閑話③ 三年前
おじいちゃんドワーフが穏やかに諭すように言う。アルフレッドは少し顎を引いて、視線を落とす。
「アルフや、お前さんはよく根を摘めるから、ギルドマスターは心配しておるんだよ」
ポリポリと頭をかくアルフレッド。
「お前に負担をかけとるから、せめて休みの日くらいゆっくりして欲しいんだよ。毎回の休みになれば、お前さんの姿がどこにもない。先週も先々週もだ」
おじいちゃんドワーフはゆっくり続ける。
「アルフや。お前、何がしたいんだ? 何をふらふらしておる」
言葉は優しいが、咎められている。
「すまない、鍛冶師ギルドの方ッ。俺が彼を誘ったんだッ」
マルコフがアルフレッドの前に立つ。
「以前、魔の森で助けてもらってから、アルフレッドさんに声をかけていたんですッ」
「おい、ちょっと待て…………」
いきなり前にたったマルコフに戸惑うアルフレッド。そんな様子を鍛冶師ギルドマスターとおじいちゃんドワーフの眉が羽あがる。
「すまない、事情もしらないで誘ってしまって」
「いや、あのな………」
ふう、と息をつくドワーフ2人。
「なら、先週は?」
「それも俺達だ」
「なら、先々週は?」
「あ、それは私達がッ、助けてもらったんですッ」
フレナも前に立つ。
「すまない、鍛冶師ギルドの皆さん、事情を知らないで。アルフレッドさんにはお礼を含めて、今から飲みに行くんだ。さあ、行こうアルフレッドさん。鍛冶師の皆さん、申し訳ない。さあ、アルフレッドさん行こう、さあ、行こう」
戸惑うアルフレッドを、マルコフは肩を押す。鍛冶師ギルドマスターとおじいちゃんドワーフは、何か言うかと思ったが、そのまま見送ってくれた。
「おい、ちょっと待て、待ってくれ」
肩を押されたアルフレッドが止まる。
あれから『ハーベの光』『紅の波』アルフレッドで移動していた。
「なんだアルフレッドさん?」
「お前さんがた冒険者じゃろう? 鍛冶師ギルドマスター達にあんな見え透いた嘘をついてどうする? あとあと大変になるぞ」
「なんだそんなことか」
マルコフが肩をすくめる。
「今から飲みに行けばいいだけだろう?」
「そうそう」
バーンとイレイサー、バラックもこくこく。
「だから、それが嘘だと言っておるんだ。儂は酒を受け付けんのだぞ」
はあ、とため息をつくアルフレッド。
「え? 呑めないの?」
バーンが信じられない、といった顔だ。
「そうだ、儂は呑めん。だから、いいのかと言っておるんだ」
「だったらジュースにしよ、ね、リーダー」
あっけらかんとバーンが言う。
「そうだな。なら、今日は禁酒だ、これでいいだろうアルフレッドさん」
「ちょっと、私達も混ぜなさいよ」
「騒がしいがいいか? そんなに拘束はしない。ささやかな俺達の礼をさせてくれ」
「いや、革を貰ったから、これ以上は…………」
「はい、あそこの店にしようリーダー」
「そうだな、席取ってこい」
「はーい」
バーンが軽やかに走っていく。
「さ、行こうアルフレッドさん」
結局、食堂に入り、アルフレッドを囲む。
手際よく注文をして、果実のジュースが運ばれてくる。
「では、命の恩人アルフレッドさんに、感謝して」
アルフレッドはなしくずし的に乾杯。
「ねえねえアルフレッドさんって強いよね。どっかの騎士様だったりする?」
バーンがウサギ肉の香草焼きを食べながら聞く。その場にいた全員の神経が集中する。
「いいや、一般人だ」
「またまた~。あんな盾術見たことないよ。バラックと全然違うもん」
「儂の盾は見よう見まねだ。誰かに教えて貰ってはおらん」
「魔法も凄いのに」
「嫌でも鍛えられるさ」
「どうしたらああなるの? 本当に一般人なの?」
バーンが突っ込むが、アルフレッドが曖昧に笑う。更に聞こうとするバーンの足を、テーブルの下でマルコフとフレナが踏み黙らせる。
