Jランク②
保証人
ちょっと尻切れトンボです
書類を差し出され、どうしたものかと私は思案する。
Jランクは未成年の冒険者だけが持つことができる。依頼を受けなくてはいけない期限はないが、保証人が必要。Cランク以上の冒険者が保証人として必要。そして晴れて成人した時に、それまでに達成した依頼内容でランクが決まる。早ければ、Hランクより高いランクでスタートできる。保証人以外にも制約はあるが。
「何故わざわざ副ギルドマスターが保証人を」
「貴方は将来有望ですからね」
グラウスさんは膝に肘をつき、顎の下で手を組む。
確かにありがたい話だ。私には身分証がない。これがないとかなり不便だ。通行税はかかるし、宿にも泊まることは難しい。今はマリ先輩やローズさんがいるから春風亭に泊まれている。
「悪い話ではないはずです」
「確かにそうですが」
何かあるな、これ。
「すぐに返事を頂かなくても結構です。貴方にも都合があるでしょうし」
「何が狙いですか?」
私はストレートに聞く。
「そうですね。貴方を他所の国のギルドに取られたくないのもありますが。これで貴方が何処にいるか確認出来ますし」
そう、Jランクは登録した国で基本的に活動しなくてはいけない。他国でも依頼を受けられないことはないが、それで得られるのは報酬のみ。ランクアップに必要なポイントは得られない。
「貴方は危なっかしいですし」
ぐ、返す言葉をがない。
「トラブル防止になれば、と。私が保証人なら、下手な輩は手を出せませんよ」
確かにそうかもしれないが。うーん。にこやかに笑みを浮かべるグラウスさん。
うーん、ダメだ、わからん。頭を使うのは苦手だ。
悪い話ではない。クリスタム王国はこの大陸でも三大大国の一つだ。そこの冒険者ギルドの副ギルドマスターが保証人。破格の扱いだ。グラウスさんが言うように本当に私が有望なのかも疑問だし。あ、トラブル防止のためか?
「すぐに返事はしなくても?」
「構いませんよ。受けても受けなくても。どう決心が着いても、こちらに来ていただければ。相談窓口には話を通しておきましょう」
いくら考えても無理そうだから、一旦話を持ち帰ろう。
「では後日、返事をします」
「わかりました」
書類を下げるグラウスさん。
「できれば、受けてくれることを願います。貴方は稀に見る有望株ですからね」
「はあ」
私は気のない返事をする。
私以上に有望株なんていくらでもいるだろうに、あ、そういうのはちゃんと保証人が着くし、放って置かないよね。やはりトラブル防止で目の届く所に置きたいだけか。なんだ。なんだろう、急に冷めてきた。悪い女神を演じていたガイア様の言葉を借りるなら、私は二番手以下なんだ。ああ、嫌なことが頭の中に甦る。
『お前程度、いくらでも代わりはいる、せいぜい媚びでも売っておくんだな。孤児風情が』
私はあの時と変わらない。代わりなんて、いくらでもいる。まさにそうだ。今の私は自国の身分証すら持てない、浮浪者だ。トラブルの塊に見えたんだろう。Jランクになれば基本的にはクリスタム王国内の活動がメインだし、何かあればすぐに対応できると思っているのだろう。
「副ギルドマスターも大変ですね、こんなのに時間割いて」
あの絡まれた時から、トラブルの元と思われていたのだろうな。ガイズのこともあるし、もしかしたら、成人した時に登録できないかも。
「こんなのに?」
「トラブル防止ってことですよ。はあ、ご希望なら別の国で成人後に冒険者登録しますよ」
私は冷めきった顔でグラウスさんに言う。
「話を聞いていましたか?」
「ええ、聞いてました」
私はため息を飲み込んで答える。
「もう、散々言われましたから、お前程度いくらでもいる、って」
と、言う言葉は心の中にしまって。
「今回は、正当な判断かと」
グラウスさんの表情は変わらない。
「生憎、そういうのに縁がないもので」
私は一息つく。
「とにかく考えます。これで失礼しても?」
「ええ、お送りしましょう」
「結構です」
「そんなわけにはいきませんよ」
押し問答の結果、グラウスさんに送られることになった。
「こちらの都合でこんな時間になったんですから、お送りするのは当然ですよ」
はあ、まあ、いいか。
グラウスさんに連れられ冒険者ギルドを後にする。首都の大通りは流石の賑わいだ。あちこちからいい匂いがするし、活気ある喧騒に満ちている。あの串焼き美味しそうだな、エリックとジェシカはお肉食べれているかな? 我が家のお肉事情は、ほとんど私の狩によるものだ。私がよく狩をして角ウサギを獲っていたが、今はどうだろう? 私は学園を中退したからお金、少しは余裕あるから買えるかな? そういえば、母は角ウサギを獲って来る度にこれ以上はやめてと言った。左手にドジ踏んでキズを負った時は時にひどく狼狽えていた。母も元気だろうか? 小さな領地のために必死に働いていた父。ちゃんと休んでいるのだろうか?
