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閑話①

サーシャ

「お前に、この村は狭いかもしれんな」

 そう、父さんが呟いたのはいつだったか。

 村一番の狩人の父親、村唯一の薬師の母親、かわいい二人の妹。

 不満はない。朝起きて、畑の世話をして、狩りをして、薬草を探して、毎日それを繰り返す。当たり前の生活。

 疑問はなかった。

 だって、母さんは村でたった一人の銀狼だ。自分も銀狼。当たり前だ。母さんがそうだから。

 だから、疑問にならなかった。

 いつからか、父さんは狩りや解体を教えてくれなかった。いや、初めは丁寧に教えてくれし、分からないことがあれば、父さんは言葉が少ないが、分かるまで教えてくれた。

 そんなものだと、思っていた。

 あの日まで。

 ミーシャがウサギの肉が食べたいと言ったので、矢筒を背負って家を出た。角ウサギくらい狩れる。

 すると、数人の村の同年代の男児が取り囲んだ。

 たまにそれぞれの父親に、森で叱られているのを見たことある。

「なんだ?」

「いい気になるなよ」

「はあ?」

 何の事か分からず、サーシャは眉を寄せた。

「一人で狩りが出来るからって、いい気になるなよっ」

「はあ? お前らだって狩りをしているだろう?」

 サーシャの言葉に、男児達の顔色が変わる。

 後で分かったが、誰一人、自立を認められておらず、父親達に叱られる毎日だった。そして、言うのだ、サーシャはすぐに色々覚えたのに、と。

「いい気になるなよっ、お前は所詮よそ者だっ」

「はあ?」

 訳が分からない。

「お前はなっ、レイシャさんが連れてきた、誰が生んだか分からない子供なんだよっ、ナットさんはなっ、お前に仕方なく教えてだけなんだからっ」

 それは、まだ、成人もしていないサーシャには衝撃だった。

 真っ白になった頭で家に帰った。矢筒を背負ったまま、自分のベッドに座り込んだ。

 しばらくして、母さんでアーシャとミーシャが帰って来た。すぐに父さんも。

「お兄ちゃん、どうしたのー? ウサギは?」

 ミーシャが呆然としていた自分を見つけた。

 心配そうに、自分を見る父さん、母さん、アーシャ。

「俺は、誰なの?」

 歪んだ視界の中で、そう言って、それからどう言ったかわかない、たぶん、酷いこと言ったと思う。父さんにひっぱたかれた。母さんは泣いた。飛び出した自分を追いかけたアーシャとミーシャが、行かないでと泣いた。

 その日、村の大人が家を訪れた。あの男児達が親だった。だけど、サーシャは部屋に閉じこもり誰の声も届かなかった。

 それから、家族関係はギクシャクした。

 小さな村で、ひどい疎外感を覚えて、サーシャは誰とも狩りをしなくなった。獣人には珍しく光魔法を使えたサーシャを、誰もが誘ったが、誰の誘いにも乗らなかった。いつも一人で、狩りをした。必要以上の狩りはしない。それは狩人の鉄則のルールだ。

 サーシャはいつか村一番の狩人である父さんみたいになりたい。そんな思いは、霧散していた。あの時から。

 何年か経って、口を聞かなくなった父さんに、呼ばれた。

「何?」

「座れ」

 サーシャは久しぶりに父親と対面した。

「お前、アーシャと一緒になる気はないか?」

「はあ? アーシャは、妹だ、し、その」

 もうすぐアーシャは成人する。最近髪を綺麗に整えて、時折花を飾る。それがサーシャには、眩しく見える事がある。綺麗な花だ。そう、アーシャは、サーシャにとって、綺麗に花だ。

