閑話① 三年前
今から三年前、トウラ北の魔の森。
「ぐわあっ」
バラックが盾ごと吹き飛ばされ、近くの木に叩きつけられる。
バーンが素早く気絶したバラックを引きずり、木の影に避難し、応急措置をする。
「くっ」
マルコフは大剣を構えた先には、とぐろを巻く、黒い大蛇。
フォレストダークコブラ。
数日前から目撃され、調査依頼が出、『ハーベの光』が受けた。
だが、予想以上の大蛇だ。
闇属性のブレスを撒き散らし、まず、バラックがやられた。それでも何とか盾で防ごうとしたが、強烈な闇色の尻尾が、決して軽くないバラックの体を吹き飛ばした。
「イレイサーッ」
「分かってるッ」
マルコフとイレイサーが展開する。
風魔法で、身体強化したイレイサーが斬り込んでいく。マルコフも反対側から剣を振るう。
(不味いぞ)
バラックの意識は戻らない、バーンが治療を続ける。戦力が半減した状態で、これだけの大物相手にどれだけやれるか。
フォレストダークコブラは、巨体を激しく揺らしながら、武器を持つマルコフとイレイサーに迫り来る。
風魔法の身体強化したイレイサーは、それを避ける。だが、金属の鎧を纏ったマルコフにはどうしても無理だ。真正面から、大剣を構える。
「リーダーッ」
イレイサーが叫ぶ。
眉間に、剣を突き刺せば、多少の時間稼ぎになるはず。
おそらく、無傷ではすまない。それでもそれしかないと、マルコフは腹をくくる。
ザッ
大剣を構えたマルコフの横を、誰かが走り抜ける。ちらり、茶色の髪を確認した瞬間。
「シールドバッシュッ」
マルコフの前に躍り出て、盾術を炸裂させる。
派手な音を立てて、フォレストダークコブラが弾かれる。あれだけの巨体を防いだ。
茶色の髪の男は、バラックの盾を持ち、後ろにいるマルコフに振り返る。
赤い片目の、若い大男だ。片手に槍を持っている。
「加勢するが、いいか?」
「……ッ、助かるッ」
マルコフはすぐさま判断。
イレイサーが素早く攻撃に入っている。マルコフも加わる。
大男は回り込みながら魔法を放つ。
「アースランスッ」
フォレストダークコブラの動きに合わせて、絶妙なタイミングで放つ魔法は、マルコフとイレイサーを守り、攻撃に転じ、そして時には前に出て、盾術を繰り出す。
最後にマルコフがやっとフォレストダークコブラの首を落とした。
「はあっ、はあっ、すまない。助かった」
「いいさ」
マルコフは息を上げて大男に声をかける。大男も額に浮かんだ汗をぬぐっている。
「リーダーッ、バラック意識戻ったよ」
「ああ、良かった」
バーンが木の影から顔を出す。
「バラック、どうだ?」
「うぅっ、面目無いリーダー………」
「いい。命が助かれば、それでいい」
バラックの無事を確認し、マルコフは改めて大男に振り返る。
自分と同じくらいの背丈は、服越しでもわかる鍛え上げられた体、片手で槍を、もう片手でバラックの盾を盛っている。髪は無造作に縛っている。
整った顔立ちだが、見たことがない顔だ。
トウラを拠点としているマルコフには、見覚えのない顔だ。これだけの体格はそういないし、なにより隻眼だ。
だが、先ほどを戦闘で、大男が猛者だと理解はした。盾、魔法、槍、そして戦況の判断能力が飛び抜けて高いと。
「すまない。助かった。俺はマルコフだ。このパーティーのリーダーだ。君は?」
「儂か? アルフレッドだ。盾を返す、勝手に使ってすまなかったな」
儂? 若いのに、ずいぶん古くさい話し方だ。
「いや、本当に助かった。見ない顔だが」
「最近トウラに来たばかりでな」
肩を竦めて、大男、アルフレッドは背を向ける。
警戒されている、マルコフはそう感じた。
「もう、大丈夫じゃろう? 儂はこれで」
去ろうとするアルフレッドを、マルコフは止める。
