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決闘④

ナリキンヤ

「皆様、お手数をおかけしました。コードウェル様。重ね重ね申し訳ありません」

 医務室で、治療を終えた色ちがいサーシャ、ジェヤード様が、深く謝罪してくる。傷は急所を外しいたけど、かなり出血していた。顔色悪いのに、深く謝罪。悲鳴をあげた女性と一緒に。この女性はジェヤード様の専属のメイドさん。マリ先輩とローズさんみたいな関係ね。

 少し離れた場所で、サーシャは無表情で、こちらを見ている。バーンがチラチラ見てるけど、黙ったままだ。

 お母様とエリック、ジェシカは先にウェルダンの屋敷に戻ってもらう。私も帰るように言われたが、どうしても聞きたいことがあった。アーサー達も一緒に帰ってもらう。

 しかし、このジェヤード様、本当にサーシャそっくりだ。

「あの、ジェヤード様。お伺いしたいことがあります」

 そっくりな理由はさておき、私は疑問をジェヤード様に聞いてみる。

「はい、ルミナス嬢。私で答えられることでしたら」

「あの子息に何かあったのですか? 学園にいたときは、もっと誠実な方でしたよ」

 そう。

 武術大会の後で、私は冤罪をかけられた。だけどマリ先輩と彼だけは私は無実だと、豪語した。

「この女はそんな事はしない。拳を交えた私にはわかる。この女は、抵抗できない、力の弱いものに暴力は振るわない。そんな事をするのは、おろかな卑怯ものだ」

 そう言ってのけた。

 その冤罪はすぐに晴れたけどね。

 私はその時の子息の姿を覚えている。獣人特有で、結構ウェルカムな種族。去る者は追わず来る者は拒まず。だけど、群れ、仲間に入れたものはなにがなんでも守る。私はその子息の傘下認定されていたのだろう。一回、試合しただけなんだけど。

 あの時は、それが嬉しかった。疑惑の視線が集まる中で、怯みもしない子息を尊敬もしたのに。

 あの私に迫る形相が、かつての面影の欠片もない。何かあったのではないか、そう思わざるを得ない。

 ジェヤード様は、視線を落とす。

「確かに、ダイダン様は、元々誠実な方です。少し頑固な所もありましたが、他者を思いやる事のできる、優しい方です」

 そこまで言って、ジェヤード様は口を閉じる。

 中々話出そうとしないジェヤード様に、治療したウェルダンのヒーラーが囁く。

「この部屋のみ、防音処理されています」

 そう言って、血に染まったシャツを手にする。

「10分後に戻ります」

 ヒーラーは退室。

 見送って、ジェヤード様がやっと口を開く。

 元々ジェヤード様は、バインヘルツの騎士。家の都合でナービット伯爵子息がライドエルに留学するために、騎士をやめさせられたと。いやいや護衛兼従者として着いたが、ダイダンは誠実な人柄だったので、仕事にやりがいを覚えだした頃に、あの私との試合。

「ダイダン様は、当初はルミナス嬢をそれは褒め称えていました。女の身で、あそこまで戦えるのはそういない。我が騎士隊にスカウトしたい。父上に書状を書こうか? いや、家族がライドエルなら離れたくないやもしれん、と」

 それがどうしてああなった?

