空③
燃料
「失われた技術?」
リツさんが聞く。
今日の朝ごはんの時の会話だ。
「うん、そうだよ」
ナリミヤ氏はカボチャのお味噌汁を、ずー。
「それにその浮かんでいるのに人って住めると思う? 高度だって魔物も寄り付けない位に半端ないのに」
「高いと人って生きて行けないの?」
ミーシャもお味噌汁のお椀を持って聞いている。
「そうだね。高度が高いと息ができないし、とにかく寒いからね。そうなると植物も育たない」
「ふーん」
よくわからないけど、そうなんだね。ミーシャもそんな感じだ。なんとなく納得。アーサーは首を捻る。
「確かに理論的には、陸地を浮かばせることは出来るよ。理論上ね。ただ、実現するとなると、問題が山積みなんだ。コスト的な問題がね。それにそんな高レベルの技術がありながら、今まで地上に全く干渉していないってことは、浮かんでいる所には誰もいないか、来ないかってこと」
ナリミヤ氏はサケのバター焼きをぱくり。
「つまり、どういうことです?」
リツさんがおかわりのご飯をよそいながら聞く。
「あれは放棄されたか、もしくはコントロールを失って漂っているか。それが近々、浮遊している技術にトラブルを起こして落ちる。そんな感じかな。そんな技術があるなんて聞いたことないしね。僕、錬金術を学んだときにかなり古代書読み漁ったけど、そういった技術があったなんて記載なかった。一度ハイ・エルフにも会う機会があって、話をいろいろ聞いたけど、そんな話聞かなかった。そもそも日本の技術でも無理だよね」
「確かに」
リツさんが相づちを打つ。
今、ハイ・エルフって言わなかった? いるんだ、ハイ・エルフ。確か、寿命が2000位だっけ?
やめた、難しいから、なんとなくしか理解できない。
「古代書が書かれる前の技術、つまり、誰も知らない技術、伝わらなかった技術、失われた技術ってこと」
「それだけの技術があって、どうして落ちるんです」
マリ先輩が卵焼きをぱくり。
「エネルギー問題か、もしくは回路関係が劣化したか、とにかく一度見ないとね。何とか出来そうなら、そのまま空に半永久的に漂った方がいいかも知れないしね。ただね、おそらく攻撃される可能性があるんだ。それだけの技術があるんなら、防御装置があると思うから。ただ、攻撃されたとしても、必ず向こうが玉切れ起こすと思うから。とにかく、朝ごはんの後に皆さんに操作方法を説明しますね」
「ルナ、もう、大丈夫だ」
優しいアルフさんの声が耳元で響く。
私は小刻みに震えていた。
「大丈夫だ、大丈夫だルナ」
「は、はい……」
いろいろ怖くて、私は何とかアルフさんから離れる。
「すみません……」
「構わんさ、非常時だ」
足も震えている。
上手く立てない。情けない。情けない。
アルフさんが支えてくれないと、立てない。
「では、皆さん、僕は偵察に出ます。アポロンは最高硬度の結界あるので心配しないで」
「ナリミヤ先輩、大丈夫ですか?」
「闇魔法で内部を調べるだけだからね。だけど、誰も外にでないでください。数秒も持ちませんよ」
ナリミヤ氏は自身特性の服、なんだが、体にフィットしている服とヘルメットに身を包んでいる。いろいろ付与があると。
「サイトウ君、回線は繋いでおくから、何かあったら舵についてる赤いボタンを押すんだ。そうしたら自動で出発点に戻るからね」
「ナリミヤ先輩はどうされるんですか?」
「僕にはワープがあるから、いざとなればそれで逃げられるよ」
ナリミヤ氏は黒い杖を持ち、船外へ。
本当に殺風景だ、草一本ない。乾いた大地は白い建物だけ。
「痛たた…」
「アーサー君、大丈夫? ヒール」
最後の方で、アーサーは力尽きて壁に叩きつけられていた。リツさんとマリ先輩が治療して落ち着いている。
「あのアルフさん、肩とか大丈夫ですか?」
「ん? ああ、問題ないぞ」
あれだけ激しく揺れた中、私という荷物を抱えて腕一本で耐えたのだ。大丈夫とは思えないが。
しかし、非常事態とはいえ、本当に申し訳ない。迷惑かけないように気をつけていたのに。
「あ、ナリミヤさんだ」
リーフの声で、窓から全員で見るとナリミヤ氏が杖を掲げている。
杖の先から闇が流れて、建物の中に。
相変わらずすごいな、進入の魔法だろうけど。闇魔法を得意とするアーサーが、息を止めて見ている。
しばらくして、リツさんの座っていた座席前のパネルから、ナリミヤ氏の声がする。うわあ、どんな構造なんだろう?
『サイトウ君、聞こえる?』
「はい」
『建物内部に生体反応はないよ。あと、コントロールルームみたいなのがあった。正面のドアを開けるけど、絶対にアポロンから出てはダメだよ。護衛用のガーディアンを出してもらえる?』
「はい」
リツさんが応答する。パネルを操作。
船体の横が開き、ガードマン・ガーディアンが10体出てくる。あら、下半身が蜘蛛みたいのが2体いる。ナリミヤ氏作だろうけど、すごいなあ。
ナリミヤ氏が杖を操作すると、煙を上げて正面の白い壁が動いて、ぽっかり口を開く。
闇を操りながらナリミヤ氏は慎重に建物内部に。
時折、連絡が入る。
『生存者はいないね。コントロールルームに来たけど、白骨死体の残りみたいのしかないよ。これ、もしかしたら、向こうの世界の人間の知恵が関わっているかも』
「向こうって、日本人ですか?」
「そこまでは分からないけど、現代風みたいな、タブレット方式の端末があるんだ。ちょっと鑑定してから、調査するね」
「本当に大丈夫ですか?」
リツさんが心配そうに聞く。
『大丈夫だよ、えっと、まずは…………』
よく分からないナリミヤ氏の独り言が続く。
『やっぱり、錬金術が関係してるね。まずは迎撃システム停止、結界はそのままで、エネルギー供給は、あ、なるほど。サイトウ君、一旦そっちに戻るよ』
「あ、はい」
それからナリミヤ氏はガーディアンを引き連れて戻って来る。
船内に入り、ヘルメットを外す。
「ふう」
「お疲れ様ですナリミヤ先輩」
タオルを渡すリツさん。ナリミヤ氏と額には汗が浮かんでいる。
ローズさんが出したお茶も、一気のみ。
「何か分かりました?」
「うん、自動修復と魔力補填の付与がかなり危ない感じだったよ。それで燃料が枯渇寸前。これでここは落ちるんだと思う。応急処置はしたし、これからアポロンの予備燃料を補充すれば、空調や温度管理も出来るはずだから」
ナリミヤ氏は再びヘルメットを被る。
それからアポロンとコントロールルームを何度も往復し、やっと私達が船外へ出られるようになったのは、2日を過ぎていた。
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