休憩②
悪夢
「ダンジョン症ってなに?」
ダンジョンを脱出し、すぐにスレイプニルに馬車につなぐ。昏睡しているルナを、アルフが運ぶ。馬車の中の個室で、ローズによってルナの装備品を外される。やっと落ち着いた頃に、ミーシャが聞いてくる。
「ダンジョン症はな」
アルフが鎧を外しながら答える。
「密閉された空間で、何日も過ごすと、時間感覚がおかしくなってな。体調が悪くなるんだ」
「ルナお姉ちゃんみたいに?」
「まあ、あれはちょっと違うかのう」
アルフは首を回す。
「だいたいな、ダンジョン症は少しずつ症状が出るもんだ。食欲が落ちたり、眠れなかったりするもんだが。ダンジョン症ならダンジョンを出てら、症状は落ち着くがな」
「ダンジョン症じゃなかったら?」
「そう、さな」
アルフは言葉を濁す。
沈黙が広がる室内。
「メエメエ~」
ソファーに沈み、頭を抱えるマリの膝にノゾミがすがり付く。
「マリ」
静かに、アルフが声をかける。
「ルナは最後にローグと言った。儂の知っとる、ライドエルの騎士ローグか?」
「アルフさん、ご存知でしたか?」
「まあ、隣の国だしな」
「……多分、ルナちゃんの言ったローグ様と同じだと、思いますが。ただ」
マリは歯切れ悪く、言葉を切り、沈黙する。
「すみません、私の考えが間違っているかも知れないし、ルナちゃん、知られたくないことかも」
頭を再び抱えるマリ。
「そうか、分かった」
アルフは息を吐き出す。
「とにかく、ルナを休ませよう。その内、ルナが話してくれるまで、気長に待てばいい。この件で、ルナに無理に聞くなよ」
「分かった」
ミーシャが頷き、残りの全員頷いた。
「ルナちゃん、食べた?」
「食べたは、食べたけど」
リツが肩を落とす。
あれから1ヶ月。
ルナの症状は改善する気配はない。
毎日のように魘され、叫んで飛び起き、声を殺して泣き出す。
眠れない日々が、数日それが続いて、ようやく気絶するように昏倒する。
そして、食べ物が喉を通らなくなった。
かろうじて水分は取れるが、固形物を受けつけなくなった。なんとか飲み込み、そして、しばらくしたら激しい嘔吐を繰り返す。
消化のいい食べ物をリツが作るも、ルナは青白い顔で食べるが、結果は同じ。
「ルナお姉ちゃん、どうして食べれないの?」
ミーシャが心配そうに聞くが、誰も答えられない。
「昨日、マンゴーのジュースは大丈夫だったよね? リンゴジュースも大丈夫だった。アイスティー大丈夫だったし。もうこの際ジュースだけにしたらどう? 吐いたら、ルナっちがきついだけだし」
リーフが今までルナが口にして大丈夫だった物を上げる。
「そうね、そうしましょうか。お昼は、マンゴーとライチのジュースにしましょう」
リツがお昼のメニューを決める。
「ねえ、シャーベットも少しなら大丈夫だったよね? ブルーベリー沢山あるし、作ってみない?」
「新しいブルーベリーを採って来ます。ラズベリーも沢山ありますから」
アーサーが篭を持ち、畑に出ていく。
「手伝うぞ」
サーシャも続き、アーシャとミーシャも続く。
「マリ様、僕も手伝って来ます」
リーフも帽子片手に出ていく。
見送って、マリは肩を落とす。
「ねえ、マリちゃん。ルナちゃんの事で、何か心当たりあるんじゃない?」
リツの問いにびくり、と震えるマリ。
「そうね、あるけど。もし本当なら、きっとどうにもならない事よ。想像以上にルナちゃんの苦しみが深いと思う」
「そうなの?」
リツが考える。
「ねえ、聞いても大丈夫な事かしら? ルナちゃん、あのままにしておく訳にはいけないけど」
「聞いても、どうにもならないかもよ? アルフさんの言うように、待った方がいいかも。ルナちゃんが自分の中で解決しなくちゃいけない気がするの」
「それでも、知りたい」
マリは少し考える。
