再び決闘④
キンキンキラキラが情けない声を上げて転がる。本当に素人だよ。ただ、形だけ剣を持っただけ。
リチャード三世陛下が静かにキンキンキラキラ令嬢を見下ろし、片手をあげる。
「勝者。ルミナス・コードウェルッ」
割れんばかりの大歓声が闘技場を包む。
ああ、ほっとした。だけど、本当にたいしたことないやつだね。
「おめでとうございます、ルミナス様」
「ローズさん、ありがとうございます」
「もう、ルナちゃん、私達役に立てなかったじゃない」
「そうです」
リツさんとアーシャが、ちょっと不満そうだけど。
「感謝してますよ」
出場してくれたこと自体が。
「それに私がリツさん達を危険に晒すと思いました?」
「もう、ルナちゃんったら」
『勝者、ルミナス・コードウェルッ、圧倒的な力の差が明らかになりましたっ。ぶっちゃけ凄すぎますっ』
実況。
「あ、ルナさんっ」
突然アーシャが緊迫した声をあげる。
指した先にはキンキンキラキラ令嬢。なにかを投げ捨ててる。瓶だ、ポーションの瓶、3本ほど。まあ、『決闘』終わったから飲んでもいいのか。そうか、こいつアイテムボックスあるんだ。
だが、立ち上がったキンキンキラキラを見て、私の中で警戒音がなる。目付きが怪しすぎる。
「下がってっ」
私は指示を出す。ローズさんがリツさんとアーシャを後ろに下げる。リチャード三世陛下の前には護衛騎士が前に。
私は木製の剣を握り締める。
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁっ」
キンキンキラキラは、アイテムボックスから細身の剣を抜く。本物の剣だ。
こいつっ、国王陛下の前で抜刀しやがったっ。
【風魔法 身体強化 発動】
「お下がりくださいっ」
私は叫び、キンキンキラキラ令嬢に一太刀浴びせるが、先ほどとは比べ物にならないスピードで打ち返される。あのポーション、ドーピング剤か。そして向こうは真剣、おそらく魔法金属の含んだ剣だ。魔力がデタラメに流れているようだが、ただの木製の剣で太刀打ち出来ない。真っ二つに切り裂かれる木製の剣。
魔力もデタラメなら、動きもデタラメだ。身体強化された私は避ける。微かに剣先が私の頬をかすったが、ばっくり切れる。
悲鳴が上がる。
私は距離を置き、投げ捨てた盾を拾い上げる。
キンキンキラキラ令嬢の手に魔力が集まる。
私の後方では、何故かまだ避難していないリチャード三世陛下。嘘でしょ?
「死ねぇぇぇぇぇぇッ」
血走った目で、右手を突き出す。
まずいっ。
「シールドバッシュッ」
シールド展開した瞬間に、キンキンキラキラの手から炎が噴き出す。
息を奪うような熱量。
グレイキルスパイダーの装備がなければ、大火傷だ。むき出しの顔が髪が焼けるが構うもんか。あの時、赤髪エルフから受けたキズに比べたらっ。
リツさんとアーシャが悲鳴をあげる。
絶対に、リツさん達に、かすり傷一つ負わせないっ。
負けるもんかっ。
私は噴き出される炎の中を、盾を前にして突き破る。
【火魔法 身体強化 発動】
【火魔法 身体強化 発動】
一発、ぶん殴るっ。
魔力をギリギリまで絞り上げ、私は拳を握り締める。
凄まじい形相のキンキンキラキラ令嬢は、剣を振るが、刃の無い部分に盾を叩きつける。バランスをまとも取れないのか、大きく傾げる。
いろんな事が頭に浮かぶ。
マリ先輩の事、アルフさんの事、ダイダンの事、ジェイドさんの事、色んな事が頭に浮かぶ。そして、あの赤い鎧、例の大奥様の鎧だ。私が騎士の誉を横から盗っていった時の鎧。
私はもうルミナス・コードウェルだが、色んなものを込めて、拳を握り締める。
唸りを上げて、火魔法が宿った拳が、キンキンキラキラの顔面にめり込む。
