アルフレッド⑨
貴女は、美しい
「キィキィッ」
「がうがう」
「お前らいい加減にしろ、帰るぞ」
呆れた顔のバーミリアン殿下。
マリ先輩にしがみつく赤毛の猿と、足にぴったり寄り添うサイ。並べられた焼き菓子がなくなり、私達の話の途中から、マリ先輩のおねだりしていた。
………………高位精霊よね? ショウとノゾミがそわそわしてる。主人のマリ先輩取られるって、思っているのかな。
マリ先輩優しいから、せっせと餌付け、違う、クッキーやらマドレーヌやらあげてた。
バーミリアン殿下が首根っこ掴むも、テコでも動かない猿とサイ。
「まあ、どうしましょう」
マリ先輩が嬉しそうな困った顔。かわいいなあ。
結局、たくさんクッキーやマドレーヌ、パウンドケーキ、マフィンを詰めた箱を渡してる。箱に釣られて猿とサイも移動。うわあ、胃袋掴まれてる。分かるけどさ。
「本当に申し訳ない」
「いいえ殿下、お気になさらないでください」
マリ先輩が綺麗な笑みで返答。
箱に入ろうとする猿を防ぎながら、バーミリアン殿下は改まったように話す。
「皆さん、今回の件、本当に感謝します。おかげで多くの民が救われました。アルフの事で、ご迷惑をお掛けする。申し訳ない」
バーミリアン殿下からの言葉に、私達は慌てて礼の姿勢を取る。
「いずれ、ここの拠点とする場所が必要となるはず。それはこちらが準備しよう。復興作業を終えてからになるが、よろしいか?」
「ありがとうございます殿下」
リツさんが返答。
「アルフ」
「はい」
「ここはお前のふるさとだ。エディオール達の墓もある。兄弟子達もおる。気にせずいつでも帰って来い」
「はい、殿下、ありがとうございます」
「最後に、今は渡せないがダンジョンアタックを開始した時に渡そう。20階まで移動できるワープストーンだ」
え、そんなのあるの? 地竜の咆哮のワープストーンって、とんでもなく高価な気がするけど。
「よろしいのですか?」
リツさんもちょっと心配な顔。
「構わんさ、それくらい」
太っ腹。
バーミリアン殿下は、護衛も付けずに来たのか、1人で帰って行った。まあ、レベル200越えで、高位精霊2体もいるし。大丈夫かな。
次の日。帰国の日を迎えた。
ガガンさんとザザンさん一家が見送りに来てくれた。ガードナーが小さくごめんなさい、と私に言ってきた。私も気にしてないって答えた。
「アルフ、いつでも帰って来い」
「そうだ、ここはお前のふるさと。いつでも待っとる」
「ありがとう兄貴」
私はアニタさんとハンナさんからがっちり包容されて、小さく注意事項が伝えられる。
「いい、ルナさん、気をつけてね」
「アルフもドワーフだけど、男だから、くれぐれも注意して」
「…………はい、お義姉様」
私は真っ赤になる。
その後ろでアーサーがそわそわしている。
なんでもワイバーン騒ぎで盾とロングソードを貸したまま、返ってこないと。
「あの騒ぎだからな。今は復興作業で忙しいから忘れとるんだ。アーサー、心配するな、新しいの作ってやる」
「すみませんアルフさん、アルフさんが作ってくれたのに、こんな事になって」
しゅん、としているアーサー。
そこにエルフの騎士がやって来る。お見送りに来たわけではない。あれだ、リーフをバカにしたのが来た。
「おい、そこの奴隷」
「自分ですか?」
「お前、支援が使えるな。なら、奴隷にしておくのは勿体ない。上に掛け合って我々の予備騎士として迎えてやってもいい」
うわあ、いらっとする言い方。
トウラの騎士団は、正式に迎えようとしてくれたけど、こいつら予備かい。
「嫌です」
すっぱり断るアーサー。よく言ったッ。
エルフの騎士が眉を吊り上げる。
「無礼な、我らの誘いを断るのかッ」
さあ、と見守っていた人から冷ややかな視線。
「それはそちらではありません? まず、主人である私に話を通すべきでは?」
さっと出てきたリツさん。ショウが後ろに立って翼を広げる。
う、と下がるエルフの騎士。私とアルフさんも立つ。
「なら、正式にその奴隷を買い取る、いくらだ?」
「買い取る? まあ、払えます? アーサー君は500億ですよ」
桁っ、桁増えてるっ。
見守っていた人たち、噴き出してる。
「ふ、ふざけるなッ」
「値引きは致しません」
