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出会い⑤

 朝、目が覚めて起き上がるとくらくらした。前世の記憶に関連した夢を見た朝は、いつもこうだ。

 前世の私は孤児。教会の孤児院で育てられた。ただ何故か体格がよく、火魔法と風魔法が使えたため13歳から騎士補佐(要は雑用ね)になった。少しでも孤児院にお金を送りたかったから。女の騎士補佐は私以外にもいたが、背丈のせいで目立っていた。それで嫌み(主に小柄な人)を言われたりしたがいちいち気にしていられなかった。ひたすら与えられた仕事をこなし、気がついたら15年経っていた。あちこちの隊で仕事をしていたため、自然と信頼関係も築いていた。

 15年。頑張り続けて、なんと騎士に昇格することになった。女騎士は当時でも珍しく、特に私のような孤児院出身はいなかった。聞いた時は嬉しかったが、落ち着いて考えると受けていいのか迷ってしまった。それはこぼすと誰だったか思い出せないが、

「今まで頑張ったんだ。受けろよ、大丈夫だって。騎士の鎧着けて孤児院の皆に見せてやれよ」

 と、背中を押してくれた。だが騎士の称号を賜ることになったその日。私は自害した。この辺りの記憶がすっぽりなく、どうしてそうしたのか分からないが、そう迫られる何があった。と、思う。思い出せないが。最後に意識が途切れる前、助けようとしてくれた人がいたが、これも思い出せない。まあ、50年も前のことだ。思い出しても、存命しているか分からないのでお礼も言えない。

 ただ、その後が気になり、父になんとなくを装って聞いてみると、耳を疑うような話が出た。

「あの後確か不敬罪で、その自害した騎士補佐がいた孤児院は焼かれてしまったのだよ。赴任したばかりの若い牧師や、年老いたシスター、小さな子供、乳飲み子まで斬殺されたそうだよ。ひどい話だよね」

 目の前が真っ暗になった。本当に気絶してしまった。

 私のせいで、皆、死んだ。いいや、殺されたんだ。私のせいで、私が自害なんてしたせいで。私が騎士の称号なんかを賜ろうとした、私のせいで、私のせいで、私のせいで。

 優しかったシスター。貧しくても逞しく笑っていた子供たち。赴任したばかりの若い牧師は、熱心に子供たちに読み書きを教えてくれていた。思い出の詰まった古びた孤児院。たまに帰ると、皆で歓迎してくれた。

 夢の中で笑顔溢れていたあの場所が、紅蓮の炎に包まれれる。私の中の彼らの笑顔が真っ赤に目塗り潰され、苦痛に叫ぶ姿が責め立てる。

「お前さえ、いなければ」

「助けて、痛いよ」

 そんな幻聴が頭の中に流れ込み、意識を手放して現実から逃げてしまった。目が覚めた時、両親と幼い弟が心配して私が眠る部屋で見守ってくれていた。斬殺された孤児院の皆と、両親、弟の顔がだぶって見えて怖くて仕方なかった。押し潰されるような罪悪感にまともに顔を見れなかった。そんな私を大事にしてくれる両親、可愛い弟、そしてそれから生まれた妹。

 私、ここにいて、いいのかな? こんなに幸せで許されるのかな? もし、また、同じようなことが起きたらどうしたらいい? 今度は守れる? いや無理だ。ならどうしたらいい? どうしたらいい? そうだ、いなくなればいい。この優しい家族の前から消えてしまえばいい。そう思い至ったのは学園入学直前で、今に至る。これで良かったはずだ。

 家を出る時、胸を締め付けられるような気がした。私がいたら、きっと家族の迷惑に、いや災いになるはずだ。これでいいはず。そう決意して出てきた筈なのに、いつも夢の最後にはあの家が出てくる。ルナミス・コードウェルとして生まれた家が。

 起き上がり額を押さえる。しばらくしてくらくらが治まった。

「おはようございます。ルナミス様」

 タイミングよくローズさんが声をかけてくれる。すでに身支度を整えている、いつ起きたんだろう。向かいのベッドではマリ先輩はまだ幸せそうな顔して眠っている。その寝顔を見るとなんだかホッとする。

