拠点②
休日
私は目を覚ます。見慣れた天井。ナリミヤ氏が借りてくれている宿の天井だ。
どうして、あんな夢を見たんだろう。
最近全然見なかったのに。錬金術講座が終わって、気が抜けた? 私は何もしてないのに。
エリック、ジェシカ。
なんで前世なんての記憶があるんだろう? まだらな記憶の中で、私はぐらぐらする。こんなものがなければ、今でも、あの家にいれたのだろうか。優しいあの家族の中に。
「止めよ、考えるの。頭、痛い」
私は独り言を呟き、起き上がる。
くらくらする。
目を閉じて、くらくらをやり過ごす。何とか治まってからベッドから出る。
顔でも洗ってスッキリしよう。
一階に降り、洗面する。冷たい水が気持ちいい。
いくらかスッキリして、居間のソファに沈むように腰かける。
昨日、ナリミヤ氏が帰った後、散らかった居間をある程度片付け、夕食にした。もう残っているのはマッシュポテトとタルタルソースくらいだ。
まだ誰も起きてこない、きっとくたくただろう。
しばらく、一人かな。もう一眠りできるかな。夢、もう見ないよね。
うつらうつらしていると、かなり時間が過ぎたようで、ローズさんが降りてきた。少し驚いた顔をしている。
「おはようございます」
「おはようございますルミナス様。お顔色が優れないようですが」
「ローズさんだってすごい隈があるじゃないですか」
そんな会話をしていると、リツさんが髪を逆立たせて降りてくる。すごい寝癖。リツさん、まだ眠そう。私の隣に腰かけるとうつらうつらし始める。
「リツさん、眠いならベッドに戻った方がいいですよ」
「ううん、起きる…」
リツさんは目を擦る。
「ローズさん、先に洗面済ませて」
まだしっかり覚醒してないリツさん。佇むローズさんに声をかける。
「分かりました」
さっと洗面所に向かうローズさん。
リツさんは逆立った髪を、手櫛で何とかしようとしているが、上手くいかない。
お湯でも沸かそう、きっとローズさんが美味しい紅茶を淹れてくれるはず。朝ごはんどうしよう? パンはある。冷蔵庫には何があったっけ。まあ、パンで紅茶だけでも十分か。
そうこうしていると、リツさんが洗面を終え台所にやって来る。
「牛乳と卵ある?」
「ええ、有りますよ」
マジックバックから最後の卵と牛乳を取り出す。
「ルナさん、パンを輪切りしてください」
「はい」
何か作るのかな?
言われた通りにパンを輪切り、リツさんは卵を割り牛乳を合わせている。相変わらず手際がいい。その中に切ったパンの入れる。
「ふう、タイムリープ」
リツさんが時空間魔法発動させる。
おお、パンに卵と牛乳は液体が染み込んでいく。
しかし、魔法の使い方がね、おかしいけど、もう何も言いません。
ローズさんが紅茶の準備を始める。
「リツさん、これ何ですか?」
「フレンチトーストよ」
リツさんはフライパンを熱しバターを溶かして、たぷたぷに染み込んだパンを並べる。
じゅう、といい音、いい匂い。
「美味しそうですね」
「久しぶりだから、ちょっと自信ないけど、いい感じね。お皿の準備してくれる?」
「はい」
美味しい匂いが、先ほどまで抱えていた、もやもやした気持ちを消してくれる。お皿を準備していると、マリ先輩が降りてくる。
「おはよう、ごめん、何もしてない」
「大丈夫ですよマリ先輩」
マリ先輩はローズさんに促され洗面所へ。
「いい感じ」
きれいに焼き上がったたぷたぷパンは、フレンチトーストになっている。ローズさんが紅茶が淹れ、マジックバックからブルーベリーのジャムや蜂蜜、クロテットクリームを出す。
すごい色鮮やかな朝食になった。
マリ先輩が揃って、久しぶりのゆっくりした朝食だ。
いただきます。
フレンチトーストにナイフを入れると、ふわっと入る。ちょっと硬めのパンがすごく柔らかい。ブルーベリーのジャムをつけて、と。
はむっ
うわあ、卵と牛乳が染みてて、バターで焼いてるから香りがいい。ジャムがすごく合う、甘味がすごく合う。
「美味しいです。ジャムがすごく合います。こんなに柔らかくなるんですね」
「良かった」
リツさんは蜂蜜つけてる。次は蜂蜜だね。クロテットクリームも捨てがたい。どうしよう?
「次はおかず系のフレンチトーストにしましょうか」
また、美味しそうな単語が。
マリ先輩がクロテットクリームで食べながら、相づちを打つ。
「ベーコンがローズのマジックバックにあるけど、他の材料まだあるかしら?」
もぐもぐ、ごっくん。
「牛乳も卵もありません。あるのはマッシュポテトとタルタルソースです」
「あら、じゃあ、今日食材買いに行きましょう。久しぶりにゆっくりマルシェを回って、あ、金貨の両替ってどこでできるかな?」
「冒険者ギルドで出来ます。金貨なら恐らく手数料が100Gかかるかと」
紅茶を飲んでローズさんが答える。
「そうなの」
「両替しなくても、冒険者ギルドのカードに入れられますよ」
クロテットクリームのフレンチトーストは濃厚だけど美味しい。私はもぐもぐ、ごっくんして続ける。
「ええ、大金の依頼料とかはカードに直接入れられますよ。それで支払いできる店あります、確かマルシェは半分以上は使えるはず」
それでもやはり硬貨率は依然として高い。
「そうなんだ、電子マネーみたいね」
異世界言葉。きっとギルドカードと同じようなものがあったんだね。
「入れられる額って、決まっているの?」
「いいえ、ないはずです」
「もし、他人が使ったら?」
「つかえませんよ。魔力登録してるから、当人にしか金銭の取引は出来ません。入金はパーティーメンバーならできますが、出金とかは当人しか出来ません」
なるほど、頷くリツさん。
「じゃあ冒険者ギルドで入金して買い物だね。すごく作りたいものがあるの。薬屋にも行かなきゃ」
「薬屋?」
蜂蜜、上品な甘さが口に広がる。
「ウサギの角が欲しいの」
「角ですか?」
角ウサギの角は芯の部分が風の初期に良く効く、また、ひどい冷え性には刻んで温めた湯にとかして飲むと、体の奥から温かくなる。
「私たちの世界では、生姜という薬味なのよ。普通に料理に使っていたのよ」
「へぇ、じゃあ薬屋も行きましょうね。何を作るんです?」
「そうね、肉に生姜と醤油、あと砂糖とかお酒と漬け込んで焼くと美味しいのよ。生姜焼きっていう定番料理ね。あと鍋とか」
「聞いただけで美味しそうですね」
最後のフレンチトーストを口に入れる。うむ、残念。
「野菜類もないですし、多分、これから忙しいと思うから、ちょっといろいろ作りましょう」
リツさんが行動計画発表。
まず冒険者ギルドでカードに入金してから、マルシェに向かう。それから買い物だ。夏がもうすぐ終わりに差し掛かるから、いろいろ手に入れたいと。夏の果物とかね。少なくとも、数日分を作りたい。
せっかくの休みなのに。
聞くと、リツさんもマリ先輩も作りたくて仕方ないと。
まあ、本人達がいいなら、ま、いっか。
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