閑話
ファーストコンタクト?
「ルミナス様は、どうやってマリ様とお知り合いに?」
ローズさんが薬草を探しているときに聞いてきた。そうだよね、超が付く大富豪のクレイハート伯爵令嬢に、貧乏男爵令嬢の接点なんてわからないよね。
「ああ、それはね」
ライドエル国立学園。
歴史は古く、大部分は貴族の子供が通うが、もちろん平民もいる。それも、金持ちか優秀か。どちらかだ。
ただ、国立だが、学費がそこそこかかる。私は初等教育だけで十分だった。エリックやジェシカもいずれ通うなら、読み書きさえできれば私は別に通わなくても良かったのだが。両親は無理して入学させてくれた。その時、いずれ家を出る決意を固めていた私は、何とか一人で生きていける為に、ありとあらゆるスキルを得ようとしていた。
学園で通常の授業の後に、戦闘スキルの講座が定期的に行われ、私はせっせと通った。無料でしたから。主に槍、弓、体術。剣術はすでに取得していたがその他の戦闘スキルはここでほとんど取得した。
その講座に向かう途中で、マリ先輩が他の女学生達に囲まれていた。何やら言い争っていたが、内容はわからなかった。ただ、マリ先輩は一人で困った顔をしていた。
「いい気にならないことね」
派手な髪型の金髪女学生は、マリ先輩が腕に抱えていた何かを掴んで外に投げ放った。
あわててマリ先輩が窓に張り付く。ここは三階。女学生達は満足したように去って行った。感じ悪い。
私は関わりたくなく、道を開けた。
金髪を先頭に階段を降りていくのを確認し、私は何となく、マリ先輩の方に視線を動かすと、あわてて駆け寄った。
なんと、窓枠に足をかけていたのだ、ここは三階。落ちたらケガでは済まない。
「危ないですよ」
「でも、大切なものが」
その時のマリ先輩はちょっと泣きそうだった。それでも、可愛い人だなと思った。柔らかそうな茶色の髪、クリッとした茶色の目。顔のパーツも整い、とても可愛い人だと思った。どうやら投げ放たれたものは、窓の外の木に引っ掛かっているようだ。手を伸ばしても届く距離ではなく、下から登ろうにも猿でもなければ無理。
どうするか? ホウキでも借りて来るか?
ちらっと、マリ先輩を見る。うん、可愛い。よし、この人、悪い人じゃない。
「あの、木の下にいてもらえます? 私に考えがあります」
「え?」
「いいから、急いで」
私はマリ先輩を急かした。今、思えばとんでもないことだよね。ライドエル有数の資産を持つ令嬢を急かすなんて。マリ先輩はこちらを気にしながら階段を降りていく。しばらくして、木の下にマリ先輩の姿を確認。
よし。
【風魔法 身体強化 発動】
「おい、そこの邪魔だ。ハルドリィ様がお通りだ」
無視。
私は廊下を駆け、勢いよく窓枠に足をかけ、外に飛び出す。
「「「わああああああぁ」」」
男子学生の悲鳴。
私は顔の前で腕を交差させ、木の枝の中に突っ込んだ。
あたたたた。
枝があちこち引っ掛かる。
「おっと」
私は何とか大きな枝に、しがみつき、体制を整える。
あ、そういえば、何を投げられたか聞いてなかった。
枝の下では、マリ先輩が心配そうに見上げてる。何を投げられたか聞こうとすると、視界の端で白い布をとらえた。
これかな? 枝を揺すると、お、落ちそう。
「落としますよ」
「あ、はーい」
ゆさゆさ、お、落ちた。
下でマリ先輩はわたわたと落ちてきた白い布をキャッチ。
「合ってますか?」
「ありがとう、ありがとう」
マリ先輩は嬉しそうに言う。私はその時、マリ先輩のことを知らなかった。来ていたドレスはどちらかと言うと地味だったし、こんなに猿みたいに飛ぶ人物にお礼を言うなら、自分みたいに平民に近い貴族かなって思っていた。何せ、その大事そうな白い布が少しくたびれていたから。とてもお金持ちとは思えなかった。
「貴方は大丈夫? 梯子、借りてくるから」
「大丈夫です。ちょっと離れてください」
【風魔法 浮遊 発動】
当時私の風魔法スキルはやっと10になったばかり。体を浮かせるだけのことはできなくても、これを使えば落下速度を抑えられるはず。
体に風が巻き付くのを確認。私は枝にぶら下がり、そのまま降りる。
「「「ああああぁぁぁぁ」」」
三階の窓から見ていた男子学生が再び悲鳴。うるさいなあ。
