リハビリ④
「ピィピィピィ」
ショウがお弁当を詰めているリツさんとマリ先輩に、必死にすり寄っている。私もすり寄っていきたい。
うーん、カツカレーサンドの匂いがたまらない。
「ああ、美味しい。カツカレーサンドだあ」
涙流すな大富豪。
ただいまナリミヤ氏がカツカレーサンドを頬張っている。
ナリミヤ氏は朝早く来てから、地下で作業している。もともとあった転移陣を使い、新しい場所と繋ぐと。行き先はあの蜘蛛達が管理していた花畑から離れた場所だ。
これで、いつでもオーディスに行けると。
…………いいのかなあ?
朝早く来たけど私のことは心配してくれていた。
一応、ホリィさん一家もご挨拶。事情を聞いたナリミヤ氏から、何かの気配が出たけど、見なかったことにした。ナリミヤ氏には娘さんいるからね。同じ男親として、ホリィさんの元夫が許せないのだろう。
「ダメよ、ショウ。これは鍛治師ギルドの皆さんの分よ」
「ピィ~」
マリ先輩に言われて肩、いや、羽を落とすショウ。
「さて、これでいいかしら?」
リツさんがふう、と息をつく。
ウサギ肉の野菜巻き、ウサギ肉の生姜焼に唐揚、エビと白身魚のバター炒め、ボアとオーク肉のミートボールのトマト煮、パプリカの肉詰め、卵焼き、ポテトサラダ、アボカドとエビ、豆のサラダ、春巻きに焼売、とろとろ角煮に煮卵。で、燦然と輝くカツカレーサンド。
………………私もピィって言って見ようかな?
大きなお弁当と、アルフさん用のお弁当をそれぞれ詰めている。アルフさんのは私が詰めたけど、きつきつかな?
「ルナちゃん、お願いね」
「はい」
久しぶりの詰襟ワンピースにガーディアンだ。ヘアセットはローズさん。
お弁当はマジックバックに。
ようやく一人でお弁当配達が許されたから、一人だ。
「気を付けてね」
「はーい」
皆さん、きっと楽しみにしてるし、急ぐか。
もうすぐ、鍛治師ギルド。
どんだけ楽しみにしてるのよ、入口で数人のドワーフ。手を振ってる。なんだか、かわいい。
私は急ぎ足になると、ちょっと注意散漫になって、すれ違った通行人と肩がぶつかった。
わたた。
「すみません」
こちらの不注意だ。
「なんだ、てめえ、すみませんで済むわけねえだろ」
うわ、チンピラだ。
「すみません」
めんどくさいから、もう一回言って、離れようとしたが、肩を掴もうとするから叩き落とす。だって、気持ち悪いし、マリ先輩がくれたガーディアンだしね。
「何しやがるてめえ」
品なく睨んで来るが、ふん、効くもんか、こっちは死線越えてきたんだよ。
「ふん、おいてめえ、ちょっと付き合え、そうすれば、てえェッ」
再び伸ばして来た手は、見慣れたゴツゴツの手が掴む。手首を、ギリギリ、ギリギリと。
「付き合えだと? いい度胸だ、この子に手を出せば、痛いだけでは済まんぞ」
頭にタオル、鍛治師のエプロンのアルフさんが、無表情にチンピラの手首を掴んでいる。骨が軋むような音がしてるけど。
チンピラは痛いを繰り返してうるさいので、私はアルフさんの腕に手を添える。
ようやく、解放されたチンピラはうずくまり、手首を押さえる。
「ふざけんなてめえッ」
本当に三流、チンピラ。ナイフ抜いたよ。
一斉に悲鳴が上がる。
アルフさんが私を後ろにしてくれるけど、多分、迎撃できるけどなあ。足にナイフつけてるから。まあ、スカートはめくる必要があるけど。
アルフさんは無表情のまま、骨を軋ませるくらい強く拳を握る。
「ギルドの前で何をやっとるッ」
うわあ、鼓膜、鼓膜がビリビリするくらいの怒声が飛ぶ。
あ、バルハさん、あ、鍛治師ギルドのドワーフの皆さん、あ、受付の女性まで。勢揃いしてる。
見た目はこちらが有利かな?
素手の私とアルフさん(レベル100越え、鎧リンゴ握り潰す)、対するはナイフを抜いた人相悪いチンピラ。
はい。勝負あり。
「鍛治師ギルドのもんに、何をしよるかあッ、みな、かかれえッ」
「「「「「うおおぉぉぉぉ」」」」」
「めしーッ」
あら、なんか、混じってるよ。
「ぎぁぁぁぁぁぁぁ」
血走った目で、槌を振りかざして突撃するドワーフ軍団。悲鳴を上げるチンピラ。ナイフを思わず振るが、アルフさんの手刀が入り、ナイフは地面に突き刺さる。あ、手首、曲がってない? ちょっと曲がってない。
それからちょっとぼこられてたチンピラは縛り上げられ、警備兵につき出される。目撃者もいたしね。なんでも、最近流れて来たチンピラらしい。かつあげにケンカ、私みたいにいちゃもんつけたりと短期間にやらかしていたらしい。
「嬢ちゃん、ケガはないか? もう大丈夫だからな、めしめし」
バルハさん、最後ただ漏れですよ。
でも、助けてもらったしね。
「ありがとうございます」
私はいろいろ終わった後で、いつもの応接室でマジックバックからお弁当を出す。
「どうぞ」
「「「「「いただきまーすッ」」」」」
お弁当に群がるドワーフ。
「これは、なんと旨いんじゃあッ、肉も旨いが、パンも挟まっとるソースが絶品じゃあ」
ものすごい勢いで減っていく。
「私ももらってもいいんですか?」
中年一歩前の女性が聞いてくる。ナナラさんだ。彼女は付与師だが、五人の子供の母親でもある。冒険者の夫は、第5子が生まれる前に帰って来る予定だったが、結局帰って来なかった。ラ・マースに潜って、生まれてくる子の為に稼ごうとしたらしいが。ナナラさんは、ギリギリまで待ったが、五人の子供を育てなくてはならないから、背中に乳飲み子背負って仕事をしている。当然、ドワーフ率が高い鍛治師ギルドは全面協力している。ナナラさんは大事な仕事仲間だ。
「構わん、だろうアルフ?」
「もちろんだ、食ってくれ。子供に少し包んだらどうだ?」
「そうだな、おい、ナナラの子供達の分を先に分けるぞ」
バルハさんが声をかけると、さっとお弁当の前からドワーフ軍団が引く。受付女性が手際よくカツカレーサンドとおかずをいくつか入れる。ナナラさんは感動してた。
「あの、アルフさん」
再びドワーフ軍団がお弁当に集まる。私はアルフさんの袖を引く。
「どうしたルナ?」
「アルフさんのお弁当です。あの、私が詰めたから、あんまりきれいじゃないけど」
私もちょっと手伝った。リツさんの指導の元にアボカドとエビ、豆のサラダも作ったし、卵焼きも焼いた、ちょっと不恰好だけどね。カツカレーサンドも下拵え手伝った。
モゴモゴ言ってると。アルフさんが、優しく頭を撫でてくれる。
「そうか、それは楽しみだな」
嬉しそうに笑うアルフさんに、私はお弁当を渡す。
「ありがとうルナ」
「いいえ」
嬉しい。アルフさん、優しい。リツさんやマリ先輩のご飯が美味しいから、嬉しいんだろうけど、なんだか、とても嬉しい。あったかくなる。
いかん、いかん、ばれる。
私はお茶を淹れるために、誤魔化す為にアルフさんに背を向けた。
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