引っ越し準備⑤
甘く見ちゃいけません。
ゴリゴリゴリゴリ
私はノコギリで必死に板を切る。
昨日買った木皿用の木材だ。
始めは錬金術でいいサイズに切り分けたが、燃費が悪く三人全員魔力枯渇してしまった。
「もう、たかが木皿のサイズに切るんでしょ。力仕事は私に言ってください。あ、魔力回復ポーションはダメですよ。自然回復力をつけなきゃ」
マリ先輩の鬼~という言葉は無視。私の昨日買ったばかりのノコギリ片手に庭に出る。
【風魔法 身体強化 発動】
【火魔法 身体強化 発動】
木材に書かれた線に沿ってゴリゴリ。ひたすらゴリゴリ。
多分これは木皿にこれはスープ皿、この小さめはスプーンにフォーク、ゴリゴリゴリゴリ。
ゴリゴリゴリゴリ。ゴリゴリゴリゴリ。ゴリゴリゴリゴリ。
あ、いかん。まだ、暑いんだ。やり過ぎてくらくらしてきた。でも、あと、ちょっとだし、ゴリゴリゴリゴリ。
あとは、これと、これと、これで終了。
ゴリゴリゴリゴリ。ゴリゴリゴリゴリ。ゴリゴリゴリゴリ。
「終わった…」
あ、ふらふらする。頭、痛い。水、飲も…
「ん…」
「あ、気がついた?」
あれ? ここ、室内? 私、庭にいたのに。居間のソファーに寝かされ、額には冷たいタオル。気持ちいい。マリ先輩が心配そうに除き込んでいる。うん、かわいいから、目覚めいい。
「具合どう?」
私は起き上がる。あ、まだ、少し頭痛い。
「あ、大丈夫見たいです。なんで私ここに?」
「やっぱり覚えてないのね。もう、ルナちゃん庭でいきなり倒れたんだから。そりゃ気がつかなかった私達も悪いけど、倒れるまで作業しないでね」
心配したんだから、とマリ先輩。うん、申し訳ない。
台所からリツさんとローズさんもやって来る。
「ルナちゃん具合どう? 吐き気とかない?」
「お加減いかがですか?」
二人とも心配してくれたみたい。
「大丈夫です。ご心配をおかけしました」
「力仕事を任せた私達が悪いのよ。まだ、暑いんだから、熱中症に注意すべきだったわ。ごめんねルナちゃん」
「いいんですよリツさん、自分からやるって言ったんですから。途中で、おかしいと思って休憩しない私も不注意でした」
謝ってくるリツさんに私は手を振って答える。
「ルミナス様、とりあえず、どうぞ飲んでください」
ローズさんがレモン水を差し出す。
「いただきます」
ちょうど欲しかったんだ。グビッと飲む。
「あ~」
喉に体にレモン水が染み込んで行く。う、頭がキーンと来る。
「少し休んでお昼にしましょう。ルナちゃん食べれる? お粥にしようか?」
リツさんが心配して聞いてくるが、私は頭をとんとんしながら、
「何でも食べれます」
と、答える。何だって食べれます、だってリツさんやマリ先輩のご飯美味しいもの。
「なら、いいけど」
「着替えていいですかね? 汗くさいから」
「もちろんいいわよ。シャワー浴びたら? お手伝いしようか?」
マリ先輩の気遣いは嬉しいが、丁重にお断りする。
私はシャワーを浴び、着替えて戻ると、昼食の準備ができていた。
あ、手伝いしてない。
「すみません。何もお手伝いしてない」
「いいのよ。さ、座って」
マリ先輩が優しく言ってくれる。本当にごめんなさい。
「さ、今日は夏野菜たっぷりパスタとポトフよ。ルナちゃんじゃがいも好きでしょう」
相変わらず見ただけで美味しそう。
色鮮やかな野菜、トマトにパプリカにズッキーニ等が煮込まれて、パスタの上に鎮座してる。それと腸詰めとゴロゴロ野菜のスープ付き。じゃがいもだあ。
「じゃあ、いただきましょう」
リツさんの挨拶でいただきます。
まず、スープを一口。野菜と腸詰めの味が出て美味しい、じゃがいもも味が染み込んでいる。ほくほくだあ。腸詰めは、と。プリッと噛むと、肉汁が溢れる。なにこれ美味しい、あっつう。
「この、あっつう。腸詰め、美味しいですね」
「本当? これ、リツちゃんの手作りよ」
「ふふ、よかった。また落ち着いたら作りおきしましょうね」
何でもリツさんが最終課題に作った温度調整ミキサー以外にも、ひき肉を作るためのミンサーを作っていて、それで、ひき肉が作りやすくなったと。それで、腸詰めを作ってみたそうだ。
「リツさん、私は原材料の確保でしょうか?」
キリッと聞く。
「さっきまで倒れていたのに何言ってるの。まあ、お肉はちょっと高いけど買えない訳じゃないから、大丈夫よ」
リツさんはちょっと呆れてる。
そうなの? ならいいけど。私はパスタも一口。あ、野菜の甘味が広がる。ハーブもいい感じ。パスタももちっとしてて美味しい。これは以前食べさせもらったことがある、生パスタだ。最近、生パスタ作りはリツさんとマリ先輩のちょっとしたブームだ。美味しいものが、食べれるなら何でもお手伝いしますよ。
「ルナちゃんって、本当に美味しそうに食べるね」
マリ先輩がしみじみ言って来る。
「だって美味しいですもん」
私は当たり前のことを言う。
それを聞くとマリ先輩が、リツさんとローズさんに話を振る。
「ね、かわいいでしょ。私、これで落ちたのよ」
「確かに、見てるときゅんきゅんしてくる」
「日頃とのギャップがすごいですからね」
何か言われてる。何が落ちたの? きゅんきゅん? ギャップ?
私は分からず首を傾げる。
「この無自覚な所もかわいいのよね」
「かわいいマリ先輩に言われましても」
私の言葉に三人が振り返る。そして小声で話し出す。
「変な虫がつかないようにしなきゃね」
「そうね、私達、保護者だし」
「ルミナス様は恐らくそういったことには、無頓着かと思われます」
「なんか、私、ひどいこと言われてます?」
三人が笑顔で振り返る。
「何でもないのよルナちゃん」
「そうよ。今度何食べたい? こちらの世界の料理は詳しくないけど、向こうの料理で似たようなものがあれば、何でも作ってあげる」
「食後に美味しい紅茶を淹れます」
優しい三人、暖かい目が、何だか痛い。なんなの一体?
よく分からないが、食後に出された、桃のシャーベットを食べた瞬間。マリ先輩とリツさんが「もえ」と言っていたが、意味が分からなかった。
読んでいただきありがとうございます。
1日2回投稿していましたが、数日間、1日1回になります。すみません。