決別③
その日の夜。私はアーサーが心配だった。思い詰めてないか。だけど、夜にアーサーの部屋に行くわけにもいけないしね。どうしたものかと思っていたか、訓練所のベンチで、アルフさんと座っているのを、窓からみた。きっとアルフさんも、アーサーを心配していたから、呼び出したのかな。なら、任せよう、男同士の方がいいかもしれないしね。
そして夜が明けて、アーサーはすっきりと覚悟を決めた顔で出てきた。
「皆さん、ご迷惑をおかけします」
気にしてない。
アーサーはリツさんの奴隷として来てから、多大な貢献をした。特に支援魔法もそうだが、庭の家庭菜園はいつも綺麗に整備してあるし、アンナ達のいいお兄さんもしている。絵に描いたような真面目で努力家。
「気にしてないわ、アーサー君、さ、行きましょう。ホリィさん、ミアさん、留守を頼みます」
「「はい、リツ様」」
ショウが牽く馬車はトウラを抜けて、あっという間にメーデンに到着。
あ、あの時の、という感じで門を抜ける。コボルトとトロールの件で、門や壁を強化し、堀は地道に深くしていると。
まずは、アーサーがアイリーンさんのお墓参り。リツさんが少し付き添い帰って来た。私達は遠慮した。近所の子供達が、ノゾミにわっと集まる。相変わらずの人気者だ。
しばらくしてアーサーが戻って来たので、次は白熊町長さん宅に向かう。
既にアーサーの帰郷はしられている。何せショウがいますからね。
すぐに白熊町長とティファラさんが出てきた。
「ああ、アーサー。また背が伸びたな。皆さん、さ、どうぞ」
白熊町長さんはすぐに家に入れてくれた。
長男のお嫁さんが、ハーブティーを出してくれる。
頂きながら、アーサーが押し掛けてきた父親の事を説明。白熊町長の顔に凄みが現れる。ティファラさんも恐ろしい笑顔だ。
「あのバカ息子、今度という今度は許さん…………」
ぶつぶつ白熊町長さん。
「あなた、落ち着いて」
なんてティファラさん言ってるけど、殺気がちらほら漏れてますよ。
「あの、町長さん、ティファラおばさん。これは自分が向き合わないといけない問題なんです」
「そうかもしれんがなアーサー、他人の奴隷にこんな接触は許されんのだぞ」
そう、本来借金奴隷は、主人の許しがあれば家族と面会は可能だが、金品の要求はしてはならないのだ。只でさえ、借金として売られた奴隷に、更に借金しろと言っていることと一緒だし、それはその奴隷の主人に対してのものと、捉えられる。つまり、アーサーの父親は、リツさんに対して金品を、要求したようなものだ。
「はい、だから、リツ様に煩わしい思いをさせてしまいました。だから、自分が言わないといけないんです」
ぶれないアーサー。アーサーにとってリツさんは大事な人だからね。
白熊町長さんとティファラさんは少し考える。
「お前がそう言うなら構わないが、我々も同席するぞ」
ならば、早い方がいい。
とっとと済ませよう。
私達は再びショウに馬車を繋げて、アーサーの生家に。
畑に囲まれた小さな家。ここか。
「アーサー、どう?」
私が小さく聞く。
「問題ありません」
そう答えるアーサー。あれから三年近く経った。農家の男の子が、今や立派な魔槍士だ。支援魔法も使えて、あちこちの騎士団からスカウトだって来ている。背も伸び、顔立ちも子供から青年になろうとしている。
アーサーはフル装備で立つ。
すぐに出てきた、アーサーの両親。え、似てない。なんか、たぬきみたいな夫婦だけど。
「アーサーッ」
たぬき父が叫ぶ。
「お前よくも父親に恥をかかせたな、お前の兄のゴーマンもだッ」
なんちゅう名前だよ。
「そうよっ、ゴーマンがどれだけ惨めな思いをしたと思っているのッ」
たぬき母も叫ぶ。
本当にアーサー、このたぬき夫婦から産まれたの?
