二人のフレデリック②
拍手
パチパチパチ
少ないがしっかりとした拍手。
振り返ると、三人の人物が手を叩いている。
「フレデリック見直しましたよ。流石、仁義厚きエルランド・コードウェルの息子です」
紫の上品なドレスを身に纏った、高齢女性。今でも面影がある、美しい貴婦人。夜会の主、ルイース・ウェルダンだ。あの罪人騎士ローグの実姉。ルミナスの名付け親。
一斉に、周りの貴族達が礼の姿勢を取る。
あの獣人までも、しぶしぶ、頭を下げる。
「コードウェル卿、同じ親として、貴方の考えに賛同致します」
そう言って続くのは金髪の紳士だ。だが、フレデリックにもフェガリにも面識はない。隣にいるのは奥方だろう、茶色の髪の美しい女性だ。
誰かが呟く、クレイハートだと。
呼ばれて当然かと思った。今、ライドエルでクレイハートの名を知らぬ者はいない。魔道具を始め、自領の農業改革に成功し、斬新な料理で数々の特許を持つ、今最も勢いがある伯爵だ。
ぱたん、と、大奥様が扇を鳴らす。
「私の夜会で、騒ぎを起こすのはやめて頂けます? ルミナスは私が名付け親をしている、孫娘も同然。先ほどの要求は、私も許しませんわ」
頭を下げる獣人に、大奥様が言う。
ライドエルの社交界の重鎮、そして先代王妃と懇意にしているルイース・ウェルダンの言葉は重くのし掛かる。
そこに人並みをかき分け、息を切らせた黒髪の男性が出てきた。
「申し訳ございません。主人が失礼な態度を取り、場を濁し、申し訳ございませんウェルダン様。申し訳ございませんコードウェル様」
獣人の従者の男性のようだ。男性は長い黒髪を緩く三つ編みにしている。ただ、フレデリックとフェガリの印象つけたのは、片耳。ぴんとたった片耳の一部が欠けている獣人男性だ。だが、切れ長の灰色の目を持ち、整った顔立ちの男性だ。
「申し訳ございません。コードウェル様、後程お詫びに参ります。皆様、申し訳ございません。我々をこれで失礼させていただきます。申し訳ございません」
従者獣人は、深く謝罪する。
そして、主人の腕を掴み、連れ出す。
「何をする。まだ、話は終わっていない」
「なりません。ここはバインヘルツではないのですよ。そもそも、あのような様な要求は、今のバインヘルツでも通じません」
喚き主人を連れて、従者獣人がホールを出ていく。
「コードウェル卿、災難でしたね」
それを呆気に見送っていたフレデリックに、クレイハート伯爵が声をかける。
慌てて礼の姿勢を取る。
「そう、堅苦しくされないでください。ルミナス嬢には、我が娘マリーフレアが大変お世話になっているのですから」
ざわざわざわざわざわ
飛ぶ鳥を落とす勢いの伯爵クレイハートと、財政難の貧乏男爵コードウェル。まったくの繋がりが見えず、ざわめきが起きる。
当のフレデリックとフェガリが分かっていない。
「マリーフレアの為に、学園を中退までして側にいてくれること、何よりも感謝しています」
なんの事か解らないが、クレイハート伯爵夫妻が、コードウェル男爵夫妻に対して、礼の姿勢を取る。
ざわざわざわざわざわ
上位貴族が下位貴族に膝を折る。それは最大級の感謝か謝罪の意味を表す。
混乱するホールの中で、誰よりも混乱しているのは、フレデリックとフェガリだ。
「ここでは、ゆっくりお話もできないでしょう? 別室を用意させるわ。皆様、さあ、夜会は始まったばかりですわ、楽しんでくださいませ」
大奥様が扇を揺らすと、音楽が流れ出す。
フレデリックとフェガリは混乱したまま、別室に連れられていった。
そのあとに残された者達の、憶測が飛び交った。
同じフレデリックでも、こうも違うのか。
自分は貧しい男爵家、向こうは華やかな伯爵家。
(いや、爵位と財産だけだ。私には美しい妻がいる。可愛い娘達に、賢い息子がいる。伯爵様とそれは変わらない)
妻の手を取り、大奥様とクレイハート伯爵夫妻の後に続く。
別室に通されて、不安になる。
(ルミナスはクレイハートのご令嬢の為に中退したと言ったが違う)
ルミナスが残した手紙と学園の担当教員から、推察はしている。クレイハート伯爵令嬢の影はなかったはずだ。
くるり、と振り返るクレイハート伯爵夫妻。
「申し訳ありません、コードウェル卿」
そう言って、膝を完全に着くクレイハート伯爵夫妻。
更に混乱する、フレデリックとフェガリ。
「あ、頭を上げてください。クレイハート伯爵様」
慌てて膝を着くフレデリックとフェガリ。
埒が明かないと、大奥様が着席を促した。
それから、クレイハート伯爵夫妻から、話がされた。
「実は、ルミナス嬢が今、私達の娘と共にいます」
その言葉は、フレデリックとフェガリと歓喜した。だが。
ナリミヤ邸での件を聞き、血の気が引く。
「申し訳ありません、娘を、我が家のメイドを守ろうと、ルミナス嬢が重症を負うことになりました」
話を聞き、フェガリが崩れ落ちる。
「娘、娘は、それで今は、今は、どうしているのですか?」
「怪我は無事に完治して、娘と共にクリスタムにいます」
携帯電話なる魔道具で遠方の自身の娘と連絡をとっていると。にわかに信じられなかったが。ルミナスの無事で、何とか起き上がるフェガリの肩を抱き、話を聞いた。
「一度、ルミナス嬢と話す機会がありました。しかし、ルミナス嬢はご実家への連絡を拒まれました。ですが、私も人の親。あなた方のお気持ちを思うと、やはり黙ってはおれず」
どうにかしてコードウェルに連絡をしようとしたが、注目の的のクレイハート伯爵は常に足を引っ張ろうと、常に見張りの目があった。下手に動けば、火の粉がかかるのは、下位貴族のコードウェルだ。ルミナスには恩がある。大事な娘と、メイドを身を呈して守ってくれた恩がある。それだけは避けたい。
「そこで、私のところに相談に来て、夜会お膳立てをしたのよ。夜会でいかにも前からの知り合いの様に振る舞えば、後の連絡も取りやすいでしょう?」
大奥様が続ける。
「まあ、妙な介入が入ったけど、逆に良かったわ。お前の親としての保持を見ることができたわ」
「いえ、そんな。あのルミナスはこれからどうなるのでしょうか?」
大奥様に認められて、嬉しいが、気になるのは愛娘だ。
「ルミナス嬢に、帰国の意思をマリーフレアがそれとなく聞いてみたようですが、あやふやのようです。ただ、家族の、兄弟の話をすると少し思い詰めているようです。悪い意味ではなくです。うまく説明出来ませんが、コードウェルの家を思っているようです。ただ、今は様子を見てはどうかと、言うことです。時期を見て、私達の娘も帰国させます。その時には一緒にと」
「そうですか………」
安心していいのか、どうかわからないが、とにかくルミナスは無事だ。それから、細々とだが、クレイハート伯爵との連絡が始まった。ルミナスの様子が知る貴重な手段だ。
ただ、内容が心臓に悪い。
ゴブリンキングを倒したとか、奴隷狩りを壊滅させたとか、耳を疑うような内容だった。
だが、ルミナスは無事に、クレイハートのご令嬢の側にいる。それだけで良かった。
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