 ジェヤード様は息を吐き出す。

 そこに治療を終えたリツさん、マリ先輩達がそっと合流。

「私の家の相続問題点があり、一旦帰国したのですが、帰って来たら、ダイダン様は変わっていました」

「その理由は?」

 お父様が聞く。

「ナリキンヤ侯爵令嬢かと」

 ジェヤード様な苦々しく吐き出す。

 マリ先輩の眉間に、小さな皺。似合いません。

「元々、ダイダン様に何度か接触しようとされましたが、私がお止めしていました。ダイダン様は婚約者がいる身で、関係のない婦女子と二人っきりでは会えないと」

 うん、爵位のある、婚約者のいる男性の正しい反応。

「それが何度か繰り返すうちに、今後は私を丸め込もうとしてきて」

 ジェヤード様の顔に僅かに浮かぶ嫌悪の表情。

 ローズさんの話で聞いていた。ジェイムズ様以外にも親しくしようとしていたと。

 そんなある日、ジェヤード様の帰国命令。心配だったが、当のダイダン様が背中を押してくれたと。

「私は大丈夫だ。あの化粧臭い女とは合わん。それよりジェヤードの父上が危篤なら、すぐに戻らなくては。私大丈夫、大丈夫だ」

 そう言って、ジェヤード様を送り出してくれたと。

「で、2ヶ月後に帰って来たら、ああなっていました」

 残っていたナービットの使用人に聞くと、ナリキンヤ侯爵令嬢が、部屋に乗り込んで来たと。

 え? 男子寮よね? しかも上位貴族用で、出入りはかなり厳しいのに? 異性が入れるのは兄弟のみで、熱とかで病気の時にお見舞いくらいだ。それも寮監付き。

 ナリキンヤ侯爵令嬢はどうやってかは分からないが、寮監も着かずに、夜にダイダンの部屋に来たと。で、ナービット伯爵の使用人達を寮から追い出して、出てきたのは明け方。

 ええ、まさかあ。

 私もジェヤード様と同様に、嫌悪が沸き上がる。

 しかも、一回ではないと。

 ジェイムズ様の婚約者候補のくせに、関係ない男の部屋に一晩過ごすって、意味分かってないの? 何もありませんでした、なんて、通じないよ。

「何かあったのでしょう。ダイダン様は人が変わってしまい。クレイハートの取り巻きのあの女に、子供を産ませる。それが出来れば、私はバインヘルツの王の父親になるのだ、と。もう限界です。このような事になってしまいました。ナービットの騎士もドーピング薬で死んだのですから」

 ドーピングに関しては、ジェヤード様も感知していないようだ。なんでも学園で事務処理してこちらに到着したのは昨晩。ナービットの騎士達とは、接触すらしていないと。獣人は種族性で身体能力が高い上に、解毒能力も高いことがある。たが、みんながみんな、解毒能力があるわけがない。亡くなった騎士には、大した解毒能力はなかったそうだ。元々がかなり強く悪質なドーピングで、助かった騎士達も、大なり小なり障害が出ると。

 だけど、いつ、持ち込んだ?

『決闘』の出場者は、前日から他からの接触を禁止されて、闘技場に詰める。外からは誰も入れないはず。

「それに関しては、ウェルダンの大奥様がお調べになっているはず。すぐに判明しましょう」

 うん、おばあ様なら、容赦しないだろう。

「ジェヤード様、これからどうされます?」

 お父様が聞く。

「ダイダン様や今回の件を、ナービット伯爵にお伝えします。すべて。それが、私の最後の仕事ですから」

「最後?」

「はい。元々、ダイダン様が留学している間だけの約束でしたから。これが済めば、私は騎士に復帰します。元の隊の上司が復帰できるように取り計らってくるていますので」

 へえ。そうなんだ。

 あら、隣のメイドさんの顔色悪いけど。

 そこにシャツを持ったヒーラーが、戻って来る。

「皆様、本当にご迷惑をおかけしました。コードウェル様、ナービット伯爵から正式に謝罪が来るはずですので」

 ジェヤード様はシャツを着る。うん、ちらっと見えたけど引き締まった体ね。

 何か言いたそうなメイドさんを連れて、ジェヤード様が医務室を出ていく。

「君は確か、サーシャ君だっかな」

 無表情に成り行きを見守っていたサーシャに、ジェヤード様が声をかける。

「はい」

 感情の込めらない声で答えるサーシャ。

「不思議だね。ここまで自分に似ている者がいるとは」

 うん、そっくりだもんね。髪の色が違うのと、ジェヤード様の耳、片方小さく欠けているからね。

「でも」

 サーシャが口を開く。

「他人です」

 明らかに拒絶を含んだ言葉。

「…………そうだね。私には兄以外の男兄弟は存在しないはずだから。失礼、サーシャ君。会えて良かったよ」

 そう言って、寂しそうに笑ったジェヤード様は医務室を出ていった。

 ドアを閉まる直前、サーシャはドアに自分の足先を入て挟む。

 耳、ピクピク。

「サーシャ君?」

 バーンが聞こうとすると、一斉に、しー、と人差し指を口に。さ、と口を自分の手で押さえるバーン。

 ピクピク、ピクウッ、ピクピク。

 しばらく、ピクピクして、サーシャの壁に寄りかかる。

 サーシャは少し沈黙して、重く口を開ける。

「リツ、さん」

「どうしたのサーシャ君?」

 数秒間、サーシャはぎり、と唇を噛む。

「あの、人が」

「あの人って、ジェヤードさんの事?」

「あの人、殺される。帰国途中で暗殺される。それを分かってて、あの人帰国する。あのメイドが、誰かに助けを求めようって言ってたけど。あの人は、これがけじめだからって」

「そう。サーシャ君はどうしたいの?」

「俺は、俺は」

 サーシャが動揺しながら、言葉を紡ぐ。

「見捨てられない。あの人も、あのメイドも。あのメイド、妊娠してる。あの、ジェヤードって人の子供を」

「分かったわ」

 男前リツさん即断。

「すぐに作戦を練るわよ。さあ、アーサー君達と合流よ」 

読んでいただきありがとうございます

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