「アルフレッドさんは鍛冶師でいいんだよな? いつも顔色が悪かったが、そんなに仕事がきついのか?」
マルコフが気になっていた事を聞く。
「いいや、儂は最近鍛冶より付与をやっとる」
「付与? アルフレッドさんは付与師なのか?」
首を傾げるマルコフ。確かギルドマスターは鍛冶師だと言っていた。
「鍛冶もするが、今は付与できる者がおらんから、儂が一手に引き受ける羽目になってな」
「だからいつも顔色悪かったのね。ギリギリまで付与して魔力枯渇寸前だったんだわ」
キャリーが納得する。
アルフレッドは肩をすくめる。それは肯定だ。
鍛冶師ギルドの休みは水の日のみ。泊まり込みが多く、せっかく宿を取っているのに、帰るのは週に2、3日。道理で見かけないわけだと納得。
「え? 確か鍛冶師ギルドにドルザじいさんいたわよね?」
フレナが名前を出す。ドルザとは、トウラの鍛冶師ギルドに長く勤めるベテラン付与師だ。冒険者なら、誰もが名前を知っている。
「死んだぞ。儂が来る三日ほど前に」
「「「「えーっ」」」」
「だから、鍛冶師ギルドは儂を手放さんのさ。付与がまともにできるのは今のところ儂だけだ。もう一人おるが、妊婦に魔力を多量に扱わせるわけにはいかんからな。儂は代わりが来るまでの繋ぎさ」
アルフレッドの言葉に、屈折したものを感じた。
「でもでも、鍛冶師ギルドの人達、アルフレッドさんを心配してたよ」
足をさすりながらバーンが言う。
「今はそうでも、この忙しさが収まれば、儂は用済みになるだろうよ。酒飲みドワーフの中で酒が呑めん儂は、いつか厄介な存在になるはずだからな」
「そう、か?」
マルコフが首を傾げる。
妙な感じがした。
先ほどの鍛冶師ギルドマスターの様子からして、彼らはアルフレッドの身を案じていた。怒鳴ってはいたが、確かに、身を案じていた。それなのに、それをアルフレッドはそうは感じていない様子だ。
「あの、もし鍛冶師ギルドの仕事が落ち着いたら」
バラックがおずおずと話し出す。
「なんだ?」
「アルフレッドさんの盾術を教えて貰えないですか?」
「何故だ?」
「俺も、見よう見まねだから、その、見せて貰えないですか? あの、良かったらですが」
口数の少ないバラックが言葉を紡ぐ。
「うーん」
少し考える仕草をするアルフレッド。
「この忙しさはおそらく一年以上はかかるぞ」
「そ、それでも構わないっ」
サリナも手を上げる。
「気が向いたらな」
それからも差し障りないのない話をして、その場はお開きになる。
色々聞きたいことがあった。
どこの国出身か、何故トウラに来たのか、何故冒険者の真似事をするのか、何故あんなに強いのか。
聞けずじまい。
「ご馳走になったな」
「いいさ、なあ、アルフレッドさん。何か困った事があれば声をかけてくれ」
「そうよ、いつでも声をかけて」
首を傾げるアルフレッド。
「何故、そこまで気にかけてくれる?」
「命の恩人だ」
「そうね、命の恩人。それに、ニーサ・トウラ様の言葉にあるしね」
ニーサ・トウラ。5代前のトウラ伯爵。城塞都市トウラの基礎を築いた。
「「一度共に戦えば、それは戦友だ」」
「だから、君を、俺はそう思っている」
「私も」
少し面食らった顔のアルフレッド。だが、少し笑みを浮かべる。
「ではアルフレッドさん。体調気を付けてな」
「…………で、いい」
小さい声が出る。
「アルフで、いい。アルフレッドは長かろう。アルフでいい」
そう言ったアルフレッドの顔ははにかんだ笑みを浮かべる。
「あ、じゃあ、僕バーンッ」
「俺はイレイサー」
「バラック」
自己主張する3人。
「私はサリナ」
「キャリーよ」
「私はエレ」
「ララですッ」
負けじと自己主張。
「分かった分かった」