「待ってくれ、これだけの大物だ。報酬を得る権利は君にもある。一緒にギルドまでいってくれないか? 報告しないと、君の功績にはならない」
そう言うと、アルフレッドは首を横に振る。
「いいや、儂が勝手に加勢しただけだ。もらえんよ」
「だが、このまま帰す訳にはいかない。君は命の恩人だ」
困った顔のアルフレッドに、マルコフはいい募る。
「俺達だけでは、無事に済まなかったはずだ。君のおかげでメンバーの命が助かったし、あれだけ動いてくれた君に何の報酬を払わない訳にはいかない」
「そうは、言われてもなあ」
押し問答の末、アルフレッドは革の一部が欲しいと告げた。
それから討伐証明の牙を抜き取り、革を四苦八苦しながら解体していると、息をついてアルフレッドが加勢に来た。
恐ろしいほどの切れ味の小刀で、あっという間に切り開いていった。
「見事な腕だな」
「これくらいは誰でもできよう」
「耳が痛いよ」
必要なものを取り出し、バラックも安定したので、帰途につく。
帰り道、バーンが興味津々にアルフレッドに色々聞くため、マルコフがげんこつを落として黙らせる。
警戒するには、訳があるはず。あれだけの戦闘技術がありながら、今まで噂にならなかった。しかも隻眼だから、目立つ容姿をしているこの大男には、トウラに来なければならない事情があるのだろうと、マルコフは踏んだ。だから、今は適度な距離を持ち、信頼を得たい。
先ほどの戦闘で見た、アルフレッドの動きは、このパーティーでは決して出来ない動きだ。タンクとしての盾術、後衛としての魔法職、そして判断能力を要するにバランサー。しかもあれだけの槍の扱い方を見たら、アタッカーとしても優秀だ。
是非に、パーティーに引き入れたい。
だが、事を急いでは、逆効果になると、マルコフは判断。
トウラに着き、冒険者ギルドまで同行を求めたが、アルフレッドは首を横に振る。
「儂には資格はない」
「なにを言っているんだ? 一緒に行ってもらわないと報告できない。後ろにいてくれるだけでいいから、一緒に行ってくれ」
説き伏せて、しぶしぶアルフレッドは同行。
報告窓口で、討伐証明を提出し、アルフレッドにも権利があることを説明する。
「分かりました。では、冒険者ギルドカードの提示をお願いします」
対応したオルファスさんが、アルフレッドに言うが、当人は困った顔をする。
「儂は冒険者ギルドカードを持っとらん。そもそも冒険者ではないんだ」
「「「「はあ?」」」」
間抜けな声が上がる。
「え? あれだけ強いのに?」
イレイサーも信じられない顔だ。
周りの冒険者達も胡散臭い視線だ。
「では、他に身分を証明できるものは?」
「そうさな、あるにはあるが」
アルフレッドが自分のポケットを探り、一枚のカードを提出。
オルファスはそれを確認。
「はい、確認しました。では、共闘という形にしましょう。よろしいですか?」
「ああ、構わない。彼に報酬の4割を」
「いや、いらん。革だけで十分だ」
再び押し問答。結局、アルフレッドは革だけ持ち、別れを告げてギルドを足早に去っていった。
「ねえ、リーダー、あの人さ、うちのパーティーに入って貰えないかな?」
バーンが去っていったアルフレッドを見ながら、お伺い。
「入って欲しいが、あれは何か訳ありだぞ。あれだけ恵まれた体格に、戦闘技術に魔法。あれで冒険者でなければ、なんなんだ」
「…………元、どっかの騎士、とか?」
バーンが可能性を示す。
「まあ、その可能性はあるな。何かの犯罪者という感じではなかったが、まだ警戒されている。そこをどうにかしないとどうにもならん」
まずは信頼関係。
そうは言ったが、次の日はアルフレッドを、探したがどうしても見つからなかった。
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