年末①
今年も
辺境伯との会談の後、忙しく過ぎていく。
結局、シェラさんと辺境伯様の関係は分からず。気になる。
私達はそれぞれ忙しく過ごしている。
リツさんとマリ先輩は、キムチなるものに悪戦苦闘している。匂いがきつい、ピクルスだ。三兄妹は匂いがきついと、後ずさる。だけど、オーク肉と炒めたり、ご飯や卵、いろいろな野菜と混ぜて混ぜながら焼くとすごく美味しい。
「次はオイスターソースとXO醤ね」
リツさんは異世界言葉を連発。
きっと美味しいはず。
お手伝いしみす、キリッ
それから錬金術チームはゴーレム達のボディデザインをしている。名前も無事に決まった。
「これがミカエル、ウリエル、ラファエル、アリエル、ガブリエルよ」
言われましたが、どれも同じだから分からない。
とりあえずご挨拶したよ。
ハバリーの月だ。うーん、どうしよう、アルフさんの誕生日だ。去年のあれはダメだしなあ。
よし、肩揉みだね。
て、思っていたら、ミーシャがするから、ダメって言われた。どうしよう。
錬金術チームは新しいブーツを作っているらしい。アーサーとリーフは手袋製作、サーシャとアーシャは魔力回復ポーションにすると。ホリィ一家は皆でクッキー作るとな。
え、どれかに混ぜてよ。
もたもたしてたら、あっという間に当日。
散々悩んで、私は手に塗る軟膏にした。アルフさんの手、荒れてるからね。
おじいちゃんドワーフダビデさんに聞きました。ちょっと高かったけど、これくらいしないとね。
ブラッディグリズリーでワイン煮込み、うん、いい感じ。前菜的なキッシュ、エビのマリネ、ホワイトトレントのチップで燻製された様々なハムとチーズ。色とりどりの野菜のサラダ。うわあ、豪華だあ。マリ先輩がホワイトメープルを使ったナッツとドライフルーツが乗ったタルトを作る。
「なんか、すまんな」
アルフさんは嬉しそうだ。
私が軟膏渡すと、ん? みたいな顔されたけど。あれ、もしかしてこの軟膏持ってたのかな?
「ルナ、去年のはくれんのか?」
その一言で私は噴き出す。
なんで、当たり前のように聞いてくるのよ。
アウトだよ、アウト。私、成人してますから、アウトです。
突き刺さる、錬金術チームの生優しい視線が突き刺さる。
でも、あまりにも見るので、小さく後でと言ってしまった。
夕御飯は美味しかったけど、本当にどうしよう。
うーん、考えようによっては、私はアルフさんにとってまだ保護対象の未成年なのかなあ。さみしい。未成年なら、ミーシャとか、アンナとか、クララでも大丈夫じゃない? あ、ミーシャはダメか、サーシャがダメって言いそう。ミーシャはさっき必死に肩揉みしてた。
散々悩んで、只今外です。
寒い。
屋敷の中だったら、誰かに見られそうだから、私の精神が持たない。
よし、今年は気絶しないぞ。さっと済ませて戻ろう。寒いから。
「ルナ」
アルフさんが来た。あ、緊張してきた。
でも、とりあえず、一応言わないと。
「あの、アルフさん。去年はですね。私未成年だからですね。ギリギリセーフだったんですよ」
今年は成人してるから、その、いろいろアウトと言うか、なんと言うか。
ゴニョゴニョ言っていると、アルフさんは私の前に膝をつく。
「ルナ」
なんだろう、寂しそうな顔された。
そっと、手を取られる。
「そんなに嫌か?」
「そうじゃないです。恥ずかしいというか、その、申し訳ないというか……」
アルフさんの『惚れた女』さんに。
私がものすごく小さくこぼした言葉に、アルフさんは肩を落とす。
「親父の言っていたことはこれか」
「え?」
何の事?
分からず聞くと、アルフさんは顔を上げる。
「なあ、ルナ」
「あ、はい」
「儂に触れられるのは、嫌か?」
「い、いいえ」
嫌じゃない、いつも嬉しい、嬉しいけど、たまに胸が締め付けられるのも事実だ。
「儂に触れるのは、嫌か?」
「嫌じゃ、ない、です」
何だろう、恥ずかしくなってきた。
「儂はな、ルナ、触れたいと思う女は一人しかおらん。触れてほしいと思う女も一人だけだ」
だから、その『惚れた女』さんだよね?
あ、胸が苦しくなってきた。
本当にどんな人何だろう?
…………あれ?
マダルバカラの人なら、どうして一緒に来なかったのかな? あ、両親が反対したとかだね。そっか、やっぱり、赤髪エルフの問題が終わったら、マダルバカラに帰るんだよね。なんと言ってもアダマンタイトを扱えるから、マダルバカラは大歓迎してくれるよね。そうなれば『惚れた女』さんを迎えいれることだって、出来る。
何だろう、どんどん胸が苦しくなってきた。
「ルナ、儂の『惚れた女』はな」
「き、聞きたくないです」
私は目を皺が寄るほど強く閉じる。耳も塞ぎたい。手を払いたいけで、離してくれない。
「白い肌に、青い目、光の加減で紺色に見える黒髪」
「聞きたくないです」
「小さな手で、剣を振り回し、ゴブリンだろうかオークだろうか、躊躇いなく斬り倒す」
…………あれ?
