帰国②
一人
「それは、どういう事ですか?」
その獣人はバインヘルツで、かなり高位の伯爵だと。その伯爵、ビーナット伯爵家に、王位継承権でもあるのかな? え、公爵とか侯爵いないの? あれ、なんか大変な事になるんじゃない?
「そのビーナット伯爵子息はね、第8王女の婚約者なんだ。王女自身にも王位継承権があるが、19番目だから、ほぼ王位に就く可能性はない。第1、2王子にはそれぞれ男児をもうけているからね。だけど、もし、ルミナス嬢が生んだ子が、子息を王の父親にするということは。つまり、反乱が起きるってことだよ」
「私が生んだ子が、先頭に立つ、ということですか?」
話を聞いて血の気が引く。前世で言われた、私の生んだ子を肉盾にすると。ああ、身の毛がよだつ。
寒くもないのに、私は腕をさする。
「今のバインヘルツの国王は、穏やかな人物で、第1王子に王位を譲り、第2以下の子供達には、新王を支えていくようにと、常日頃から公言してるからね。内乱なんて起きたら、傷つくのは、力のない民だからね。だから、兄弟で国をもり立てていくようにと、と言う考えの方だから、話を聞いてにわかに信じがたいのだけどね」
「そうですか…………」
「でも、問題はない。あのアルフレッドと言う彼は相当強いのだろう? マダルバカラのバーミリオン様が直属の騎士に、と言われる程だし」
「はい、伯爵様」
さすっていた手を、下ろして答える。
「あのお父様、その子息はナリキンヤの令嬢に唆されていたとして、回りは誰も止めないのですか? 第8とはいえ王女と婚約しているのに」
マリ先輩がカップを置きながら聞く。
「一人ね、子息の尻拭いというか、抑止力みたいな従者はいるけど、全く聞く耳を持たないんだ。見ていて気の毒だよ。あちこち謝罪して回っているみたいで。コードウェル男爵家にも、彼が謝罪に行ったはずだよ」
大変だなあ、その人。
「そうだ、ルミナス嬢。『決闘』にはアルフレッドさん以外は誰が? 差し出がましいかと思うが、うちから誰か」
ピィピィッ
メエメエ~
ぎょっとして見ると、窓の外。庭からショウとノゾミが覗き込んでいる。
さすがの伯爵夫妻もびっくり。ローズさんのお母さんも驚いているだろうけど、無表情。ただ、額に汗が浮かんでる。
「あらあら、紹介が遅くなりましたわ。お父様、お母様、私の従魔のショウとノゾミです」
マリ先輩が窓を開けると、とことこ入って来る。
え、大丈夫?
ショウとノゾミはまっすぐマリ先輩のお母様の元に。
「メエメエ~」
ノゾミは可愛く鳴いて、お膝に顎を乗せ、ショウはきれいに伏せて待つ。
「まあ、なんて賢く可愛いの」
マリ先輩のお母様、マーガレット様はきれいな笑顔で撫で撫で。十分撫でてもらってからフレデリック様にご挨拶。うーん、力関係?
「お父様、クレイハートからショウはダメでしょうか?」
「え、この子? ちょっと問題ありすぎだよ」
ですよね。
「確か五人で、アルフレッドさんと後は誰だい?」
「一緒に来てくれたAランクの冒険者マルコフさんです。後はマダルバカラから騎士が一人。バーミリアン様からおばあ様に書簡が行っているはずですので。後はパーティーメンバーのアレクサンドルです」
残り一人。
「そうか、なら、クレイハートの出る幕はないね。ウェルダンからも出すだろうし」
「ピィッピィッ」
「メエメエ~」
「えーっと、君たちは厳しいかなあ」
「ピィッピィッ」
「メエメエ~」
必死に訴えるショウとノゾミ。
気持ちだけでいいよ。本当に。問題になれば、クレイハートが大変だからね。
それからいろいろ話して、お開きになる。
夕食は失礼のないような格好で行く。男性陣は、辺境伯様と面会した時に作成したスーツが大活躍だった。
伯爵様は、どうぞ気兼ねなくって言ってたけど、みんなガチガチに緊張してた。
次の日。
総出でお見送りしてくれた。
「緊張して、あんまり、寝れなかった…………」
バーンがぽつり。『ハーベの光』は午前中うとうとしてた。
首都で一応冒険者ギルドに寄り移動報告。トウラから連絡が来ていたので、問題なく終了。
いよいよコードウェル領に向かって移動開始。
4日後、到着した。
2年ぶりのコードウェルの家。着くまでにざわざわされたけど、私は緊張して馬車の中で引っ込んでいた。
他の家より少し大きなだけの、古い平屋の家は変わらない。クレイハートの厩舎くらいの感じかも。
「ルナちゃん、大丈夫?」
リツさんが優しく声をかけてくれる。
私は息を吸う。
腹を括れ、私。ここで止まってもどうしようもないんだから。
私は袖がふわっとした白のブラウスに、紺色のスカート。髪はローズさんがきれいにしてくれた。アルフさんからもらった髪止めで止める。
「はい、大丈夫です」
私は立ち上がり、馬車を降りる。
御者台のアルフさんとマリ先輩が心配そうに見ているけど、大丈夫と頷く。
覚悟を決めろルミナス・コードウェル。平手打ちくらい、10発くらい受けろ、バカ脳筋。
ゆっくり、玄関に向かうと、キイ、と開く。
あ、お父様。
鈍い色の金髪に、私と同じ青い目。
なんだか、いろいろな感情が沸き上がる。
何故だろう、涙が浮かびそう。
抱き付きたい、逃げたい。どうしよう。どうしよう。どうしよう。
いかん、しっかりしろバカ脳筋。
私はスカートを摘まみ、膝を引く。
「ルミナス、ただいま戻りました」
声、震えていないかな?
恐る恐る顔を上げると、そこには、両手を広げたお父様。
「お帰り、我が娘ルミナス」
私は一気に涙腺が崩壊して、一直線に広げられた腕に飛び込んだ。
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