スタンビード①
次の日。
ショウの牽く馬車でミュートに向かう。
ちびっこ達は心配そうに、リツさんにすがりつき。ホリィさんも心配そうだ。お腹が大きくなりだしたミアさんは、不安そうにジェイドさんと抱擁している。
「留守をお願いしますね」
「「はい、リツ様」」
ショウの牽く馬車は、昼前にミュートに到着する。
私達は一旦冒険者ギルドに。
それぞれ宿を確保。スタンビードは森が悲鳴を上げるのは前兆。その悲鳴が止むと、魔物が爆発するように溢れだす。その間にどれだけ間引きできるかが問題だ。悲鳴を上げている魔の森は、ミュートの東方向。先日潜ったヒースとは逆方向だ。
「今は、冒険者ギルドと騎士団総出で間引きを行っています」
対応したギルド職員さんの顔には憔悴の表情。
私達も間引きに参加と思いきや、付与ができるメンバーは、鍛冶師・職人ギルドに駆り出される。残ったのは私と三兄妹、ジェイドさん、ショウにノゾミだ。ただ、アーシャはポーション作りに加勢に行くことになる。
私達はマルコフさん、フレナさん達と間引き作業だ。
「皆、気を付けてね」
リツさんを始め、残るメンバーが心配してくれる。
私達は魔の森を走り回り、できるだけ魔物を狩っていく。こちらには索敵スキルの高いショウがいるため、問題なく戦闘を繰り返す。
夕方前には戻り、ミュートは扉を固く締めて、守りの体勢に入る。
マルコフさん達と別れ、宿に戻ると既にマリ先輩が、出迎えてくれた。
「ただいま戻りました。リツさんとアルフさんは?」
2人の姿が見えない。
「騎士団に呼ばれたのよ。すぐに帰ってくるわ。さ、それまでにご飯の準備しましょう」
「はい」
ブラックオークのソテー、彩り野菜のサラダ、アスパラガスのポタージュ、マリ先輩特製ブレッド。準備が整う頃に、リツさんとアルフさんが帰って来た。
「お帰りなさい」
私とアーサーが出迎える。
「ルナちゃん、アーサー君、ただいま」
「ルナ、けがはないか?」
「大丈夫ですよ。ご飯準備出来ましたよ」
宿の居間に集合して、頂きます。
「騎士団とどんな話をしてきたんですか?」
オークのソテーをモグモグ。
騎士団の偉い人達と挨拶と、スタンビードになった時の配置について話してきたと。
「私達のパーティーランクは低いでしょ? だけど、アルフさんやルナちゃん、アーサー君にショウはレベル高いでしょ? だから前線に立って欲しいって言われて」
「儂は構わんからな」
「私も問題ありません」
「ピィッ」
「自分も大丈夫です」
そうなると思っていたし。
「あの、俺は?」
「私も出来れば」
サーシャとジェイドさんも手を上げる。
「そうだな。2人なら問題なかろう」
ミーシャが手を上げるが、アルフさんがならん、の一言。ノゾミも円らな瞳で、メエメエ鳴くが、ならん、の一言。
アーシャも、ダメよ、と言っている。
夕御飯後、後片付けして順番にお風呂に入る。
アルフさんは、ちょっと考え事したいと宿のウッドデッキの椅子に腰かけている。
どうしたんだろう。
心配でこそこそ覗いていると、肩をちょんとされる。
「どうぞ、ルミナス様」
ローズさんがティーセットをお盆に載せて、渡してくれる。
「ありがとうございます」
薫りのいいオレンジのフルーツティーだ。
お礼を言ってお盆を受けとる。
お邪魔だったら、すぐに引っ込もう。
私は溢さないようにして運ぶ。
「アルフさん」
「ん? ルナか」
「どうぞ」
私はそっとお茶を出す。
「すまんな」
「いえ」
会話が続かない。やっぱりお邪魔だね、引っ込もう。
「ルナ」
アルフさんが、座っているベンチをポンポンする。あ、座っていいんだ。ならば、座ろう。
ベンチに腰かけようとすると、アルフさんの長い腕が、私の腰を引き寄せる。
「ぎゃあ」
「なんとかならんかその悲鳴」
私はアルフさんの膝の上に引き寄せられて、ぎゃあぎゃあ。
「お前は本当に難儀だな。婚約しても、変わらんな」
「う、ごめんなさい」
私はお盆を抱き締めて小さくなる。
アルフさんは、私を膝に抱えて抱き締めてくれる。
すごく、嬉しい、暖かい。