「洗顔の準備が整っております」

「ああ、ありがとうございます」

 さっと手渡される柔らかいタオル。ん、ちょっと待て。

「あのローズさん。ローズさんはマリ先輩のメイドですよね。私は自分のことは自分でしますので」

「いいえ。こちらからいろいろお願いしているのです。それにこれくらいは仕事の内に入りません。どうかおきになさらないでください」

「いや、でも」

「さ、どうぞ。お気になさらないでください。これは私の仕事であり、好きでやっていますので」

 そこまで言われたら、素直に受けよう。

「ありがとうございます」

 受け取ったタオルはふかふかだった。洗顔台の上に少し暖かいお湯の張った洗面器がある。本当にいつ準備したんだろう。顔を洗って戻って来ると、マリ先輩が船を漕ぎながら起き上がっていた。

「おはようございます。マリ先輩」

「あ、うん、おはよう…ふはぁ」

 眠そう。あ、寝た。

「お嬢様、起きてください」

「んん~後ゴフン」

 なんだか知らない呪文が出たが、効果はあまり無さそうだ。ローズさんもっと強い呪文を選択する。

「朝イチに冒険者ギルドではなかったですか?」

「起きる」

 すぱっと起き上がるマリ先輩。先ほどの眠そうな顔が嘘のよう。

「おはようルナちゃん、ローズ。顔洗って来る」

 元気いっぱい。マリ先輩はローズさんから受け取ったタオルを持って、洗顔台に向かった。

 あんな夢を見た後のせいか、なんだかホッとする。心が温かくなる。

「さ、ルナミス様こちらへ」

「あ、はいはい」

 言われるまま、ローズさんの引いた椅子に腰かける。

「失礼します」

 ローズさんはあっという間に髪を整えてくれた。いつも適当に丸めた髪を、両サイドを編み込んで後ろ頭でまとめてくれた。

「ルナミス様は黒髪かと思ってましたが、紺色なんですね」

「ええ、光加減でそう見える見たいです」

 私の髪は癖のない黒髪だが、光の加減で紺色に見える。母の髪色だ。ちなみに目は青。こちらは父譲り。顔立ちは母そっくりだと言われるが、ぴんと来ない。だって母は綺麗だもん。私は似てないと思っている。

「ありがとうローズさん。なんだか素敵にしてくれて」

「いいえ」

 私の髪が終わる頃にマリ先輩が戻って来て、そのマリ先輩の髪もローズさんの手によって整えれる。それから身支度を整えて、朝食を取る。ライ麦パンに野菜のスープだ。

「いよいよ冒険者登録だね」

 嬉しそうなマリ先輩。

「あ、そうだ。ルナちゃんはまだ登録できないけど、どうするの?」

「常時依頼なら一般の人でも受けれますから。それで食い繋ぎます」

 そう、薬草採取にゴブリン退治とかね。薬草採取は一般の人でもできる、ゴブリン退治も引退した騎士や冒険者が小遣い稼ぎに受ける。勝手に増えるからねゴブリンは。

 そんな話をしながら、拠点の話になり春風亭に決まった。大金持ちだからもっといい宿あるだろうにと思ったが、なるべく自分の稼いだお金で生活したいと。一応クレイハート家から持たされているが、なるべくそれには手を着けたくないと。しっかりしてるな。

「ルナちゃんは大丈夫? ずっと相部屋だけど」

「問題ないです。むしろこちらからお願いします」

 4人部屋と1人部屋なら断然4人部屋が安い。私の資金を節約しないと。とりあえず10日延期で話がまとまった。まだ予算はあるがあって困ることはない。先日身ぐるみ剥がさせてもらった盗賊達の装飾品が残っている、もしもの時はこれを換金しよう。

