年末⑥
え? 耳がね……
私は崩れ落ち、嗚咽がこぼれる。
なんて懐の深い父なのだろう、普通は勘当ものなのに。なんて私で幸せな家族に恵まれたのだろう。
アルフさんが優しく肩を抱いてくれて、温かい。胸のなかも温かい。すごくすごく温かい。
『あなた、私にも話をさせてください』
『ジェシカもねえ様とお話ししたい』
私は顔を上げる。母と妹の声だ。
「お母様?」
私はごしごし顔を拭く。
『ルナ、ルナなの?』
「お母様、ごめんなさい、迷惑ばっかりかけて、ごめんなさいお母様」
『ああ、ルナ、ルナなのね。ルナ、ケガはない? ちゃんとご飯は食べているの?』
「はい、大丈夫ですお母様」
母の声、私の心配ばかりする言葉だ。
暖かい部屋、美味しいご飯、なに不自由なく、生きている。
「大丈夫ですお母様。家主のリツさんに、すごくよくしてもらっています」
『そうなの? ああ、お礼を申し上げないと』
「伝えておきます」
『本来なら、こちらからご挨拶を、こら、ジェシカッ』
『ねえ様ッ、ねえ様ッ、ジェシカ、ねえ様に会いたい、会いたいよお』
ジェシカの声に、私は再び涙がこぼれる。
「ジェシカ、ジェシカごめんね、ごめんねジェシカ。帰るから、帰るからから待ってて」
『いつ? いつ? 明日?』
『こらジェシカ』
『だってえ』
ごねるジェシカをたしなめるのは、エリックだ。
『あ、ねえ様?』
「エリック?」
『そうだよ。心配したんだから』
「ごめんね、エリック」
『いいさ』
「ねえエリック、学園で、そのいじめ的なこてとは?」
『ないよ。シュタム様が声をかけてくれているしね。その点は心配ないから。で、いつ帰って来るの?』
『ジェシカが聞くっ』
「あー」
ちらっとリツさんを見ると、口パク。
「今年中には。あ、エリック、お父様に代わってくれる」
いけない、大事な話があった。
私は背筋を伸ばす。
『なんだいルナ?』
「あの、お父様、驚かれると思いますが、その、あの、えっと。実は、会って欲しい人がいて」
『ん? 何だって?』
聞こえなかったかな? やっぱり、声が小さかったかな。
「お父様、あのですね、会って欲しい人がいるんです」
『何だってえ?』
「だからですね、会って、欲しい、人が、いるんです」
出来るだけはっきり言って見た。
『何だってえ?』
『ちょっとあなた貸してください。ルナ、どうしたの?』
母が出てきた。
「お母様、あの、会って欲しい人がいるんです。お父様、聞こえなかったみたいで」
『まあまあ、そうなの? まあ、もちろんお会いするわ。一緒にライドエルに?』
母の声が弾む。
「はい」
良かった、母は受け入れてくれている。
嫌だい、嫌だい、ルナはまだお嫁に出さないッ。
お父様、みっともないですからやめてください。おめでたいことでしょ。
どうしたの~?
だってルナはお父様のお嫁さんになるって、言っていたんだいッ。
携帯電話の向こうで、わちゃわちゃ。
てか、お父様、いつの話をしているの?
『ちょっと待ってねルナ』
ゴスウッ
『お父様、疲れたみたいね』
「お母様、今、凄い打撃音が聞こえましたが」
『ちょっとお父様がけつまづいたのよ。さ、ルナ、どんな方なの?』
「えっと、ドワーフの鍛治師で、その、凄く優しくて、その」
ごもごも。
アルフさんが代わろうか、と、口パク。
「あの、お母様、実は隣にいるんですが、代わりましょうかって」
『まあ、是非お話ししたいわ』
「じゃあ」
アルフさんに携帯電話を渡す。
「初めまして、鍛治師アルフレッドと申します。このような形で挨拶すること、お許しください」
アルフさんは母とお話しをして、携帯電話を渡す。なんだか、質問攻めな感じだった。
それから、マダルバガラの件を伝える。ライドエルはその後になると。
『そうなの。亡くなったお父様のお手紙に、あのバーミリアン様からの直々の帰国命令なら、そちらが優先ね。分かったわルナ、気をつけて帰って来てね。あ、ルナ、そちらに家主の方はいらっしゃるの? 私もご挨拶しないと』
リツさんともお話し終了。
『ルナ、待っているわ。皆で待っているからね』
「はい、お母様。でも、お父様が」
『大丈夫よ、きちん、と言い聞かせておくから』
ちょっと怖いお母様。
マリ先輩に携帯電話を返却。
しばらくお話しして終了。
「さあ、明日、マダルバガラに出発よ」
次の日。
いよいよマダルバカラに出発となる。
冒険者ギルドにも連絡すみ。おじいちゃんドワーフダビデからのお手紙を預かり、転移門で移動。
何度か薬草摘みに来てるからね。
「まあ、くれるの? ありがとう」
マリ先輩の足元に、蜘蛛が花を持ってやってくる。
受け取るマリ先輩。その蜘蛛、猛毒持ってないですよね?
ショウに馬車を繋ぎ、いざ、出発。
馭者台にはローズさんとリーフ。
マリ先輩を地図が読めないので却下。ローズさんは手綱、リーフはオーディスからマダルバカラに行ったことがあるために座る。
2人ともピタッとした服に、ヘルメット。うん、ローズさん、目のやり場がねえ。どちくしょう。
大丈夫かな? この馬車。
「大丈夫よ。ミュートまで1日で往復できるスピードよ」
マリ先輩が胸を張る。
て、ことは、魔法馬の約4倍のスピードか。
「街道沿いじゃなくて、ここを真っ直ぐですね」
「ですね、ショウなら多少の魔物では驚かないし」
ローズさんとリーフが行程確認。
「さ、皆、馬車に乗って」
リツさんの号令で、馬車に乗る。
ドアが閉まり、ショウが走り出す。
窓の外の景色が変わる。
木々を飛び越えて、真っ直ぐ進む。
山岳国マダルバカラに向かって。
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