仕方ないな、と答えるアルフレッドの顔は穏やかだ。警戒していた何かが少し、剥がれ落ちている。
「じゃあ、アルフさん、気を付けて」
「また、声をかけてねアルフさん」
「さんもいらんよ。マルコフ殿、フレナさん」
「殿って、やめてくれ」
「私も、さんはやめて」
ポリポリと頬をかくアルフレッド。
「なら、マルコフさん、フレナ」
「なんで俺だけさんが?」
「格上には敬称をつけるべきだろう?」
そう言って、アルフレッドは槍の穂先に灯をともし、暗闇の中帰っていった。
「一歩、前進か?」
「そうね、そんな感じね」
マルコフとフレナが、大きな背中を見送った。
次の日、マルコフとフレナ達の前に、おじいちゃんドワーフが、ほっほっほっと笑う。
思わず身構える面々。
「お前さんがた、アルフのなんじゃ?」
「友だ」
マルコフが答える。
その答えに、笑みを深くするおじいちゃんドワーフ。
「そうか。なら、いい」
「いいのか?」
「いいさ。嘘までついてアルフを庇おうとしたお前さんがただ。信頼するぞ」
やはり昨日のあれば、嘘だとバレていた。
「あの、彼は何故ああなんだ? なんだか世捨て人のような感じがしたが、まるで全て諦めたような感じがした」
「やはり、そう感じたか? アルフはな、優秀なんだが、何故か本人がそれを認めない。自己評価が低い。鍛冶師ギルドはあいつにここに留まってほしいが、根なし草のようだから、苦心しとる」
ため息をつくおじいちゃんドワーフ。
「どんな形でもいい、アルフが留まればいい」
「それが、冒険者でも?」
「ほっほっほっ。鍛冶師アルフレッドを考慮してさえくれればな」
食えない笑顔を浮かべ、おじいちゃんドワーフは去っていった。
その後も、たまに遭遇するアルフレッドに、必ず声をかけた。バーンが冒険者ギルドで勧誘をすると、しつこいと、とうとう強烈なデコピンが飛んだ。
「わーい、アルフが構ってくれたー」
涙目のバーン。それを見て初めて見せたのは、ドン引きのアルフレッド。あれから、少しずつ表情を見せるようになった。ララもアタックしたが全く効果がない。
マルコフとしては、バーンの気持ちはわかる。あの戦力があれば、ぐっとランクがあがるし、戦略が広がる。
ただ、まだ少し、一線を引いていたアルフレッドに、マルコフとフレナは変わらず声をかけた。
そんなある日。
頭にタオルを巻いたアルフレッドが、見たこともない可憐な少女を連れて冒険者ギルドに来ていた。
その少女が、アルフレッドに表情を生んだ。
「ルナと申します」
黒髪、青い目の可憐な少女。
後日、ゴブリンの巣で、ドン引きする戦いを見せられるとは思わず。
だが、それがアルフレッドの機転となったのは事実だった。
宿から、パーティーメンバーの屋敷の部屋を借り、着た切り雀が身綺麗になり、バサバサの髪が切り添えられる。少し老け込んだ印象が、一気に年相応になる。
鍛冶師と冒険者の兼務することになったが、鍛冶師がメインに過ごしていた。会うたびに悪かった顔色が改善し、肌艶もよくなり、見るからに安定していた。
パーティーに勧誘できなかったのは惜しいが、良好な関係を築けているとマルコフは思っていた。
鍛冶師ギルドも落ち着き、オークの巣の掃討依頼があり、目の当たりにした、鍛冶師としてのアルフレッドの腕を。
アダマンタイトの全身鎧。
何故、鍛冶師ギルドが、アルフレッドに留まってほしいか分かった。
只でさえ、アーサーという奴隷に持たせた槍だけでも、簡単な手に入らないような物を与えているのに、あの鎧はない。
ただ、本人はあっけらかんだ。そしてアルフレッドが所属している他のパーティーメンバー達もだ。
マルコフは思った。
釘を、さしておこう、と。
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