三度目の決闘⑥
次の日、『決闘』に出た私達に面会者が。
アルフさんやマルコフさんを越す巨体が、背中を丸め、情けない顔でたってる。両手は包帯でぐるぐる巻きだ。
「昨日は、どえらあ殴ってしまって申し訳ないなかっただあ」
…………………………
誰?
対応した私とアルフさんはよく分からず、首をかしげる。
「まさか、昨日の?」
拳から血を噴き出しながら戦ってた、あの熊?
え? 全然雰囲気が違うんだけど。
なんだ、なんだ、と後ろから皆が見ている。
「ビューダは、常はこうなんだ。昨日は巻き込んで申し訳なかったな。あの少女に謝罪したくてな」
巨体の後ろから、ひょっこり出たのはディーダ殿下だ。
あ、やばい。
後ろにいたサーシャが、変わらずポーカーフェイスを保っていた。
メイド長がディーダ殿下ご一行様を、ウェルダンのガーデンにご案内。
もう、ばれたから仕方ない。諦めてミーシャに付き添うサーシャ。
昨日の夜会で、ミーシャをだしにしたのを謝りたかったディーダ殿下。同行したあの獣人男女、豹の獣人で姉弟だと。かわいい丸耳はタヌキの獣人。で、熊は熊だ。私とアルフさんに、申し訳ないと蜂蜜入りの瓶をおどおどしながら差し出されたので、受け取った。
「おらの家でとれた蜂蜜だあ、うんめいぞう」
「ど、どうも」
本当に昨日と真逆なんですが。
ガーデンでもてなされるディーダ殿下ご一行様。お茶やお菓子が振る舞われる。
「昨日はすまなかったね。いきなり言われて困っただろう?」
ミーシャが曖昧に笑う。
「しかし」
ディーダ殿下がサーシャに振り返る。
「君は俺の知り合いに似ているな。兄弟と言われても納得するくらいに」
「他人のそら似では? 俺に男兄弟いません」
「はは、そうか」
にべもなく答えるサーシャに、ディーダ殿下は苦笑い。ディーダ殿下はそれ以上は言わない。
それぞれ好きに席に着き、お茶を頂いている。
ビューダだけたっている。頭に小鳥が止まってる。同じ席を進めたが、
「おら、もと奴隷だあ、殿下と同じ席なんて、畏れ多いだあ」
ですと。
「ビューダ、いつまで引き摺っておる。座れ、命令だ」
「でも殿下、そんな細い足の椅子、壊しそうですう」
うん、かもね。
結局、石造りのベンチに。
ローズさんがお茶を運ぶ。
頭の小鳥、増えてます。
「この黒いのはなんだ?」
ディーダ殿下がチョコレート菓子、ショコラに興味津々だ。
「カカオという食物の種を使ったお菓子です。御ひとつどうぞ召し上がってください。こちらはカカオの苦味を生かした味で、こちらは甘味を追加していまさす」
マリ先輩が、営業スマイル。
「これも貴女が? たしか薬師だと」
「これは趣味というか、好きで作って。思ったより好評で、小さいですが、店舗販売していますの」
ほほほ、マリ先輩。
「では、ひとつ、もぐ。おお、確かに苦味があるが嫌な苦味でないな」
他の方もモグモグ。
マリ先輩が他のショコラの説明もする。もちろん他のお菓子もモグモグ。ウェルダンの赤オレンジを使った色鮮やかなタルトも好評だ。
ビューダだけ、遠慮しながら食べてる。だけど、パウンドケーキ、一口だけど。
私は新たにパウンドケーキやマドレーヌを皿に乗せて運ぶ。聞きたいことあったし。アルフさんも着いてきた。
「どうぞ」
「あ、あんがとう」
「手のお怪我は?」
「ああ、これなあ、ちょっと指の骨が折れちまって」
やっぱりなあ。
「これくらいなんともねえだあ。奴隷の頃に比べたらあ」
あ、この人まさか、奴隷の時に肉盾させられていたんじゃない?
「でもお、あれだけ殴って凹まない鎧、初めてだあ」
「はは」
アルフさんが乾いた笑みを浮かべる。
……………この人、拳で鎧、凹ませてるの?
そんな事を思っている間にも、マリ先輩とディーダ殿下の御話しがすすむ。
「これは店舗で販売されているのなら、どちらで購入出来ますか? 政務に忙しい兄上達に買って帰りたいのだが」
お兄さん想いだね。
「はい、首都です」
「そうか、なら無理だな、明日には帰国しなくてはならないから」
「良ければお包みします。新作もお入れしますので、次に首都にいらいた時にお店いらしてください。ディーダ殿下がいらしたら、絶大な宣伝になりますわ」
「商売上手だな。だが、ありがたい、是非にも伺おう」
マリ先輩とリツさんがお土産を包みだす。
す、とディーダ殿下がこちらに来る。
私とアルフさんは礼の姿勢、ビューダは立ち上がる。
「失礼、あの黒い鎧の方か?」
「そうです」
「あれば自前だそうだが、貴方が?」
「そうです」
「見事な鎧だ。あれだけのもの、バインヘルツでも見られない。ビューダが凹ませられない鎧とは、かなりのもののはず」
「勿体なきお言葉です」
なんだか、嫌な予感が。
「ご入り用なら、クリスタム、トウラの鍛冶師ギルドを通して頂ければ」
アルフさんが先制攻撃。
「では、ビューダのサイズならいくらになる?」
「彼のサイズですと全身鎧でしたら、これくらいですな。付与なしです。儂にしか作れませんので、待っていただかなくてはなりません。指名料頂きます」
ディーダ殿下の金色の目が、まん丸になる。
「桁、が、2つ、いや3つほどおかしいのでは?」
「いいえ。付与は重量軽減が必須です。後は衝撃吸収、温度調整をオススメします。そうなると予算はこうなります」
「聞かなかった事にしてくれ」
撃退成功した。
「殿下、やはり彼は?」
屋敷を出て、タヌキの獣人、カナートが聞いて来る。
ウェルダンの屋敷を訪れ、ミーシャに謝罪したのは口実に過ぎない。
一年前に消息を絶った、かつての部下と同じ顔の銀狼の青年に会いたかっただけ。
「ああ、腹違いの弟だろうな。顔立ちもそうだが、あの灰色の目は、ジェヤードの家の男に出る色だ。あの家の悪習から逃れて隠れて育ったのだろう」
ディーダは、ジェヤードが死んだと思っていない。もしかしたら、同じ顔の彼が、匿っているかと思っていた。
去年の顛末は聞いている。同時にサーシャの存在を知った。
数日前から周囲を探りを入れたが、ジェヤードの姿はなかった。
やはり、ジェヤードは死んだのか。
珍しい光の精霊魔法を使うジェヤードを、ディーダは重宝した。剣士としての腕も悪くなかったし、何より身体能力が群を抜いていた。あのまま自分の隊にいれば、バインヘルツを代表するような騎士になったろうに。
あの時、もっと抵抗して、手離さなければ良かった。
そうすれば、こんなことには、ならなかった。
後悔しても、もう、遅い。
たった1人の部下ですら守れなかった。
「俺は、このまま騎士を続けていいのだろうか?」
「何を仰います。我々は最後までお供しますよ」
カナートがいい、アオモナもフクザもビューダも頷いた。
読んでいただきありがとうございます