「なら、話けど、あくまで可能性よ」
今から50年くらい前、まだライドエルとクリスタムが小競り合いしていた頃。沢山の犠牲を出しながら結ばれた平和条約。そして、成人したばかりのライドエルの王女が、クリスタム国王の側室に入った。政略的な人身御供だ。クリスタム国王とは30以上年が離れていたが、王女は王家の一員の責務を全うした。
それからすぐに小規模のスタンビードが起きて最大の功績を上げたのがローグという騎士だった。
褒美は何がいい? そう言われた騎士ローグは、一つ願い出た。
「私が騎士見習い時代に世話になった騎士補佐の保証人になる許可を」
その騎士補佐は15年、ずっと騎士補佐として功績し、今では新人達の指導や、上官達の信頼も厚い。だから、どうか、彼女に騎士の誉れを、と。
願いは聞き届けられた。
その騎士補佐に、騎士の称号を授与するときに、それは起こった。
クリスタムとの平和条約に心血を注いでいた国王が体調不良となり、代わりに第一王子が出席。
騎士の称号授与は、厳かに行われる。整然と並ぶ騎士達に前に、王子は鼻で笑って、王座に行儀悪く足を組んで座る。
誰もいい顔はしない。王子はあくまで王子で、王ではない。王座に座ることは出来ないのに、堂々と座った。
「騎士の誉れは、このような汚い者が持つものではない。相応に相応しい者に与えるべきである」
そういい放つと、後方のドアが開き、1人の少女が現れる。
過度に宝飾された真っ赤な鎧を着た少女は、堂々と眉を寄せる騎士達の間を通り抜け、王子の前にたつ。
先代国王が残した最後の落とし種だ。つまり王子にとって年下の叔母だ。
「彼女は学園で素晴らしい成績を打ち立てた、彼女こそ、騎士の誉れに相応しい」
「なりません王子。まだ卒業すらできていない者に、騎士の誉れなど」
騎士になるには騎士見習いを二年、騎士補佐五年を経験しなくてはならない。これは例え王族だろうが避けられない。そう、伝統だ。ライドエル騎士の何百年も守ってきた伝統なのだ。
すぐになれないのには、理由がある。
期間を設けることで、自分向き不向きを実感させて、今後の自身の方向性を決めるため。そして、苦労して仲間の大切さを知るためだ。
「ふん、その様な古い考え私がすべて変えてやる。私が王なるのだ、下らん伝統なんぞすべて壊してくれる」
王子は進言した家臣を一瞥。
「そこの大女、とりあえず女なのだろう? だったら子供を産め。お前のように大きくなるだろう。それが戦えるようになれば、いい肉盾になろう。その時こそ、我がライドエルがすべてを手に入れるのだ。あの鼻持ちならないクリスタムの王子の首を取るのだ」
それは、あまりにも配慮がなく、短絡的で、無神経な言葉だった。
少なくない犠牲の上で成り立った平和条約を、王子は踏み潰す気でいた。実の妹が、愛する婚約者と別れて、父親のように年が離れていたクリスタムの国王も元に、どんな気持ちで行ったか。ただ、ひたすらに、ライドエルの平和の為に、王族の責務を全うするために。隣国に嫁いだのにだ。父王が倒れるまでに、心血を注いでいた平和条約を、足蹴にしたのだ。
それを聞いた、騎士達から言い様のない感情が溢れてきたが、みな優秀な騎士。王子の前で、騎士の礼を取り続けた。
だが、内心腸が煮えくり返っていた。
友人が死んだ。仲間が死んだ。それに耐えきれず、自害した母親。孤児になった子供。踏み荒らされた大地に、絶望する民。
そんな沢山の思いの上で、やっと結ばれた平和条約。
歯軋りを誰かがした。
「ならば、私は未来の私の子供を守りましょう」
それまで黙って膝を付いていた騎士補佐が立ち上がる。
そして、止める間もなく、近くの護衛騎士の剣奪い、自分の首を切り裂いた。
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