 朝食を済ませて宿の延期をし、いざ冒険者ギルドへ。鼻歌を歌いそうなマリ先輩をローズさんが誘導、その後ろに私。昨日マリ先輩と話した広場を抜け、大通りを10分ほど歩けば冒険者ギルドだ。さすが首都のギルド、大通りに面してて建物が大きい。ギルドも見え、もう少しで到着という時にマリ先輩が急に駆け出した。あわててローズさんと追いかけると、マリ先輩は大きな商店の前で蹲っている人に駆け寄っていた。商店の従業員だろうか、不快感を露にした男が「二度と来るな」と吐き捨て商店の中に戻って行く。

「大丈夫ですか?」

 マリ先輩が蹲っている人に声をかける。フードのついたマントに全身を包んでいるが、私位の背格好だ。

「あ、ありがとうございます」

 掠れたような女の声で顔を上げた瞬間が、フードの顔が見えた。思わず息を飲む。不揃いの歯、顔全体を凸凹にしているたくさんの大きく吹き出物。片目は瞼が大きく覆ってかろうじて開いている。よく見たら指もいびつだ。

 醜い。そう見た目が息を飲む様な醜さ。ローズさんも絶句している。

 近くにいた人達は、顔を歪ませ、先ほどの従業員の様に不快感を表す。そう、何故だろ、体の奥底から真っ黒な感情が沸き上がる。多分これは嫌悪感。回りの人達も、感じているのか? 隣のローズさんを見るといつもの表情だが、顔色は良くない。

 マリ先輩はそんなのお構い無しで、マントに付いた土埃を払い手を貸して立ち上がらせていた。

「大丈夫ですか? どこか痛むところありませんか?」

「はい、大丈夫です、ありがとうございます」

 マントの人物はマリ先輩にぎこちなく頭を下げる。立っているがまっすぐなっていない、背骨が曲がっているんだろう。腕に抱えた籠を見てホッとしている。籠の中には小瓶がびっしり入っている。ポーションの小瓶だ。

「ひどいことするわね。何も突き飛ばすことないのに」

 ぷりぷりと怒るマリ先輩。それを見ていると、何故か沸き上がる嫌悪感がゆっくり減って行く。

「ポーションを売りに?」

「あ、はい、そうです。でも、駄目でした」

 マントの人物はポーションを冒険者ギルドに持って行ったが門前い払い。次に来たのは知り合いに紹介されたこの大きな商店。知り合いの名前を出したが、信じてもらえず追い出された。そこにマリ先輩が駆けつけたのか。はて、ポーションなら冒険者ギルドが、買い取ってくれる筈なのに。消耗品であるポーションは冒険者にとって生命線だ。ここのような大きなギルドなら、常に在庫を確保する筈なのに。

「本当にありがとうございました」

 マントの人物は頭を下げ、足を引き摺りながら背を向ける。

「あ、ちょっと待って、私、付き合うわ」

「お嬢、マリ様、冒険者ギルドの登録は?」

 今まで沈黙していたローズさんがあわてて声をかける。よほど慌てたのか「お嬢様」といいかけている。

 あ、そうだった、そんな顔のマリ先輩。

「あの、私、大丈夫ですので。申し訳ないですし」

 マントの人物はいびつな手を振るが、その手をマリ先輩は握ってこちらを振り返る。

「ごめん、私が言い出したんだけど、私、この人に付き添いたいの。ごめんローズ、お願い。ルナちゃんお願い」

 いつになく真剣なマリ先輩。そこまで言われたら、了承しますよ。私は肩をすくめてそれを伝える。ローズさんも仕えているお嬢様の言葉に頷かない訳にはいかない、いつもの口調で「分かりました」と答える。パアッとマリ先輩の笑顔が咲く。うん、可愛い。

「ありがとう二人とも、さ、行きましょう」

「でも…」

「ね、行きましょう」

 マントの人物はマリ先輩の笑顔に戸惑うが、その輝く笑顔に押されて了承している。

「さ、行きましょう。ポーション買ってくれる商店を探しましょう」

 足を引き摺りながら歩くマントの人物に手を貸して歩く二人に、私とローズさんは歩調を合わせる。

 この出会いが、私達の運命を大きく影響を与えることになるとは、誰にも予想できなかった。

読んで頂きありがとうございます

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