騒ぎを聞き付けて、いや、ショウが移動していたので、すでに野次馬が。
吠えるたぬき夫婦。
「あんた達とは縁が切れている。自分を奴隷として売ったのだから」
アーサーが冷たい声を出す。
「黙れッ、ゴーマンの役に立てるだけありがたいと思えッ、能無しがッ、ステータスも出せないくせにッ」
? ? ? ? ?
え? まだ、知らないの? アーサーの魔力スキルの事を。
「ただ、お前はその住人に与えてもらった武器で評価されているだけだの役立たずだろうがッ。騎士団はそれがほしいだけだっ」
と、たぬき父が指したのは、アルフさん。
いや、主人はね、リツさんなんだけど、本当に知らないの?
「わざわざ教えてやる義理はないからな」
と、白熊町長さん。その目は軽蔑が浮かぶ。だけど、うわさくらい聞いたはずだ。何せコボルトやらトロール相手に戦ったんだから。
アルフさんもあきれてものが言えない、そんな感じだ。
だが、アーサーは表情変えず、たぬき夫婦を見下す、かつての両親をみる目じゃない。
その目が気に食わなかったのか、たぬき夫婦の顔に怒りが浮かぶ。いやいや、怒っているのアーサーだから。
「ゴーマンの為に、それを全部よこせっ」
たぬき父が飛び出すが、アーサーは籠手から薙刀を出し、地面を払う。
バクンッ
地面がぱっくり割れる。たぬき父の前の地面が。
「ひぃっ、なんて事をっ、父親に向かってっ」
父親言うな、衝撃斬刃喰らわすぞ。
アーサーはかつん、と槍を地面について、腰を抜かしたたぬき父に向かって言い放つ。
「自分はアーサー、リツ・サイトウ様の奴隷。家族は祖母アイリーン。そして自分を受け入れてくれる人達だけだ。もし、これ以上、リツ様のお手を煩わせるなら」
ん?
ん?
なんだか、アーサーから妙な気配が流れ出す。あれ、確か、確か、どこかで。
たぬき夫婦が、顔面蒼白でガタガタし始める。
あ、殺気だ。ミュートでアルフさんが盗賊相手に使ったやつ。
いつの間に使えるようになったんだろう。
「誰でもあろうと、斬る」
アーサーは腰を抜かしたたぬき夫婦に言い放ち、背中を向ける。
こちらにゆっくり歩いてくるアーサー。
これで終わりかと思ったら、たぬき父が必死に立ち上がっている。
「ふざけるなっ、親に向かってっ」
たぬき父がアーサーに向かって走ってくるが。その前に白熊町長が立ち、強烈な拳が、顔面にめり込む。
吹き飛ぶたぬき父。
「このバカ息子が、もう容赦せんぞ。サイトウ殿」
「はい、正式に被害届を提出します」
「ひ、被害届って、なんの事っ?」
たぬき母が狼狽えながら、吹き飛ばされたたぬき父をちらほら見ている。助けにいかないの?
「本当に何も知らんのだな。いや、都合の悪い事は聞かないのか。こちらの女性がアーサーの主人だ。あちらの御仁はアーサーの槍の師匠。どちらにしても関係ない、お前達はアーサーの主人がいる前で金品を要求した。紛れもない事実。アーサーの主人が被害届を出すのは当然だろうが。おい、逃げないように見張ってろ」
白熊町長さんは、近くにいた男衆に指示。事情が分かっていたのか、男衆はてきぱきとたぬき夫婦を拘束し、近くの納屋に閉じ込める。ずっと喚いているけどね。
「いずれ審査がされます。詳しく分かれば、お知らせしましょう」
白熊町長さんがリツさんに告げて、アーサーに振り返る。その目は優しくて、まぶしそうだ。
「アーサー」
「はい」
「本当にお前はアイリーンによく似てる。黒いローブを翻して、表情一つ変えず、容赦なく魔法を放っていたアイリーンに」
白熊町長さんが次に見せたのは、寂しさだ。
「アイリーンにも見せたかった、お前のその勇姿を。お前こそが、闇魔法使いアイリーンの後継者だ。胸を張れアーサー」
「はい」
答えたアーサーは、嬉しそうで、誇らしい顔だった。
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