閑話② 三年前
あれからアルフレッドの姿が見えない。
もしかしたら、トウラを去った可能性があるかもしれない。そうなれば、どうしようもない。
「あーあ、あのアルフレッドさん、どこにいるんだろうね?」
バーンが毎日ギルドに来て、チェックしているが毎日空振り、と帰って来る。
半ば諦めかけた頃に、見つけた。
何と、女だけのパーティーとして有名な『紅の波』と一緒だったのだ。その時、パーティーのタンクのサリナを背負っていた。美人揃いのパーティーで、男性冒険者からよく声を掛けられていた彼女達は、滅多に男性冒険者と行動しないことで有名だった。
昔からの知り合いでもあるバーンでさえ、口を開けて見ていた。
冒険者ギルド横の治療院に直行し、しばらくしてアルフレッドが出てきた。
「ちょっと待ってッ」
あわててフレナが治療院から飛び出してくる。
「ありがとう、本当に助かったよ。サリナまで運んでくれて」
「構わんさ、当たり前の事をしただけだ、お前さんも怪我をしとるだろう? 早く治療を受けろ。お大事にな」
そういって、アルフレッドは去っていった。
呆然と見送るフレナに、バーンが駆け寄る。
「フレナ、大丈夫?」
「あ、ああ、バーンか」
「腕怪我をしたの? はい、ヒール」
「あんたね、勝手にヒールを使うんじゃないよ」
「サービスだよ。フレナには新人この頃、助けてもらったしさ。それより、あのアルフレッドさんは? どうしても一緒なの?」
フレナの話だと、コボルトに囲まれ、一斉に石を投擲されてなかなか動けない時に、ふらっと現れて助けてくれたと。
「本当に助かったよ。サリナの頭に当たって、朦朧としてたし、キャリーは魔力が底を着き掛けていたしね。そういえば、あんた知り合いなの? なら、ちょっとお礼したいから、彼の事教えてよ」
「残念だけど、僕もよく知らないんだ。僕達も助けてもら
った口だけどね。ただ、冒険者じゃないって事しか知らないんだ」
「え? 冒険者じゃない?」
「そうみたいだよ」
バーンの説明に、フレナは納得しない。
「あれだけ強いのに?」
「うん、僕も同感。あ、見かけたら教えてよ、僕あの人にさパーティー入って貰えないかな頼んでみたいし」
「なら、あんたも見かけたら教えなさい。私はちゃんとお礼がしたいから」
「分かった」
それから、パタリと姿を見せないアルフレッド。
「あ、フレナ、アルフレッドさん、見た?」
「いいえ、さっぱり。先週ギルドに何か持ち込んでいたらしいけど、それから全く」
「結構、目立つよう人なのに、変だよね」
「確かにね」
皆で首を捻りながら歩いていると、ふいにマルコフが立ち止まり、振り返る。
バーンがどうしたの? と、声をかける前に、マルコフがすれ違った男の肩を掴む。
「アルフレッドさん? 久しぶりだな」
一斉に視線が集まる。
そこには、やや猫背気味の大男。長いパサパサの髪を振り乱し気味で、顔半分を隠している。一見、浮浪者のような出で立ちだが、手には槍を持っている。
肩を掴まれ、しばらく無言だったが、あきらめたように、前髪をかき揚げる。そこには赤い目、隻眼の大男。
「ああ、やっぱりアルフレッドさんだ。あれから姿が見えないから。気になっていて」
「ああ、確か、コブラの時の」
「マルコフだ」
「何か用か?」
表情や口調は穏やかだが、やはり、警戒されている。
警戒はされているが、それ以上に気になる。
「ひどい顔色だな、大丈夫か?」
顔面蒼白とまでは言わないが、あまりにも顔色が悪い。
「少し、調子が悪くてな。話がないなら、帰って休みたいのだが」
「ああ、すまない。足止めさせて」
それ以上は止める事が出来ずに、アルフレッドを見送った。
「よく分かったねリーダー」
見送って、バーンが聞く。
「ああ、あの槍に見覚えがあったからな。まさかと思ったが」
「ひどい顔色だったね。よっぽど具合悪いんだね」