メリメリメリメリッ
私の拳が食い込んでいく。
ゆっくり、食い込んでいく。
キンキンキラキラ顔が変形し、歯が吹き飛んでいく。
しっかり振り切った拳は、前歯以外の歯もへし折り、キンキンキラキラ令嬢を吹き飛んばす。
よし、歯、へし折ってやったっ。
「ウォーターボールッ」
ベシャ
頭から水がかかる。
痛いっ、顔が滲みるっ。
「ヒールッ」
リツさんの声。
痛む顔に暖かい光が包む。
歓声と悲鳴が上がるなか、リツさんのヒールが包む。
「退きなさい」
男性の声が響く。ローブ姿の高齢男性。
「光よ、女神の息吹を与えよ、戦士の傷を癒し、再び立ち上がらん」
光魔法の高位魔法。
「ハイ・ヒール」
光が私に降り注ぐ。
痛みが引く、でも、やっぱり、マリ先輩のヒールが温かい。
「ルナちゃん、大丈夫? ああ、傷が綺麗になったわ」
リツさんの心配そうな声。
痛みがほぼ消えている。
そっと触ると、いつもの顔だ。切り裂かれた頬も何も無かったようになっている。
「髪はまた伸びる、今は我慢しなさい」
からん
乾いた音と共に足元に落ちたのは、翼の髪止めだ。黒い髪と共に落ちている。私の髪だ。アルフさんからもらった髪止めだ。
慌てて髪止めをアーシャが拾う。
触ると、髪が残バラに短くなっている。
髪が、短くなっている。
なんだろう、なんだろう、なんだろう。
毎日、ローズさんの指導で手入れしていたのに、アルフさんが綺麗だと言ってくれたのに。
「ルナさん、髪は伸びます」
アーシャが言う。
かつて、逃げる為に髪を切り裂いたアーシャ。今は綺麗に伸びている。
「伸びますよ、ルナさん」
「…………そうだね」
私はゆっくりその言葉を飲み込む。
「ルミナス嬢」
リチャード三世陛下が、ゆっくり近づいてきた。
慌てて膝をつく。
キンキンキラキラは護衛騎士が縛り上げている。歯がだいぶ欠けて人相が変わっている。ふん、ざまあみろ。
「とんだ結果になったが、君が勝者だ。君と彼の婚約を祝福しよう」
リチャード三世陛下から祝福のお言葉頂きましたっ。
ちらりと、見上げるとアルフさんがマルコフさんとイスハーン殿下が両腕を押さえられている。え? クレイハート席ではマリ先輩がマーガレット様とシュタム様に押さえられている。
「きっとアルフさんはルナちゃんを助けようとして、マリちゃんはルナちゃんを治療しようとしたのね」
リツさんが小さく言う。
ああ、そうかあ。胸が暖かくなる。髪なんて、すぐ伸びる、なんて事ない。
そうだよ、そうだよ。
「その者を捕らえよッ、侯爵令嬢を傷つけたのだッ、捕らえよッ、首を跳ねよッ」
耳障りの甲高い声が響く。
主賓席で派手な出で立ちの高齢女性ががなりたてる。
誰? 主賓席だから、キンキンキラキラ令嬢の身内だろうけど、まさかあれが、ウヌスというナリキンヤ侯爵の大奥様?
「何をしているっ、直ぐに捕らえよと言っているのですっ、よくもビーナスを殴ったわねっ、男爵風情がっ、一人残らず斬首せよっ」
避難がましい視線が集まる。
「ナリキンヤ侯爵夫人、静まれ、これはウェルダンの『決闘』である。控えよ」
リチャード三世陛下は鋭い声を上げる。
「ナリキンヤ侯爵令嬢は私の前で真剣を抜き、魔法を使った、私の前でだ。ルミナス嬢はそのナリキンヤ侯爵令嬢から、私を守ったのだぞ」
リチャード三世陛下は、膝を突く私達の前に立ち、主賓席を見上げる。
視線の先には、ケバい高齢女性だ。
面影はない、あの時から半世紀だが、欠片も面影はない。
分厚い化粧をしてド派手な衣装、崩れきった顔。あれが、あの時の赤い鎧をきた少女とは思えない。
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