アルフレッド⑧
背を伸ばせ
どういうことだろう?
「エディオールの手紙はな、時間が経ち、結露のせいであちこち読めなかった。宛先も分からんかったが、おそらく私宛だと思うがなあ。父が自分宛だと、信じて疑わず。こんなとき、我が種族の頑固さが恨めしい」
バーミリアン殿下、ため息。
「手紙は父が手放さないから、持って来れなかった。内容はこうだ」
自身が王宮鍛治師だったころの感謝の言葉。そして残される弟子達のことだ。ガガンさんとザザンさんは受け入れ先はあるが、やはり、アルフさんの事が心残りだった。
「アルフ。お前には類い稀な才能がある。いずれ、自分を越す才能がある。ただ、お前には欲がない。それは、お前に遠慮がある。責任もないのに、片目と母親を奪った父親に似ているだけで、酷評されたな。幼い頃からだ。それのせいで、どこかで遠慮し、欲を出さない。だから、アルフに自由に槌をふるうこと出来る環境を与えてもらえないかと」
バーミリアン殿下はお茶を一口。
「お前には工房経営は向かん、しかし、よその工房でがんじがらめでは、それに従うだろう。波風を恐れて。兄弟子達に迷惑をかけまいと」
すう、と視線を落とすアルフさん。
「ならば、私は、お前にそのように環境を与えてもいいと思ったが、そううまくいかなかった。あの手紙はすでに複数の者が見ていた。あの神匠エディオールが、己を越すと言わせたお前を、引き入れろと、な。父上まで、そう言う始末。なんと勝手なことを、お前がマダルバカラを出ざるを得なかった時に、見て見ぬふりをしていたのにな」
私はそっと、アルフさんを見上げる。アルフさんは少し表情が消えている。
「あまりにも勝手すぎる。だから、せめてお前の件については、私が対応すると父上に進言した。お前には、私は負い目があるからな。嫌がるお前を、地竜の咆哮に駆り出して、罠に巻き込まれた。それで重度のスランプだ。あの時は本当に申し訳ないと思っている」
「勿体なきお言葉です」
「なんとか一任され、お前を一旦帰国させて、どうにかして、自由にさせてやれないかと思ってな。だがなあ、アルフ」
バーミリアン殿下がため息。
「あんな鎧と武器振り回して、飛び込んできたワイバーンを弾き返して。アルフ、お前、この2年、何をしておった? 次は騎士団から、お前を引き入れろと言われる始末だ。全く、都合のいいときに引っ張り出して、酒が飲めんと所属をさせんかったくせにな」
うん、今さらと、私も思う。
「父上までも、そう言う始末。アルフ、お前をどうにかして引き入れろとな。父上、王宮鍛治師達、騎士団達。お前は対物納品を望むはず。ならば、それらを納得させる物」
更にため息のバーミリアン殿下。
それが、皇帝竜のドロップ品。
「もちろん無理難題だと思うだろうが、それくらいせんと皆が納得せんからな。期間に関してはこちらから、提示するつもりだったし、ダンジョンアタックには私も同行するつもりだ」
え、バーミリアン殿下、一緒に来るの?
「殿下、お気持ちはありがたいのですが、しばらく儂らだけで挑戦出来んか模索するつもりです」
アルフさんがはっきり告げる。
「そうか、なら、いいが。地竜の咆哮は甘くはないぞ。それはお前が一番知っているはず」
「はい、よくわかっております」
答えるアルフさんに、バーミリアン殿下は優しく微笑む。
「変わったなアルフ。いや、これが本来のお前なんだろう。あの小さかったお前がなあ」
「む、昔の話です。誰でも小さいでしょう?」
ちょっと慌てるアルフさん。なんだか、気になる。
「ははは、養母にしがみついてた痩せて怯えたお前がなあ。これだけ立派になれば、エディオール達も浮かばれるだろう。美しい妻も娶るようだしな」
う、恥ずかしい。
「お嬢さん、申し訳ないな、このような事に巻き込んでしまって」
「いえ、畏れ多いです、殿下」
私はぶんぶん首を振る。
「アルフ、お嬢さんとの事はどうするつもりだ? 余計なおせっかいとは分かるが、このような事になってしまいどうなるか心配しておる」
ああ、そのことかあ。
どうしようかなあ?
ちょっと悩んで、包み隠さず殿下に『決闘』を説明。
すうっと細くなるバーミリアン殿下の目。うわあ、怖い。
「そうか、ならば、我がマダルバカラからも1人出そう。よろしいかお嬢さん?」
「ルイースおばあ様が許してくれるなら、大丈夫かと」
「なら、そのご婦人に私から書簡を送ろう。アルフ、わかっておるな? 負けは許さんぞ。そうなればダンジョンアタック前に、王宮に入ってもらうからな」
「はい、殿下。負けるつもりは欠片もありません」
「良かろう。それからアルフ、これを持って行け」
懐から一通の手紙を出す。
「これは非公式になるが、私が出したお前の身分証だ。お嬢さんとのご両親と挨拶で何かあれば、これを出せ。西大陸三勇の名前は伊達ではないからな」
うわあ、凄いの来た。バーミリアン殿下からの身分証って、普通もらえないよ。うちの両親みたら、失神するんじゃない?
だけど、アルフさんは受け取ろうとしない。
「感謝します殿下、しかし、儂は受け取れません。今、クリスタムのトウラ所属しております。それに儂は生粋のドワーフではありません。それにあのときのことは、殿下が責を感じる必要はないはず。儂の落ち度です」
「…………はあ、お前の悪い所だな。アルフ」
深いため息をつくバーミリアン殿下。
「お前は確かにハーフだが、それがなんだ? お前は三十年以上、ここに住み、エディオールの元で育って来たではないか? アルフ、お前はよく働いた。騎士団に引っ張り出されて後方支援に徹し、どれだけ助かったと思っている? そして今回の働きもだ。お前は人族の父親の事に気をしているだろうが、もう忘れろ。アルフ、お前の父親はエディオールだ、それでいいでないか。背を伸ばせアルフ」
少しずつ背中を丸めていたアルフさんに、バーミリアン殿下は強く言う。
「お前は、マダルバカラ神匠エディオール三番弟子アルフレッドだ。我が愛すべき民だ。この身分証は今までお前が、働いた証だ。持っていけ、そして手に入れろ。欲のないお前が欲した女を」
アルフさんは、何か呟いて、背を伸ばす。
「ありがたく頂戴致します」
身分証を手にするアルフさんに、バーミリアン殿下は満足そうだ。
「因みにアルフ」
「はい」
「お前の鎧と盾、武器一式揃えるなら、いくらになる?」
「あれをですか? そうですな、最低これくらいですな。付与なし、指名料なしです。御入り用なら、トウラの鍛治師ギルドに」
「いや、いい、気にしないでくれ」
バーミリアン殿下は無表情にお茶を飲み干した。
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