マダルバカラ④
認めないからかっ
帰国は10日後となった。
皆さん結局お泊まりだ。
ガガンさんとザザンさんがアルフさんの鎧から離れなかった。一晩中見てたよ。次にロックオンされたのはアーサーの鎧だ。こちらはアニタさんとハンナさんが飛び付く。二人は皮職人。アニタさんは今休業中だ。
「あんたっ、帰るわよっ」
アニタさんが鎧に張り付いてあるガガンさんを引っ張る。
「あんたもだよっ、仕事に遅れるじゃないかっ」
ハンナさんはザザンを引っ張る。
「じ、自分の鎧、返してください………」
ハンナの片手に抱えられた鎧を、アーサーは情けない声を出して訴える。
「ああ、ごめんね、つい」
無事に戻って来ました。
「朝御飯までご馳走になってしまって、本当ありがとう。とても美味しかったよ」
「沢山いただいてしまって」
まだ見るとごねるガガンさんを引きずり、アニタさんと、ザザンさんを引きずりハンナさんがお礼を言ってきた。
本日の朝は、リツさん特製腸詰めとたまごサラダ、エビとアボガトのホットドッグ。具沢山スープだった。スープ以外半分お手伝いしか出来てない。
「いいえ、お気になさらないでください、アニタお義姉様、ハンナお義姉様」
「くうっ、やっぱり、いいっ」
「いい、義理でもいいっ、妹っ」
悶える二人。何だろう? 本当に。
あ、いけない。
「あの、ガガンお義兄様、ザザンお義兄様お弁当作ってみたんです。良かったら」
鎧に夢中で朝御飯食べてないからね。
「「いただくぞっ」」
私が差し出した包みを大事に抱えるガガンさんとザザンさん。
「いやあ、気が利くお嬢さんだなあ」
「アルフ、いいお嬢さんを見つけたなあ」
あ、嬉しい。すごく嬉しい。
「おい」
私の前に立つ影。たしか、ガガンさんの長男のガードナーだったかな?
「何?」
「お前なんか、認めないからかっ」
グサッ
なんか、今までの嬉しい気持ちが、一気に崩れ去る。
がつんッ
「てえッ」
「すまんお嬢さん、こいつ反抗期で、生意気で申し訳ない。ガードナー、謝らんかッ」
「ふんっ」
がつんッ
今度はアニタさんのげんこつ。
「あんたは何をふて腐れているんだい。あんなにご馳走になっておきながら。ごめんなさいね、ルナさん」
「いえ、大丈夫です」
申し訳ない顔の二人。私は大丈夫と言うが内心大丈夫じゃない。やっぱり、私じゃ、ダメなんだって思って来た。
膨れっ面のガードナーを引き連れて、皆さん帰っていった。ザザンさんやハンナさんまで怒っている。
見送って、私は、胸を押さえる。
やっぱり、ダメなんだ、私は、やっぱりダメなんだ。
ギリギリ、ギリギリ、締め付けられる。
「ルナ」
そっとアルフさんが、肩を抱いてくれる。
「気にするな」
そうは言ってくれたけど、不安で不安で、たまらない。
「私、ダメなんですね」
「そんな事ない。ルナ、気にするな」
「でも………」
なんだろう。涙が浮かびそうになる。
「ルナちゃん、疲れているのよ。アルフさん、ルナちゃん休ませてください」
リツさんが、声をかけてくれる。
「でも、片付け………」
「自分しますっ」
アーサーが手を上げる。
「手伝うっ」
「私も」
リーフも。ミーシャも。
「さ、大丈夫よ。ルナちゃん、昨日あんまり寝てないでしょ、さあ、アルフさんお願いしますね」
私は小さくお礼を言って、部屋に連れていかれる。
「ルナ、気にするな」
そう言ってくれたが、胸の痛みが消えない。
「はい」
言いたいけど、うまく言葉が出てこない。
「ルナ」
不安で、不安で、たまらない。
先ほどのガードナーの言葉が、悪い方に、悪い方に、考えていく。
もし、父が許してくれなくて、もし、決闘にアルフさんが負けたら、私はどうなる? 私はその獣人の求めに応じなくてはならない。もし、自害でもしたら、コードウェルの家がどうなるか。
そうなれば、私はどうなる?
「ルナ、どうした?」
ガタガタ震えだした私を、アルフさんが優しく抱き締めてくれる。いつもなら、嬉しくて堪らないのだけど、不安で、怖くて堪らない。
「どうした?」
アルフさんが優しく背中は擦ってくれる。
ガタガタが、止まらない。
「私、私………私、アルフさん、以外に、触られたく、ない…………」
アルフさん以外は嫌だ。死んでも嫌だ。
私だって分かっている。何をされるかなんて。
絶対に嫌だ、アルフさん以外は、絶対に嫌だ。
分かっている。私は貴族の娘、失格なんだろう。だけど、どうしても嫌だった。
「私、絶対に、嫌…………」
私が絞り出した言葉に、アルフさんは優しく続ける。
「ルナ、お前は、誰にも渡さん。誰にもだ。お前を連れ去るものは、誰であろうと、ドワーフの盾で全てを弾き返そう」
アルフさんの言葉に、とうとう、涙がこぼれ落ちる。
「なあ、大丈夫だろう、ルナ」
私はごしごしと目を擦る。不安が、少しずつ、少しずつ、軽くなる。
「ほら、泣くな」
「はい………」
ゴツゴツしたアルフさんの手、いつも優しく包んでくれる、そう私の大好きな手。濡れた頬を脱ぐってくれる手に、私は自分の手を添える。ずっと触ってて欲しい、ずっと離さないで欲しい、ずっと離れないで欲しい。
「ずっと、側に、いて、欲しい、です………」
私はひどいわがままを口にする。
「当たり前だろう。何を言っとる」
少し驚いた様子のアルフさん、少し息を吐き出す。
「なあ、ルナ」
「はい………」
「少し、触れていいか?」
「はい……」
アルフさんになら、触られたい。
大好きなゴツゴツの手で、両頬を包まれる。
高い背を少し屈めて、そっと、キスをしてくれる。そう、キスだ。少し触れるだけのキス。
あ、嬉しい。嬉しい。嬉しい。嬉しい。嬉しい。
すごく、すごく、すごく、嬉しい。
「嫌か?」
「ううん」
私は首を振る。
足りない、そう思う私は、なんてはしたないのだろう。父の許しを、と言ったのは私なのに、それなのに、もっと触れて欲しい。
私はアルフさんの服を摘まむ。
「もっと、触れて、欲しいです………」
「………仰せのままに」
読んでいただきありがとうございます




