休憩④
終了
暖炉に暖かい火が灯っている。
今は夏なのに、なんで? ここはどこだ? リツ邸でもない、ライドエルはコードウェルの居間ではない。
どこだ? ここは?
小さな影が、足元を走り抜ける。
茶色の髪の男の子。振り返った顔に、私は息が詰まる。
アルフさん、そっくりだ。アルフさんの小さな子供の頃だと、直ぐに分かるくらいにそっくりな男の子。目の色分からない。
男の子は椅子に腰かけた誰かの膝にすがり付く。その人はお腹が大きい。口許に優しい笑みを浮かべている。膝にすがり付く男の子の髪を、優しく撫でる。顔が分からない。
でも、きっと、あの人だよね。
「こら、◯◯◯、母さんは大事な時期だぞ。儂が遊んでやる」
心臓が羽上がる。
振り返る前に、私を横をすり抜けていく見慣れた長身。
アルフさんだ。アルフさんだ。
「さ、こっちこい」
「やあ、やあ」
ラフな格好のアルフさんは、お腹の大きな人の膝にすがり付く男の子を抱える。男の子はぐずりだす。
「やあ、やあ」
「残念だったな。儂はお前と遊びたいんだ」
「きゃっきゃっ」
抱えた男の子の脇をくすぐるアルフさん。
お腹の大きな人は優しく微笑んでいる。
「大丈夫か?」
アルフさんがすごく優しい眼差しで、お腹の大きな人に笑いかける。
ああ、絵にかいたような、幸せな家族だ。
このお腹の大きな人が『惚れた女』さんか。
ああ、視界が歪む。
これ、未来の姿だ。
来るべき未来だ。
私は目を閉じる。
そうだよ、いい加減目を覚ませ、バカ脳筋。
よく考えろ、バカ脳筋。
あんな悪夢は、起こるわけない。
ローグはライドエルにいる、ここに来るわけない、私があれの前世の記憶があるなんて知らない。ここに来るわけない。あんなこと起こるわけない。そうだよ、ライドエルのコードウェルだってそうだ。私に加護があるなんてここに来なければ、わからなかった。たとえ分かったとしても、私が口を閉じればいいだけなんだから。
考えろ、バカ脳筋。
現実を見ろ、バカ脳筋。
いつまでも、アルフさんに、リツさんに、マリ先輩に、皆に甘えるな、バカ脳筋。
私が、どんなに頑張っても、どんなに想っても、アルフさんには『惚れた女』さんがいるんだ。
そうだよ、私はあの人に愛されたいんだよ。なんで今頃自覚しているんだよ。でも、現実を、見ろ、バカ脳筋。
私は、アルフさんにとって、手のかかる子供だ。身内に入れてくれてた、子供だ。
分かっていたはずじゃないか、バカ脳筋。
私は、あの人の一番には、絶対にはなれないんだから。
現実を見ろ、バカ脳筋。
私は、目を開ける。
暖炉の部屋ではない。
リツ邸の前だ。
破壊音が響く。
振り返ると、鉄製の門がバターの様に切り裂かれていた。
ああ、来るべき未来だ。
あの時のままの赤髪エルフが、抜刀して、リツ邸にずかずかと入って来た。
そうだ、現実だ。これが、いずれ来る未来だ。
リツ邸の中で、気配がする。まだ、みんな生きている。
私はいつの間にかに握っていた、剣を抜刀する。
ナリミヤ氏からもらった最後の剣だ。
私はまだ十分に振り回せない剣だけど、私の手には最後の剣がある。
現実を見ろ、バカ脳筋。
なんのために、レベル上げているんだよ。
なんのために、立っているんだよ。
なんのために、剣を握っているんだよ。
私は、決めたじゃないか。
あの三人を守るって決めたじゃないか。
美味しいご飯を作ってくれるリツさん、髪をいつもきれいにしてくれるローズさん。そして、恩があるマリ先輩。ライドエルを学園祭で、マリ先輩は私を助けてくれた恩がある。
決めたじゃないか、私は守るって。
体が砕けるまで戦うって、決めたじゃないか。
思い出せ、バカ脳筋。
いつまでも、吐いているんじゃないよ、いつまでも、部屋に籠るな、バカ脳筋。
私の取り柄は、戦うだけだろ、バカ脳筋。
私は最後の剣を構える。
踏み込んで、私の最後の剣と赤髪エルフの剣が交差した。
目を開ける。
リツ邸の私の部屋だ。
もやもやした私の頭が、澄み渡る。
起き上がる。頭がくらくらしたが、私は頭を振る。
立て、バカ脳筋。
私はベッドから立ち上がる。
ああ、やっぱり、痩せている。
一体どれくらい閉じ籠っていたんいたんだ。
筋力が落ちてるはずだ、カンも鈍っているはずだ、なんとか取り戻さないと。
みんなに謝らないと。
迷惑、かけたから。
私の取り柄は戦うことだ、アタッカーなんだ、立て、バカ脳筋。
ぐううぅぅぅ
私のお腹が鳴る。
あんなに食べられなかった癖に、なんで今頃鳴るんだよ。
なんて都合のいい胃袋だよ。
とりあえず、一階に降りる。
台所はワイワイしている。
「リツちゃん、アルフさんのお弁当出来たよ」
「そう、アーサー君届けてくれる?」
「はい、リツ様」
「私が届けますよ」
一斉に、集まる視線。
「あ、ご迷惑かけました」
私はぺこり。
リツ邸に私の名前が響いた。
読んでいただきありがとうございます




