再び決闘⑧
私とガチガチに緊張し、アルフさんの横に座る。
ローグは少し付き合ってくれと、馬車に私達をのせた。対面の椅子にはローグがいる。まともに顔が見れずに、私は体を強ばらせる。わかっているのだろうか、アルフさんが優しく肩を抱いてくれる。だけど、怖い。怖い。怖い。
私の前世が、ばれたのではないか、もし、そうならどうなるのだろう? お父様、お母様、エリック、ジェシカの顔が浮かぶ。どうしよう、どうしよう、リツさんやマリ先輩達に、何かあったらどうしよう。
特に話をすることなく、馬車はウェルダンの教会前に止まる。
促されて、アルフさんに手を引かれて馬車を降りる。
「ルミナス嬢、そんなに緊張しなくてもいいのだよ。肩の力を抜きなさい」
「…………はい」
無理です。
私はアルフさんの手を握りしめる。
ローグが目でついてきなさいと示唆し、教会の裏に回る。教会の裏には、ウェルダンの孤児院が併設されている。元気に走り回る子供達。なんだろう、胸が締め付けられる。
「ああ、ローグ様っ」
子供達の様子を見ていた高齢シスターが、高齢の牧師に声をかけて、駆け寄ってくる。
「元気そうだな。神父は?」
「はい、ローグ様。風邪は落ち着いて、昨日から子供達の読み書きを教えています」
牧師が答える。
「そうか、だが、神父もかなり高齢者。私がいうのもなんだが、気をかけてやりなさい」
「「はい、ローグ様」」
あら、この2人どこかで? いや、違うか、うん、違う。
「それと、ライラの騎士位の誉の授与が正式に決まるだろう。お前達が代わりに受けることになる。連絡が来るはずだ」
「ああ、ローグ様、ありがとうございます。これで姉さんの汚名が注げます」
…………………え?
私には、エリックとジェシカしか兄弟いないけど。
私を、前世は私を姉さんって呼ぶのは、あの孤児院の子供達くらいだけど。
「あなた、良かったわね。シスターのお墓に報告しましょう」
…………………………え?
私の小さな頭が混乱する。
それからローグと牧師、シスターの会話が入ってこない。
…………………………………え? え? え?
「ルナ、ルナ」
「あ、はい、アルフさん」
声をかけられ現実に引き戻される。
牧師とシスターがにこやかに私に微笑む。
「御婚約おめでとうございます」
「女神ガイア様の祝福があらんことを」
「あ、ありがとうございます」
牧師とシスターはにこやかなままお辞儀をして、子供達を呼び、建物に入っていく。
それを見送り、ローグは私を振り返る。
「ルミナス嬢、アルフレッド君。彼らの存在はいずれ世間に知られるが、それまで黙っていてくれないかな?」
アルフさんは首を傾げる。
「それはどういう事でしょうか?」
私の心臓は早鐘の様に打っている。頭がくらくらしそうだ。
「彼らは、私が半世紀前に殺した事になっていてね」
頭が、真っ白。
え、え、え、ローグ、私がいた孤児院焼いたって聞いたけど違うの? え、何が本当なの?
「ずいぶん昔の話だ。私が保証人になってある恩人に騎士の誉を、と望んだが最悪の結果になってしまってね」
ローグはゆっくり語る。
「例の元ナリキンヤ侯爵夫人が自分の欲のために、恩人の騎士の誉を奪ったのだよ。彼女は心ない当時の王子のせいで自害し、その責任を彼女が育った孤児院に払わせろと言ってな」
ローグは首を振る。
「私にその任が与えられたが、どうしても従えなかった。それに出発直前に先代王妃とニーナ様が私にこう命じたのだ」
孤児達を逃がし、隠せ、と。
「私はそれに従った」
教会は偽造の為に燃やしたが。
牧師とシスター、7人の孤児達は裏から逃げ、一旦、町長が匿った。
「町長は死ぬまで秘密を誰にも漏らさず、墓場まで持っていってくれた」
そして当時ローグにとって最も信用し信頼できたのは、実姉のルイースおばあ様だ。おばあ様は全員をウェルダンに呼び、教会に匿った。
乳飲み子は、子供のいない夫婦が引き取ってくれた。その夫婦は事情を察したのか、深く聞くことはなかったそうだ。そして取り分け体の弱かった子は数年後に流行り病で亡くなり、もともと高齢だったシスターもその翌年亡くなった。
「牧師は今は神父としてここに勤ている。さっきの2人もあの時が生き残りだ。残りの4人のうち2人はウェルダン、2人は首都で子供や孫に囲まれて生活している」
私はあまりの事で、声が出ない。胸が張り裂けるように一杯の感情に襲われる。ローグは誰も殺してない、それどころか皆を匿い、その上で「罪人騎士」と不名誉な名で呼ばれ続けた。半世紀もの間。
「何故、儂らにそんな話を?」
「そうだな」
ローグは少し考える素振り。
「似ているからかな」
そう言って、ローグは私の前に膝をつく。
似ているって、誰に? 誰に似ているの?
私はよくわからない恐怖に怯える。
アルフさんがそっと私の前に手をだして、庇うような姿勢に。
「ルミナス嬢、君はよく似ている。我が友、エルランド・コードウェルに」
「え」
「エルランド・コードウェル。私が唯一右腕と呼んだ男。君のお祖父様だよ」
最後まで矍鑠とした祖父だった。
「ルミナス嬢、君は母君に容姿は似ているが、誇り高きコードウェルの血を引いている。君のあの戦う姿は、地上戦を得意としたライドエルの騎士の見本のようだ。エルランドそのものだ、もちろん母君も優秀な騎士だったようだが、君を見ていると思い出すよ、エルランドを」
ローグが優しく続ける。
「エルランドはな、あの時唯一連れていった部下だ。エルランドはすべて知っていて、私が口止めしていた。彼は最後まで秘密を守ってくれた。だからルミナス嬢」
一息つくローグ。
「エルランドの代わりにこの秘密を少しの間、守ってくれないだろうか?」
私があの日見た夢。
シスターと体が弱かった子、そして前世の私。いつもは牧師様や他の子もいたのに。あの日の夢にはいなかった。
ローグを半世紀ぶりに見たあの日に見た夢。
それは、これを示していたのだろうか?
貴女のせいじゃないのよ。
姉さん、もう、苦しまないで。
だから。
どうか。
幸せに。
声が聞こえた。
「ルミナス嬢?」
「はい、ローグ様」
私は答える。
「我が祖父、エルランド・コードウェルに代わり、この名誉を頂戴します」
その答えに、ローグは満足したように笑う。
「ありがとうルミナス嬢」
ローグは立ち上がる。
「すまないね、こんなところまで来てもらい、老人の願いを聞いてくれて」
「いいえ」
私は努めて冷静を装う。
「私は教会で、恩人に報告と祈りを捧げて帰る。馬車は君たちで使いなさい。まだ、春とはいえ、夜は冷えるからね。女性は体を冷やさぬ方がよかろう」
「感謝します。ローグ殿」
アルフさんが礼。私もならう。
馬車には、戻ったが、私は途中で歩けなくなる。
嬉しさ、安心、安堵、様々な感情を処理出来なくて。わなわな泣く私を、アルフさんが抱き上げてくれた。
御者は「ちょっと遠回りになります」と言って、ゆっくり、馬車を走らせてくれた。
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