「よっと」
地面に無事着地。う、やっぱり衝撃が足に伝わる。
さすがのマリ先輩も驚いたように目を見開いていたが、すぐ駆け寄ってくる。
「大変、ケガしてる」
「ん? ああ、枝ですね。かすり傷ですよ」
まあ、突っ込んだしね。
「ちょっと待ってね。ヒール」
ヒリヒリしていたキズが、ふわっと温かくなる。
「大丈夫ですよ」
「気にしないで、私のヒールはレベル低いからきれいに治らなくてごめんなさい。私、マリーフレア・クレイハート。本当にありがとう」
笑顔で名前を名乗ったマリ先輩。そこでも、ぴんと来なかった私。
「ルミナス・コードウェルです」
立位で騎士の礼をすると、マリ先輩は少し驚いていた。
「まるで本当の騎士様みたいね」
前世の記憶ですよ、なんて言えないから私は笑って誤魔化す。
「私、これから槍術の講座なので失礼します」
「そうなの? ごめんなさい足止めさせてしまって」
「いいえ、お気になさらないでください」
申し訳なさそうに言うマリ先輩。その姿に私は親しみを持てた。
うん、いいことした。それではと、再度礼をして、私は走って槍術講座に向かった。
それからしばらくして、槍術講座の帰りににこにこしたマリ先輩が私を待っていた。かわいいから、すぐに思い出した。立ち話もなんなので、近くのベンチに腰掛けた。
「この間は本当にありがとう、これ、良かったら」
差し出されたのは、可愛いピンクの袋。甘い、いい匂いがする。
「そんなお気になさらないでください」
そう言いながら、袋に釘付け。絶対お菓子だ。
建前上、ちょっと遠慮したけど、受け取った。
「開けてもいいですか?」
「どうぞ」
赤のリボンを解くと小麦色のクッキーが入っていた。やっぱりお菓子だ。
「頂いても?」
「どうぞどうぞ」
一つ摘まんて、口に入れる。
サクッ
「甘い、サクサクしてる、あ、ナッツ入ってる、美味しい。こんなに美味しいクッキー初めて食べる」
マリ先輩はそんな私を見て嬉しそうだ。
もう一枚。あ、ダメ。
「あの、このクッキー、持って帰っても?」
「ええ、いいけど、どうして?」
「弟と妹に食べさせたくて。うちは恥ずかしながらこういった甘い物は手に入らないので」
そう、甘いお菓子は、高級品。
「そうだったの? もっとたくさん持ってくれば、良かったね」
「いいえ、これで十分です」
とんでもない、本当にこれだけで十分です。
私はマリ先輩にお礼を言って別れた。
ライドエル国立学園もほとんどの学生は寮生活。私もそうだった。そして明日から連休でコードウェル家に戻る予定で、私は大事にクッキーを荷物に入れた。
クッキーはもちろん大好評。
それから何度かマリ先輩から話しかけられた。とても気さくで、親しみやすく、つい私も「ルナと呼んでください」なんて言ってしまった。
クレイハート伯爵令嬢だと知ったのは随分後だ。話したこともないクラスメートが「どうやってクレイハート伯爵令嬢に近づいたの?」と聞いてきたため、その時やっと気がついた。
あの飛ぶ鳥を落とす勢いのクレイハート伯爵のご令嬢だ。態度を改めようか、どうしようか迷ったが、もう随分親しくしてたし、今さらな感じがしたのでとにかく失礼のないように心がけた
「まあ、だいぶ、マリ先輩のお菓子頂いた後でもあったし、私と話している時、マリ先輩いつも笑顔でしたから。そのままって感じです」
「なるほど、ハンカチ一枚でそんなことが」
「ハンカチ?」
私はローズさんの言葉を聞き返す。
「白い布と、仰っていましたよね」
「ええ、でも、ハンカチじゃないですよ。巾着です」
「巾着?」
「そうです。薔薇の刺繍がされた巾着です」
「薔薇の刺繍、そうですか」
それを聞き、ローズさんが珍しく笑みを浮かべる。
あ、もしかして。
「それ、ローズさんの手作りだったりします?」
「…そうです。まだ、持っていてくれたんですね」
きっとローズさんがマリ先輩にプレゼントしたんだろう。大切にしてくれてる、と思うと嬉しいよね。
ローズさんは静かに嬉しさを醸し出しながら、薬草を詰む。私もローズさんと並んで、薬草を摘む。すぐ近くでリツさんと楽しそうに薬草を探しているマリ先輩を、私とローズさんは温かい気持ちで見守った。