二人のフレデリック①
不敬罪
今から一年と少し前。
ライドエルのコードウェル男爵家に、一通の手紙と金貨の詰まった皮袋が届いた。
「何故だ、何故だルナ」
手紙の内容を見て理解した。
探さないでと。
妻は言葉を失い、12才の息子はそれを察知、下の娘はただ、ねえ様ねえ様と泣く。
それから直ぐにウェルダン辺境伯からの夜会の招待状が来た。
ウェルダン辺境伯の大奥様からだ。すでに80才を越えた高齢者にも関わらず、今でも社交界でも影響力を持ち、その夜会は招待状を頂くことは名誉なことなのだ。ただ、コードウェル男爵家の経済状況から、夜会の出席はかなり痛い出費だ。ウェルダン辺境伯の大奥様は、そんな状況を知っているため、夜会の招待状は送ることはなかった。今まではそうだった。それなのに、届いた招待状。
「あなた、きっと大奥様は何かお考えがあってのことよ」
妻フェガリは、元ウェルダン辺境伯のメイドで、フレデリックが一目惚れして紆余曲折あり、コードウェル男爵家に嫁いだ。
「そうだな。おば様は私達の状況を理解して下さっている。お前の言う通り、何かあるのだろう。それにルナの件も、そろそろ隠せないからな」
ルナの名付け親でもある大奥様に、ルナの家出の件で、説明を求められて何も返せていない。
それから何とか形だけ整え、ぼろ馬車でウェルダン辺境伯領に向かった。
だが、やはり場違いだった。
高価な衣装に身を包んだ上位貴族に、失笑されながら、まるで晒し者のような気分で、妻の手を握り締めていた。
そこに、つかつかと、身なりのいい少年が近づいていた。
「お前がコードウェルか?」
かなり不躾な言い方をされた。
獣人だ。まだ、若い獣人。
内心いい気はしない。
確かに、この夜会で最も下位の存在だ。致し方ないことだが。
「はい」
妻と共に礼の姿勢を取る。
厄介事はごめんだ。差し障りなく答える。
「お前の娘、ルミナスと言ったな」
「はい」
「俺の子供を産ませる。直ちに寄越せ」
「はあ?」
思わず、声が荒げる。
「何を仰っているのか………」
「聞こえなかったのか? 俺の子供を産ませる。あれはいい器を産むだろう。跡継ぎを産ませるのに、丁度いい」
頭に血が昇る。
聞いていた周りの貴族達も、あまりにも横柄な言い方に、眉を潜める。
獣人の貴族は、特に古い考えの貴族はこのような考えを持つ。
強い存在は、種族を守る。
だから、より優れた伴侶を得る。それが、爵位を継ぐものの使命だと。
この獣人は、その考え方なのだろう。
だが、言い方がある。
いくら貧乏男爵いえ、ライドエルの爵位を持つ貴族だ。
この獣人は、隣国バインヘルツの貴族だ。ライドエルには獣人の貴族はいない。バインヘルツは獣人が納める国だ。友好国とはいえ、爵位のある娘を手にいれるには、手順が必要だ。国際結婚となれば、国の上層部の許可が必要なのだ。
「娘を、ルミナスを、迎え入れたいと」
言葉を絞り出す。
「ふん」
獣人は、鼻で嗤う。
「お前の様な貧乏貴族の娘を迎え入れると思うか? 跡継ぎだけ産んだら用済みだ。後は何処にでもやればよかろう? いくらだ? 娘をいくら出せば手放す?」
フレデリックの中で、何が切れる音がした。
周りの貴族達からも、言葉が無くなる。
中には、軽蔑した目で、見ている者もいる。
跡継ぎを産ませた後は、放り出す。そう言っているのだ。そんな娘を誰が望むものか、憐れみ、侮蔑の中でルミナスは生きなくてはならない。
貴族の娘は、多かれ少なかれ、義務がある。それは家のために、他家に嫁ぎ、生家の繁栄に繋げ、嫁ぎ先に跡継ぎを産む。
だが、この獣人は、ルミナスを正式に迎え入れることはしない。弄び、跡継ぎを産ませ、不必要だと捨てる。
ブチィッ
これが、切れる、音だと気づいた時には、口が開く。
「誰が」
「あなた」
妻がそっと手を握る。
「誰が、大事な娘を、お前の様なものに渡すかッ」
鋭く叫ぶ。
「私達の可愛い娘を、不幸になることが分かっていて、誰が渡すかッ」
フレデリックの叫びに、傍観していた貴族達が眉を潜める。この獣人は、この夜会に招待されているだけで、高位貴族、もしくは権力者だ。
不敬罪だ、分かっている、だが、フレデリックは引かない。
「ふん、そんな事、吠えていいのか? ずいぶん貧しい身なりのくせに」
獣人は、鼻で嗤う。
「娘1人で、大金が手に入る。うまい話ではないか?」
「例え貧しくても、大事な娘を金で売るほど、我らは落ちぶれていないッ」
フレデリックとフェガリにとって、ルミナスは待望の子供だった。
結婚して直ぐにフェガリは身籠った。だが、すぐに流産してしまい。その後何年も妊娠する気配がなかった。やっと再び妊娠したのは、流産して5年が過ぎた頃だ。どれだけ歓喜したか。産まれたルミナスは、正にコードウェルの宝だった。少ない領民達もみな、祝ってくれた。そしてエリック、ジェシカが産まれた。ルミナスが連れてきてくれたと、信じて疑わない。ルミナスが、家族を作ってくれたと。
「娘は、真にルミナスを愛し守ることができるものに嫁がせるッ。誰が何と言おうとも、ルミナスを傷つけるだけのやつに渡すものかッ」
フレデリックの手を、妻フェガリが握り締める。
「どんな圧力にだろうと屈することはない。私はフレデリック・コードウェルッ。誇り高き、エルランド・コードウェルの息子。愛する我が娘、ルミナス・コードウェルは、貴方には、何があろうと渡さないッ」
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