「血は繋がってない」

 はっきり、父さんの口から出たのは、初めてだった。言葉を飲み込むサーシャ。

「アーシャはもうすぐ成人する。だから、すぐに欲しいとよく、言われる」

 サーシャは息を飲む。

 村一番の美少女アーシャに、早くも父親のナットにそう言った申し込みが来ていた。

「薬師としてまだ自立していない内は誰にもやる気はない。だが、数年以内には、アーシャは自立する。そうなれば、誰かに」

 ナットは言葉を切る。

「アーシャはかわいい娘だ。だから、顔目当てのやつにやりたくない。お前なら、狩りも薬草採取も出来るからな」

 初めて、父さんからの、出来るの、言葉。

 なんだろう、腹の奥底から、暖かさがわきあがる。

「どうだ?」

 綺麗な花の、アーシャ。

 誰かに、触れさせたく、ない、絶対に。

「………アーシャが、いいなら、いい」

 それは、アーシャに伝わる。

「兄さんが、いいなら」

 と、答えた。

 家族間で、サーシャとアーシャの結婚が決まった。アーシャが、薬師として、自立してからだ。

 その前に、あの奴隷狩りだ。

 父さんはサーシャに、アーシャとミーシャを託した。母さんは最後まで抵抗して、サーシャ達を逃がそうとした。だけど、結局、捕まってしまった。

 あの時、自分も戦えたら、結果は違っただろうか? いや、あの後、よく考えたら、あの時点で、自分は役立たずだ。

 咄嗟に、アーシャの美しく伸ばした銀髪を、母さんが切り裂いた。サーシャは感づいた。だから、サーシャは咄嗟に泥をアーシャとミーシャの顔に塗った。

 麻痺毒で動けない村人に、キュアをかけて、必死だった。だけど、結局、捕まってしまった。

 最後まで抵抗したサーシャは、ひどく殴られた。気が付いた時には首に枷を嵌められていた。

 女性の悲鳴が聞こえた。

 村の女性達がひどい目に合っていたが、どうしてもやれなくて、悔しくて、自分が情けなくて。アーシャは髪を切り裂き、泥で汚され無事だった。ミーシャもだ、申し訳ないないが、ほっとした。

 それから、サーシャ達は洞窟に拘束された。途中で怪我をした村人にヒールをかけているのを、奴隷狩りに見つかり、再びひどく殴られた。

 殴られても、サーシャは反抗的な目をやめなかった。アーシャが、視界の中で、泣いていた。

 泥が、涙で、落ちてしまった。

 それが、目に留まらないわけない。

 引きずり出されて、アーシャの服が引き裂かれる。

「触るなッ」

 誰にも、触らせない。

 サーシャは殴られて、ぐらぐらしながら、飛びかかる。再び、殴られ、蹴られる。

 意識が飛びかけた時。

「助けてくれっ」

 フードを被った誰か駆け込んで来た。

 ミュートの騎士と交戦の言葉に、光が見えた。

 瞬く間に、奴隷狩りは黒い刃の錆となる。

 黒い刃の持ち主は、自分のマントをアーシャにかけてくれた。

 黒髪の少年だ。自分より年下の少年。

 小綺麗な顔立ちで、一目で上物の分かる鎧を纏った、奴隷紋の少年。

 本当に、助かったのだと思った。

 あの奴隷狩りの奴らと、全く違う。何より品がある。

 それから、あのハルバートの男だ。

 父さんを殺した男だ。

 一矢報いたい、だけど、何も出来なくて、結局自分は役立たずだ。あの黒髪奴隷少年が、壁まで吹き飛ばされた。見ただけで、まずい状況だ。悔しくて、悔しくて、悔しくて、情けなくて。

 明らかに、自分より、小柄の黒髪の少女。あとから飛び込んで片目の大男が、見事な槍捌きで、ハルバートの男は倒された。

 ああ、助かった、本当に助かった。

 心から、そう思った。

 黒髪奴隷少年は、黒髪少女にポーションを飲ませてもらって、顔色が良くなった。ああ、良かった。アーシャを助けてもらったのに、礼の一つ言えなかったからだ。

「アーサー」

 底冷えのする声。

 見上げると、赤い片目の大男が、見下ろしていた。

 穏やかな顔立ちの片目の大男は、その赤い目に、いいようのない威圧感を感じた。

 アーサー。奴隷少年の名前か。

 さっきまで、槍を振り回していた姿が嘘のように怯えていた。父親にこっぴどく叱られる前の子供だ。

「あ、ごめんなさい、ごめんなさい」

 ガタガタ震えるアーサー。ミーシャがアーサーを庇い、片目の大男は、息をついて、離れて言った。

 肩を震わせて、子供のように泣くアーサーに、サーシャは考えて言葉を出す。

「妹を助けてくれてありがとう」

 これが、俺達兄妹の運命のわかり道だった。

読んでいただきありがとうございます

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