大丈夫かな、とこぼすバーン。
それからも何度か見かけたが、いつも顔色が悪い。そしてたまに冒険者ギルドにいてもすぐに去っていくか、他の冒険者に絡まれている。
冒険者でもないのに、いつも多数の討伐証明を持ち込むのが、噂になり、いくつものパーティーからの誘いがあり断っている姿がみられた。丁寧に断っていたが、ある日、短気な冒険者が罵声を浴びせた。
「腰抜けッ」
そう言われても、アルフレッドは顔色一つ変えない。
「好きに呼べばいい」
そう切り返した、穏やかな顔で。
たまたま、その場にいたマルコフ達は、頭に血が登った冒険者が坂瓶を掲げたのを見た。わずかにアルフレッドの顔がひきつる。
「ふざけんなッ」
短気な冒険者が微動だにしないアルフレッドに向かって酒瓶を振り下ろす。当たる直前に、割って入ったマルコフが、酒瓶を取り上げる。
「一般人に、何をしているッ。当たれば大怪我だぞッ。大丈夫か、アルフレッドさん」
マルコフの怒声に、短気な冒険者は後ずさる。マルコフはトウラでも有名な冒険者だ。ランクはBだが、Aランク目前で、おそらくトウラ最高ランクの冒険者だ。人柄も堅実で、一目置かれていた。そのマルコフが、割って入って庇ったことで、この事がきっかけで、それからアルフレッドは冒険者から絡まれる事がなくなった。
「…………あ、ああ、助かった」
一瞬の間を起き、顔色が悪いアルフレッドがやっと答えた。
「すまんな」
「構わない。いつも顔色が悪いが」
「気にせんでくれ。すまんが、これで失礼する」
そう言ってアルフレッドは冒険者ギルドを後にする。
あわてて追いかけるバーン。ギルドを出てすぐに追い付く。
「ねえ待ってよアルフレッドさん、顔色悪いよ、ケガしてるんじゃない?」
「いや、どこもケガはしとらん」
「だけど、顔色悪いよ。あ、これあげる、飴ちゃん。疲れた時によく効くよ」
「いや、貰うわけには………」
「ほらほら、この前のお礼には全然足りないけどさ」
なつっこい笑顔を浮かべてバーンが飴を押し付ける。
困った顔のアルフレッド。
「なら、ありがたく」
「おいッ、アルフッ」
鼓膜を響かせる怒声。追いかけてきた、マルコフやフレナ達まで思わず肩をすくめる。
そこには片手に槌を持った白髪混じりのドワーフと、おじいちゃんのようなドワーフが。
アルフレッドの顔が、しまった、と物語る。
「お前、どこにいっとったッ、昨日、宿には戻っておらんだろうッ」
苦い表情を浮かべるアルフレッドに対して、槌を持ったドワーフの怒声が響く。
「ちょっと、その辺、歩いておった」
「そんな言い訳通るかッ、また魔の森に行っておったんだろうッ、冒険者ギルドから出てきたのを見ていないと思っておるんかッ」
あまりの声量に、ギャラリーが囲み出す。
マルコフは思い出す、槌を持ったドワーフが、鍛冶師ギルドマスターだと。
「休みの時くらい、自由にさせてくれ」
細やかに反撃を試みるアルフレッド。だが、鍛冶師ギルドマスターはその程度で、引くわけない。
「お前は鍛冶師なんだぞッ、冒険者の真似事して肩を壊したらどうするッ、少しは自覚を持たんかッ」
え、鍛冶師? 一斉に視線が佇むアルフレッドに集まる。
「ギルドマスター、そこまで心配しなくともそんなやわな鍛え方しとらんが」
「言い訳するなッ、今、どれだけギルドが逼迫しておると思っておるッ、山のように仕事があるんだぞッ」
アルフレッドは肩をすくめる。
「儂の仕事分は納期内に仕上げておるはずだ。それに儂は流れ者、拾ってくれたのは感謝するが、そこまで拘束されたくはない」
「アルフッ」
「よさんか、バルハ」
後ろで傍観していたおじいちゃんドワーフが、やんわり止める。
「アルフや、ギルドマスターはな、お前さんの身を案じておるんだよ」
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