いかん、なぜか急に家を思い出す。
なんだろう、チリチリする。
戸数は少ないが領民もいたが、みんな顔見知りだ。みんな優しくて気さくで。みんな、元気かな?
チリチリする。チリチリ。
ん、あれ?
本当にチリチリする。
私は腕を払いだす。なんだ、めっちゃ気持ち悪い。
「どうされました?」
「いや、なんだか、チリチリして」
腕を叩いたりするとチリチリがなくなる。なんだったんだろう?
「大丈夫ですか?」
グラウスさんが聞いてくる。奇行に見えたんだろうな。
「はい、大丈夫です。収まりました」
「なら、良かった」
本当になんだったんだろう。視線でもないし、殺気でもない。
副ギルドマスターが一緒だから、滅多なことは起きないだろうが、私は周囲を警戒した。
程なくして春風亭に到着。食堂にはマリ先輩達の姿はない。部屋に戻ると、歓談中のマリ先輩とリツさん。紅茶の香りがする。
「お帰りなさいませ、ルミナス様」
ローズさんが気がつき声をかけてくれる。
「お帰りなさいルナちゃん」
「お帰りなさい」
マリ先輩とローズさんも声をかけてくれる。
「ただいま戻りました」
私は何故かほっとして返事をする。
「夕飯、一緒に食べようと思って」
どうやら待っていてくれたようだ。
「先に食べてもらっても良かったのに」
「みんなで食べた方が美味しいよ」
笑顔のマリ先輩。リツさんも穏やか表情だ。ローズさんは変わらず。皆で食堂に移動しライ麦パンとスープ、それと焼いた肉がついた。昼間にマリ先輩の柔らかい白パン、いや、食パンを食べたせいか、異常に硬く感じたが、噛むと麦の風味が出てくる。これはこれで美味しい。
「ところでルナちゃん、副ギルドマスターさんのお話なんだったの?」
聞かれると思った。リツさんも興味ありそうだし、ローズさんは無表情だけど聞きたそうな雰囲気。
どうしようかな? あまり人に聞かれたくないなあ。
あ、そうだ。
「明日薬草摘みに行きますよね?」
「うん。そうだよ」
「その時お話します」
マリ先輩は何で? みたいな顔をするが、分かったと了承してくれた。
「そうだ、リツちゃんも冒険者登録することになったの。明日朝イチだけどいいかな?」
「構いませんよ」
リツさんも冒険者か。身分証代わりになるし、全属性が魔法使えるから、打ってつけかも。これでこのメンバーでないのは無属性と氷属性だけか。なんだか、すごく贅沢だな。普通は属性魔法なんて、一つか二つ。よくて三つだ。なんだろう、偏りを感じるが、まあ、いいか。私が前線で敵を蹴散らせばいいだけだ。
穏やかに食事を済ませ、今日はマリ先輩の浄化でお風呂を済ましベッドに入った。
「ギルドマスター、只今戻りました」
「おう、どうだった?」
グラウスは冒険者ギルドに戻ると。マスター室に直行した。
「返事は後日です。あまり誉められたことではありませんが、名前とレベルの鑑定しました」
「ほう、お前さんが珍しいな。相手の承諾なく。で、いくつだ?」
基本的に人に対して鑑定を行えるのは、相手が承諾が前提。無理にすると違和感が発生する、肌を微かに焼くような感覚。そしてそれで鑑定しても、手に入れられる情報などたかが知れてる。
「ルミナス・コードウェル。レベル24」
「24、ずいぶん高いな。苗字があるなら貴族か?」
「でしょうね。クリスタムではないでしょう」
「よし、調べろ。で、何としてもうちに引き入れろ」
「やって見ますが、クリスタムにあまりいい感情はないと思いますよ。ガイズの件もありますし」
「そこを何とか。お前さん、おなご受けがいいから」
「人聞きの悪いことを」
グラウスはため息をつく。
「未成年で24だぞ。あれだけの闘気を持つし、他の戦闘スキルだって高いはずだ。接待の狩りで上がった訳ではあるまい。お前さんだって逸材だと思っているだろう?」
「確かにそう思いますよ。しかし、当人の自己評価は低い」
「はあ?」
Jランクの登録書を見せた時のやり取りを説明する。
「何が原因かは不明ですが、彼女の中で、自分という存在は正当に評価されないと思っているようです」
「それだけレベルが高ければ、普通は天狗になるものを…よし、グラウス、あの娘、何としても引き込め。ほら、大人の包容力で」
「だから人聞き悪いことを」
「そこを何とか」
ちょっとしつこいギルドマスターに、グラウスは辟易する。
「出来るだけのことはします。まあ、一緒にいた少女達に説得される方が、すんなりいくかと思いますよ」
「そうか、それはどうしてだ?」
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