帰って来る女たち①
「だからなんだ? ここは冒険者ギルド。冒険者であれば、地位は関係ない。ここで冒険者を名乗るなら爵位を振りかざすな」
ライナスさんがいい放つ。
そうなんだよ、冒険者ギルド内で、誇示していいのはランクだけ。基本的に爵位を振りかざすのはタブーとなってる。中にはそれを理由に、ランクを上げる連中がいるからだ。お金に困窮した冒険者を雇い、自分は後ろで見ているだけで、雇った冒険者に依頼をさせて、ポイントを稼ぐ。それでは真面目に冒険者をやっているのが割に会わない。ギルドだって目を光らせているが、こういった輩が多いのは実情だ。
まさに、これがいい例だ。
Bランクって言っていたけど、身のこなしから見て絶対に違う。
「それに爵位を振りかざすから、礼儀をわきまえろ。女性に対して失礼だ」
更に追い討ちするライナスさん。
本来侯爵家クラスの人が冒険者なんかやらない。他にいくらでも仕事はある。ギルドや商会、行政等の仕事がいくらでもある。こねだけどね。好きで冒険者していて、常識あるなら侯爵家の名前なんて出さない。侯爵家に迷惑になるからね。カウンターの向こうで、数人のギルド職員が、眉を寄せている。
優男風冒険者は、ぐうの音も出ない。相手は格上のAランク冒険者だからだ。
「なんの騒ぎ?」
そこにリツさんが、マルコフさん、フレナさん達と戻って来る。
「やあ、リツさん。お久しぶり。皆さんも」
「まあライナスさん。ご無沙汰しています」
リツさんがご挨拶する。
「ちょうど良かった。実は一緒にして欲しい依頼が」
ライナスさんが優男風冒険者を完全無視して、リツさんに話を持って行く。
「おい、そこの銀髪、お前がリーダーだなッ、だったら責任を取れッ、こいつらは暴力を振るうんだぞッ」
リツさんの綺麗な眉がはね上がる。私にちらり、と視線を流すが、私は首を横に振る。
「リツさん、気にしないで構わないさ。彼女が、あいつに絡まれて彼が助けただけだから。それで依頼を………」
「ふざけるなッ、侯爵家の人間に手を出してタダで済むと思うなよッ」
優男風冒険者が吠える、すると一斉に冷たい視線が突き刺さる。
それを見て、リツさんは頬に手を当てる。
「マリベールの冒険者って、失礼な方だかりですね」
リツさんが毒を吐く。
「リツさん、あんなのと一緒にしないでくれ、あいつは前からトラブルを起こして皆迷惑しているんだ」
げんなりしているライナスさん。こいつ常習犯かい。
だが、それを聞いて優男風冒険者の顔が、一気に赤くなる。
「ふ、ふ、ふ、ふざけるなぁッ」
「なんの騒ぎですか?」
人垣が割れて、出てきたのはお久しぶりのグラウスさんだ。
職員が連絡したんだね。
この場が収まるかな。
「おいっ、こいつらは、無礼な奴らだぞッ。侯爵家の僕に手を出してッ」
「Bランクの冒険者だって言ったじゃん」
バーンがぼそり、と突っ込み。
グラウスさんは、私達を見て、吠える優男風冒険者を一瞥。
「はあ、またあなたですか。前にもいいましたよね? これ以上トラブルは避けるように、と。それにここは冒険者ギルド、冒険者を名乗り行動したいのなら、爵位はないものと思うようにと、あれだけ警告しましたよね?」
グラウスさんの言葉が突き刺さる。だが、優男風冒険者が、みっともなく喚く。
「この女を渡せば、穏便に済ませてやると言ってやっているんだッ。人の好意を無下にして、暴力を振るった方に非があるだろうがッ」
アルフさんの額に青筋が浮かぶ。グラウスさんからも、絶対零度の空気が流れ出す。
メリメリと、拳を握るアルフさん。
「人の婚約者に手を出すとは、クリスタムの貴族はずいぶん品がないな」
優男風冒険者の前に立とうとするアルフさんのシャツの裾を、咄嗟に掴む。
既にトラブルになっているけど、これ以上はグラウスさんに任せた方がよさそうだからだ。
「まあ、かわいいルナちゃんを渡せですって? そんな事、リーダーである私が許さないわ」
リツさんまで。
「だいたいっ、一般人が冒険者ギルドに出入りするなッ」
優男風冒険者が、ラフな格好のアルフさんを指差す。
「ギルドは一般人も出入り出来なければ、成り立たない。それはどこのギルドでもです。侯爵家出身にしては、学がありませんね」
グラウスさんの毒攻撃。
「それに彼は冒険者ですよ。こんな格好ですがね」
アルフさんまで、流れ弾が。
「だったら証明しろッ」
「そうだー、そうだー」
ん? あれ? 野次馬に混じっているの、ここの冒険者ギルドマスターじゃない?
結局。
地下の訓練所で、模擬戦だ。
グラウスさん曰く、新人のために手本になってとアルフさんに頼んでいたしね。これはあくまで、ギルドからの見本となる為の模擬戦だ。リツさんは、「ほほほ、やっておしまいなさい」だし、グラウスさんも「やってかわまない」と。いいのか?
優男風冒険者は、アルフさんが鍛冶師と兼務していると知って、それは馬鹿にした。思わず、2代目を抜刀寸前になり、アーサーが腕を抑えてきた。
訓練所の中央で、ふんぞり返る優男風冒険者。
「ライナスさん、あれの実力は?」
こそっと聞く。
「さあ、組んだことはないが、噂だとお飾り冒険者だ。常に別の冒険者を雇って、リーダー気取りさ。雇われた連中も金が手に入ったら、すぐに去っていくようだからね」
「侯爵ってのは?」
「それは本当だけど、ビーバ侯爵家も手を焼いているんだよ。嫡男の癖に、学も人柄もあれだからね。あの性根を叩き直すために冒険者にさせたようだけど、あれじゃあねえ」
「詳しいですね」
「これでも元伯爵の三男坊でね。たまに噂好きの姉が、放してくれるんだよ」
ライナスさんは苦笑い。
へー、ライナスさん貴族だったんだ。でも、ライナスさんの対応が常識なんだよね。貴族の中には社会勉強の為に、身分を隠して冒険者やったり、ギルドや商会の職員やったりしていることがままある。それがそのまま本職になること多いそうだ。
「俺はこの生活が気に入っているんだ。伯爵って言っても、あまり裕福じゃないしね。親も兄弟達も、認めてくれているから」
「ライナスさん、Aランクですもんね」
地道にコツコツ冒険者稼業をして、今があるそうだ。だから、あの優男風冒険者には、我慢ならない時があったと。
「ギルドだって彼との実力差を分かっての模擬戦さ。これで叩いて、ランクの査定をやり直すんだと思うよ」
「多分、一撃ですよ」
「だろうね。本来なら既にAランクの実力だよね彼は。鍛冶師ギルドの兼ね合いや、まだ冒険者として日が浅いからBランク止まりなんだろう?」
「そうですね」
話していると、騒然となる。
支度を終えたアルフさんが出てきた。
言わずと知れた、アダマンタイトの全身鎧で。
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