「自分は大事にせんくせに、恩人には義理堅く、力の弱いものにはとにかく優しい、そしてな、儂にはそれがとても美しく見える。だから誓った、ドワーフの盾で全てから守ると」
………………何だろう、聞いたことある。忘れる分けない。だってあの時、すごくすごく嬉しかったから。
「ルミナス・コードウェル」
なんで、フルネームなの?
目を開けた拍子に、ポロポロ、涙が落ちた。
アルフさんは、変わらず優しいオッドアイ。
「儂、マダルバカラ神匠エディロールの三番弟子、アルフレッドは、ルミナス・コードウェルに惚れとる」
私は、言葉が出ない。
嬉しいのとか、戸惑いとか、いろいろごちゃごちゃで。だけど、ポロポロ、涙が出てきて止まらない。
「今すぐは無理でも、いつか、儂の嫁になってくれるか?」
私は言葉を、必死に飲み込む。
はい、と言いそうで、必死に飲み込む。
いろいろ繋がってなかった事が繋がって来た。アルフさんは、ドワーフはむやみに接触しない。なのに、私にはいつも優しく頬や頭の触れてくれて、手を引いてくれる。そうだよ、未成年のミーシャにだってそんなことしてない、肩を叩くくらいだ。いつも優しくて、私の一言で、冒険者になってくれて、タンクしてくれて、戦ってくれて。恩のある鍛治師ギルドにだって、そのせいで所属もできず、いまだに流れの鍛治師だ。それもこれも、私の一言だ。
「隣にいてほしい」
それだけのために。
嬉しい、嬉しい、嬉しい、嬉しい、嬉しい。
だけど、このまま、受ける事はきっとできない。
赤髪エルフの問題、私自身の過去を問題。
「私には、前世で、たくさんの人を、その、死なせてしまって……」
そう、前世の私の行動が、孤児院の皆を殺してしまった。あの王子の凶行の発端になってしまった。
だから、こんなに幸せな気持ちになって言い分けない。
「ルナ、言ったろう? それはお前にとっておまけみたいなもんだ、と。前世の記憶がある理由はわからんが、そんなことは問題はないんだ。ルナ、お前はルナで、もう前世とは関係はなかろう? ルナ、お前名前はなんだ?」
「わ、わ、私は、ルミナス・コードウェル………」
「そうお前はルミナス・コードウェル。儂が惚れた女だ。前世の記憶に惚れた訳ではない」
私は、ルミナス・コードウェル。
そう、ルミナス・コードウェル。
父はフレデリック・コードウェル、母はフェガリ・コードウェル。弟はエリック・コードウェル、妹はジェシカ・コードウェル。
何故が、家族の顔が浮かぶ。
あれ、前世の私の顔が思い出せない。
あれ、父の声が、頭の中に甦る。
『ルナ、お前は女の子なんだ。幸せになって欲しい。お前を幸せにしてくれる者が現れたら、決して手を離してはならないよ。きっと、お前が幸せにするはずの者だ。いいね、ルナ。それだけが私達の願いだよ』
『貴族の娘の義務は?』
『そんなことを考えていたのか? うちにそんな話来る分けないだろう。まあ、とりあえず、そんな男がいたら、連れてきなさい。私が見定めるからね。それまでは何処にも行かないでおくれ』
父の声。
私は、ルミナス・コードウェル。
もう、ルミナス・コードウェルでいいのかな?
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
「ち、父が………」
やっと、言葉が出た。
アルフさんは、優しく見守ってくれている。
「コードウェルの父が、許してくれるなら、私は、あなたの申し出を受け入れます」
言葉が出た。
「そうか」
アルフさんは、すごく嬉しそうに笑う。
「なら、挨拶に行かんとな」
ライドエルだよ。ここからなら、魔法馬で1ヶ月。
いやいや、この時期の移動は厳しいし。
いやいや、違う、違う。嬉しい、嬉しい、違う。
「ルナ」
「は、はい……」
ちょっと雑念混じりに混乱している私に、アルフさんは変わらず優しく話しかけてくる。
「触れて、いいか?」
「………はい」
今、手、握っているんだから。大丈夫ですよ。
アルフさんのゴツゴツした手が、私の頬を包み込む。
「あ、」
アルフさんの顔が近づいて来る。
ああ、もう、アウトとか、セーフとか、いらないかあ。
「ブハックションッ」
私はアルフさんの肩を押す。
「なんでおる?」
かなり恨みがましいアルフさんの声。私はパニック。
「ご、ゴメン、アルフ……」
視界の端で、壁からちらっと覗いていたのは、ホリィさん一家以外全員が、ずらーっと縦に並んで顔半分でいた。リーフが鼻をすする。
え、見られた?
え、いつから?
え、え、え。見られたあぁぁぁ?
「あ、おい、ルナッ」
私の最後に聞いたのは、アルフさんの焦った声だった。
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