「キュア」」
やっぱり。優しいリツさんは、もともとこちらの世界の住人ではない二人。おそらく販売前の奴隷に勝手に治療なんてあり得ないことを知らない。商会の所有物だから、手を出してはいけない。そんな暗黙のルールなんて知らないのだろう。求められたら話は別だが。マリ先輩はお人好しが服を着てるようなものだしね。泡を吹き痙攣しているなら、放って置けないのだろうが。ああ、やっちゃったよ。どうしよう、ナリミヤ氏に連絡か?
少年が激しく咳き込み、背中を丸める。その背中をリツさんが優しくさする。
「大丈夫?」
優しくリツさんが声をかける。
しばらくして少年は起き上がり顔をあげる。よほど苦しかったのか、瞬くたびに涙が落ちている。なかなか、顔立ちがいい、痩せてもないようだ。背丈もあるみたい。だけど、まだ、子供だよ、背丈があっても成人ぎりぎりだよこの子。未成年の私が言っちゃいけないけど。未成年なら、販売したらダメなのだ、特殊奴隷以外は未成年の奴隷の扱いは法で禁止が定められている。
「大丈夫?」
もう一度リツさんが聞く。優しく背中をさすりながら。マリ先輩も心配そうに側にいる。
少年は何度か咳き込み、小さく頷く。私より薄い色素の青い目に浮かんだ涙を袖で脱ぐっている。
「はい、大丈夫です」
「良かった」
リツさんの笑顔が咲く。あ、いかん。少年の顔に朱が差す。マリ先輩もいるけど、視線はばっちりリツさんだ。
「あの、お客様。どうぞこちらに」
質のいい服の男が、リツさんとマリ先輩に声をかける。
私も、戻ってと声をかけると、ようやく二人は腰をあげる。
「もう、大丈夫ね、それじゃ」
最後にそう言ってリツさんとマリ先輩は、私達の元に戻って来る。
ドアに遮られるまで少年はリツさんを見ていた。いや、見つめていた。ありゃ惚れたな。
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