「ルナ」
「はい」
「儂は、お前を、守れるだろうか?」
「え?」
思っても見ない言葉に、私は顔を上げる。そこには、不安そうに揺れている、アルフさんの顔。
「ヒースのドラゴンのブレスを防ぎきれんかった。儂は、お前を、お前達を守れるだろうか」
あの、ドラゴンのブレス。最後まで防いでいたのはアルフさんだけだった。後ろからマルコフさんが、支えてくれて、アーサーの支援やリツさん、マリ先輩の魔法で援護して。最後までアルフさんは持ちこたえた。
だけど、きっとそれがアルフさんにとって不安要素なのかも。地竜の咆哮の皇帝竜は、あれの比じゃないはず。でも、あの時、アルフさんではなければ、私達は誰もブレスを防げなかったはず。
「私は」
私は。
「私は、アルフさんが、隣にいてくれたら、どんな敵とでも戦えます。リツさんやマリ先輩を守れます。だから、だから」
だから。
「隣に、いて欲しい、です」
私の本音。
アルフさんさえ、いてくれたら、皇帝竜だって、あの赤髪エルフだって、なんとだって、戦える。
私は額を、アルフさんにすり付けるように、しがみつく。なんだか、私まで不安になってきた。悟られまいとうつむく。
「そうだな。そうだ」
アルフさんはそう言って、私を抱き締めてくれる。
「儂は、タンクだ。お前や皆を守る盾だ」
まるで自分に言い聞かせるように言うアルフさん。
不意に、私が抱えていたお盆を取り上げる。なんだろうと思ったら、キスしてくれた。
あ、なんか久しぶりだ。リツさんの屋敷では、人目があるから、私は恥ずかしくてなかなか出来ない。すぐ近くに皆いるけど、いいや、今はいいや。
私は大人しく、されるがまま。
…………………………
ん? なんかいつもと違う感じがする。
耳元やら首筋やらにまでキスしてくれてくすぐったい。嬉しいけど。なんだが、いつもと違う感じがする。
する、と。アルフさんのゴツゴツした手が、私の背中、シャツごしではない、素肌をすべるように撫でる。全身の血が、一気に沸騰する。
咄嗟に、私はアルフさんの肩を押す。
「嫌か?」
耳元でささやくように言うアルフさん。
「嫌、とかじゃない、その、あの」
ここ外だし、まだお風呂入ってないし、皆近くにいるし、ぶつぶつ。
「やはり、お前は手強いな」
優しいけど、すこしあきれたアルフさんの声。
「……………私だって、わかってますよ……………」
「ん?」
未だに、キスされるのもドキドキするし、でも、いつか婚姻したら、その先があるって。
わかっている、私だって。アルフさんと、そうなるって、わかっている。それに、アルフさん以外、嫌だしね。
小さくゴニョゴニョ言っていると、アルフさんはぎゅうと、抱き締めてくれる。
「そこは、ちゃんとわかっておるんだな?」
「わかってますよ、だけど、今は、その」
「なら、我慢するさ。お前の決心が着いたならな。儂はいつでもいいからな」
「う」
触れるだけのキスをして、抱き締めてくれるくれる。
私には、今は、これが心地いい。
頭を優しい撫でていたアルフさんが、横においていた何かに手を伸ばす。
「今なら、いけるかもしれん」
「どこに?」
私が分からず、顔を上げると、そこにはいたずらっ子みたいなアルフさん。
手にしたのは仕込みのある籠手。アダマンタイトの盾を出し、小さなインゴット。オリハルコンだ。
リツさんと交渉し、小さくなオリハルコンを常に触れるようにしている。単に分割するのなら、比較的できるそうだが、形を整えたり、他の金属と混ぜたりするのが出来ないと。
私は黙ったままアルフさんを見上げる。
アルフさんは片手で盾を持ち、片手でオリハルコンを当てる。
するする、とオリハルコンが盾に吸い込まれていく。
え?
オリハルコン、入っていったよ。
落ち着いた色の黒い盾が、美しい光沢を放つ。
そしてちょっと光沢を持つ盾になる。
「アルフさんすごいッ」
私は興奮したが、次の瞬間、アルフさんは私を抱えたままぶっ倒れた。
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