ふふふ、とリツさん。
カッコいいリツさん。
「私はアーサー君を手放すつもりはありません、もし、彼が望むならそうしますけど。アーサー君、この人に着いていきたい?」
「絶対に嫌です」
「だ、そうです。お引き取りください」
「ふざけるなッ」
手を出そうとした、エルフの騎士の腕を掴むアルフさん。私は2代目に手をかけ、アーサーも籠手から薙刀を出して、リツさんを守るために私と並ぶ。鎧リンゴを握り潰すアルフさんに掴まれて、エルフの騎士は悲鳴を上げる。アルフさんは突き飛ばす。
「いくら友好国とはいえ、無礼にも程がある。これ以上言うなら、手加減せんぞ」
「くっ………」
そこにあの謝ってきたエルフの騎士が駆けつける。
「やめてください隊長。すみません皆さん。すみません。さあ、帰りましょう」
平謝りのエルフの騎士。隊長と呼ばれた騎士は、ふん、と腕を払いずかずかと去っていく。
「本当に申し訳ありません」
もう一度謝罪して、去っていく部下のエルフ。大変だあ。
去っていくエルフ達とすれ違うように、1人のドワーフ男性が駆け寄って来る。
「あ」
アーサーが思わず、といった声を上げる。
見送りに来てくれたドワーフの皆さんが慌てて礼の姿勢。
え、誰?
「アーサー、良かった間に合ったッ」
息を切らせて布に包んだ物を差し出す。
「ありがとうございます、わざわざ」
心底安心したようなアーサー。
「いいや、遅くなってしまって」
知り合いだろうけど、誰? アーサーの盾とロングソードを貸した人物だろうけど。
「バーミリアン殿下のご長男イスハーン殿下だ」
アルフさんが教えてくれる。なるほど。私も礼の姿勢。義理堅い人だ、わざわざ届けてくれた、しかも自分の足でここまで来たんだ。アーサーが奴隷だと知っていても、きちんとお礼いってる。あのエルフと雲泥の差。
「それで、その、このハンカチの女性を…………」
なんか急にもじもじし始めた。
「あ、ローズさんですね。ローズさん」
アーサーが呼ぶと、戸惑いながら、ローズさんが出てきた。
更におろおろし始めるドワーフ男性。
綺麗にカーテシーをするローズさん。
「これを、借りたままで、その」
「まあ、わざわざありがとうございます」
「それと。これを、マダルジャスミンだ」
ハンカチと共に小さな袋を差し出す。おろおろ、おどおど。
「マダルジャスミンは、その、疲れが取れる。肌にも、いい」
差し出された白いハンカチと袋を受け取るローズさん。
ローズさんは綺麗にされたハンカチと袋を見て、笑みを浮かべる。
その笑みに恍惚としたバーミリアン殿下ご長男イスハーン殿下。
「貴女は、美しい」
ぽつり。
「貴女は、美しい。その緑の瞳も、伸びた姿勢も、戦う姿も、誰かを助けようとする姿も、全て」
? ? ?
え、ローズさん、まさか口説かれている?
「きっと、貴女の美しさは、消え失せず、輝き続けるだろう。私はその輝きをずっとずっと見ていたい」
口説かれてるッ。ローズさんが、バーミリアン殿下の息子にッ。え、王子様よね? え、いいの?
当のローズさんは、赤くなり、混乱している。
周りの人達は凄い形相。アルフさんまで珍獣見るような顔だ。
「ずっと、見ていたい………あ、し、失礼したッ」
は、となるイスハーン殿下。
脱兎の如く踵を返して、走り去り。
ゴスウッ
転けてる。まるで全力疾走した子供の転び方だ。
起き上がるイスハーン殿下。走りだし、再びゴスウッ。ゴスウッ、ゴスウッ。
え、何回転ぶの?
姿が見えなくなり、人々がざわめく。
「あのイスハーン殿下がっ」
「戦闘バカがっ」
「コミュ症のイスハーン殿下がッ」
「明日は気温が上がるぞッ」
「雨よッ」
ひどい言われよう。王子様よね?
「「「「バーミリアン殿下にご報告をッ」」」」
わいわい、ざわざわ。
「あのイスハーン殿下がなあ」
アルフさんまで感慨深い顔。
「とても情熱的じゃない。ねえ、ローズ?」
「か、からかわないでくださいマリ様」
動揺しているローズさん、始めてみた。
そんなこんなで、10日の滞在を終えて、私達はトウラに戻るために、馬車に乗り込んだ。
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