年末⑤
特急ショウ
リツ邸に戻り、リツさんに事情説明。
居間で皆集合。
「帰国命令ですか。なら、マダルバガラに行かないと。アルフさんのお父さんの手紙も気になりますしね」
「すまんな、リツ」
「いいえ。アルフさんにはお世話になっていますからね」
「移動には、かなり時間がかかる、ハーベの月を考えておる」
「そんな悠長な。数日以内にでも出ましょう」
「「はあ?」」
今から? いやいや、今年後3週間しかないのに。確かマダルバガラは山岳国で、時期的に厳しいんじゃないの? 豪雪地帯よね。マダルバガラって。
「どうやってです?」
私が聞く。
「まず、地下の転移門を使用して、オーディスに移動して、マダルバガラに向かうわ。そうすれば、3日もあれば到着予定ですよ」
あ、地下の転移門ね。
「でも、移動速度おかしくないですか?」
「ふっふっふっ」
マリ先輩がふっふっふっ、と立ち上がる。かわいいなあ。
「ご紹介します、わが、グリフォン特急便ショウッ」
「ピィィィィッ」
マリ先輩の声に答えて、翼を広げるショウ。
まさか。
「空飛ぶ馬車が完成したのよッ。ショウなら悪路でも問題ないわ、低空飛行で行くからねッ」
イエーイ、とリーフとミーシャ。
何だろう、嫌な予感。
で、次の日の夕方。昼間は目一杯料理作成した。
「はい、はい、ありがとうございますお父様」
うわあ、緊張してきた。
こんなに早く連絡取れるなんておもわなかった。
なんでも明日、コードウェル領のお隣、ウェンダル領の夜会に招待されていて、会う予定だったと。
ウェンダル領は辺境伯様が納める領で、騎士団は国内最強の呼び名が高い。魔の森も近いし、ライドエルにあるダンジョンの一つを管理している。コードウェルはお隣だけど、比べられないくらいに小さく、農村地帯だ。今の大奥様は、私の名付け親。なんで、名付け親かというと、私の祖父が関係している。私の父がまだ赤ん坊の頃に、ウェンダル領で土砂崩れが起き、誰よりも早く駆けつけて救助活動したのが、祖父とコードウェルの領民だったと。それが縁で、ウェンダル領とはいいお付き合いをしているし、私の名付け親にもなってくれた。大奥様は、あのローグの実姉。知ったとき、こんな偶然ってあるんだなって思った。
どうしよう、心の準備が。後ろで、アルフさんが待機してくれている。部屋の外にいるけど、皆勢揃い。
「はい、ルナちゃん」
「ありがとうございます」
おずおずと、携帯電話を受けとる。
「あの。ルミナスです」
言ってみたけど、返事がない。
あれ? 不具合とか?
「あの」
『ルミナスなのか?』
「お、お父様……」
聞こえた声は、父の声だ。
「お父様、ごめんなさい……」
咄嗟に口から出たのは、それだ。
『お前は、お前は、どれだけ私達が心配したと思っているんだッ』
返す言葉がない。
厳しい財政で、なんとか工面して捜索願いまで出してくれた父。
「ごめんなさい………」
『あんな大金だけ送って来て、お前は何をしているんだ。お前は女の子なんだぞ。どれだけ、どれだけ、私達が心配したか、ジェシカがどれだけお前に会いたいと泣いているか分からないのか? エリックがどれだけお前の無事を祈っていたか、分からないのか?』
言葉が出ない。
エリック、ジェシカ。
『一体、何故なんだルミナス、私達がそんなにそんなに嫌だったのか?』
「ち、違います、違います」
そんなことない、絶対にない。
『じゃあ。なぜだルミナス』
ライドエルを、コードウェルを出た理由。話しても、信じてくれるだろうか? でも、黙り続ける訳にはいかない。
不安だけど、言わないと。そっとアルフさんが肩を抱いてくれる。
「あの、お父様、聞いて欲しい事があって。その、都合がいいって思われるかもしれないけど、それでも聞いて欲しいんです」
『わかっているよ。やっと話してくれるのかルミナス』
優しい父の声。私は覚悟を決める。嫌われても仕方ない。
「私には、前世の記憶があります。50年前に、バーナード王子の前で自害し、王子の凶行のきっかけになった騎士補佐の記憶です」
私は怖かった、ただ、怖かった。もし、何かの拍子でばれた時が、怖かった。何とか目立たないように、騙し騙し、生活してきたつもりだったけど、元が孤児の騎士補佐だ、うまくいくわけない。私は貴族の娘とはかけ離れた存在だったはずだ。自分でも、周りと馴染めないのはわかっていた。そこにあの冤罪だ。
「潮時だと、思っていたんです。このままだったら、きっとコードウェルの災いになるんじゃないかって。それで」
私は息を吐き出す。
「それで怖くて、私はライドエルを出ました」
『そうか、よく話してくれたね』
父の優しい声に、私の涙腺がそろそろ限界だ。
『分かっていたよ。お前が何か抱えていたのは』
「え?」
『気付かないとでも。六才の娘が何十年も前の惨劇を聞くなんて、おかしいだろう? それからお前は変わった。私達から一線を引き、まるで他人行儀になった。わがままも言わない、欲しいものもない、笑いもしない。隠れて、何かに迫られるようにひたすら剣を振る。何かあったと思うのが当然だろう?』
心当たりが有りすぎて、返す言葉がない。
『だけどな、ルミナス。お父様が、お前のお祖父様が言ったんだ。それがなんだと』
え、お祖父様が? 私の祖父は五年前に他界した。最後まで矍鑠とした人だった。
『ルミナス、お前は私達の所に来てくれた。私達の宝だ。お前がエリックとジェシカを連れてきてくれたと思っているんだよ。周りがなんと言おうが、私達はお前がいとおしい。いとおしくてたまらない。何が前世の記憶だ。それがなんだ? お前に優しくしてくれたか? 違うだろう? 苦しんでいるだけだろう? お前は何も悪くない、いいね、お前は何も悪くないんだ』
「お父様………」
父の言葉が、私の中に固まって溶けない何かを溶かしていく。
『お前は確かに貴族の娘とはかけ離れているが、私達はな、お前が大切なんだよ。エリックとジェシカもだ。お前はいい姉であった。小さなジェシカの面倒を一生懸命見ていたな? その時のお前が、本当のお前だと分かっているよ。クレイハートのご令嬢の側にいるのも、あの時のご恩に報いるためだろう? 聞いたよ、ご令嬢を身を呈してまでも守り、いまでも危険な時は止めて、お前が剣を振っていると』
父の言葉が、染み込んでいく。
だけど、多分マリ先輩経由の話だろうけど、過大評価しすぎだよ。私の方が散々迷惑かけているのに。しかも、これから私の為にマダルバガラに行くのに。
いかん、涙腺が持たない。
『さすが、義理堅く、情の厚い、エルランド・コードウェルの孫娘。誇り高き、我らが娘。ルミナス・コードウェル。帰っておいで、ルナ。皆、お前の帰りを待っているよ』
私の涙腺が崩壊した。
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