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嗜好品③

あーん

「さ、ルナちゃん、あーん」

「あーん」

 ぱくり。

 反射的にぱくり。

 あ、あまーい。何か仄かに苦味あるけど、あまーい。うわ、美味しい。

 土の塊みたいなのに、とにかく美味しい。

「美味しい?」

 あーんしてくれたマリ先輩が、ニコニコ顔で聞いてくる。私はこくこく頷く。

 目の前のテーブルには冷えて固まったチョコレートが、三種類並ぶ。

 なんでもカカオの含量で変わるらしいが、私は一番甘いのがいい。

 一番濃いビターはちょっと苦手だが、アルフさん、サーシャは美味しいと。ローズさん、アーサーとリーフはマイルド、アーシャとミーシャは私と同じスイートだ。ナリミヤ氏はだくだくと濁流のような涙を流している。

「チョコレートだ、チョコレートだあ」

 全部いいらしい。

「ぴぃぴぃ」

 ショウが必死にすり寄っている。

 私もすり寄っていこう。

 マリ先輩は笑って、再びあーんしてくれる。

「本当にいいのかい? 頂いても?」

 ダンジョンアタック中に出来たチョコレートはすべてナリミヤ氏に渡すことになっている。

「はい、原材料さえあれば、トウラに戻っても作れますから」

「あ、ありがとう。あ、ボス部屋復活したね。僕、ちょっとカカオ採ってくるね」

 軽いなあ。近所のマルシェにパンでも買いにいく感じだよ。

「あ、いってらっしゃい」

 リツさんとマリ先輩、ローズさんはお留守番。はい、チョコレートと新しく手にした調味料で夕飯作ると。

 ……………ここ、ダンジョンなんですけど。

 テーブルが広げられ、コンロが並び、ナリミヤ氏が手持ちの材料で一瞬で作ったオーブンが鎮座している。結界の魔道具が広げられ、スレイプニルが護衛してくれると。

 ……………………ここ、ダンジョンなんですけど。

 アーサーは残りたそうだが、リツさんに「いってらっしゃい」て言われて、そそくさと来た。

「じゃあ、開けます」

 ナリミヤ氏がボス部屋の扉を押し開けた。


「さ、今日はなんちゃって麻婆豆腐です」

「頂いてもいいのかいッ」

 叫ぶな大富豪。

 ちょっとあまり色味の良くないものが出た。でも、いい匂い。小さい豆腐が切って入っている。

「いただきますッ」

 がつがつがつがつ。

「ああ、麻婆豆腐だあぁぁ」

 涙流さないで大富豪。

 私達もいただきます。

 ぱくり。

 あ、辛い、ちょっとピリッと辛いけど美味しい。あ、ご飯が進む。

「これは辛くて旨いな」

 アルフさんも美味しいらしい。

 あら、ちょっと色味違うけど。

「アルフさんは辛口よ。ルナちゃんは中辛くらいね」

 なるほど、リツさん気が利く。

 マリ先輩がためしに辛口一口あーんしてくれたが、うん、私は中辛だ。これでもミーシャにはちょっと辛いらしい。

「あ、辛い、でも美味しいです」

「旨いな、でも汗出てきた」

 アーサーとサーシャは辛口。残りは中辛だ。ナリミヤ氏は両方。

「ミーシャちゃんには、甘口作ってあげるね。ナリミヤ先輩、どうされます?」

 リツさんが大きな器に麻婆豆腐を移す。

「頂いてもいいのかッ?」

「どうぞ、まだ、材料ありますから。なんちゃってですので新しく作ったら、連絡しますね」

「ありがとうサイトウ君ッ」

 だから涙流さないで大富豪。

「エビチリとあんかけ炒飯も出来そうじゃない?」

 マリ先輩から美味しそうな言葉が出てきた。

「エビチリッ、あんかけ炒飯ッ、サイトウ君、僕、カニあんかけ炒飯がいいッ」

 血走った目でリクエストする大富豪。

「カニなんてありませんよ。オイスターソースやXO醤だってないのに」

 バッサリリツさん。ガックリナリミヤ氏。

「まあ、エビチリと、五目あんかけチャーハンくらいできるかしら。明日ちょっと作って見ますね。味は期待しないでください」

「ありがとうサイトウ君ッ」

 叫ばないで大富豪。

 そんなナリミヤ氏を見て、リーフがポツリ。

「ああ、だからあいつはリツさんを嫌ったのか」

「なんで?」

 リーフのあいつは赤髪エルフだ。

「見てよ、あのナリミヤさん。ふるさとの味にあんなに再現できるリツさんになついちゃってさ。あれをあいつは怖かったんだよ。ナリミヤさんを取られるって思ったんだよ。ナリミヤさんはリツさんにそんな気はなかっただろうけどね。あいつは家事とか全く出来ないんだ、もちろん料理なんて無縁な生活してたから、リツさんにそれで勝てないって」

 リーフによると、赤髪エルフは騎士隊の給料をすべて武具や自分を磨くために使っていた。加護が分かってから、日常生活に必要な事はしなくて当然、身の回りの事は家政婦まかせだ。長年の生活は簡単に抜けるわけない。ナリミヤ氏に見出だされても、それは変わらず。髪すら自分でまともに纏めることも出来なかったらしい。どこの上位貴族よ、マリ先輩なんて料理も掃除も出来るのよ、私以上に。

「あいつは、自分を磨いてナリミヤ氏を繋ぎ止めていたと思うよ。でも、ナリミヤさんってそれより、生活感が溢れた方が好きなんじゃないかな? あいつはそれが出来なくて、焦っていたんだよ」

 だから、あんなに嫌ったのか。なんだか納得。

 ナリミヤ氏はリツさんの作る料理を、あんなに喜んで食べている。多分、リツさんじゃないと再現は不可能。ふるさとの味。あんなに喜んでいる。まあ、妻なら、あんなに夫が別の女の作った料理を喜んで食べていたら、いい気はしないな。赤髪エルフは料理がまともに出来ないから、余計に焦って。

 あんな強行に走ったのか。

 だからと言って、許すわけないけどね。

「あいつは、きっと心の奥底で自分に自信が持てなかったのかも。どうしてもリツさんに勝てない事があるって。ナリミヤ氏の事も、それで信じきれなかったんじゃないかな」

 なるほど。

 リツさんに必死にリクエストするナリミヤ氏を見て、なんとなく、赤髪エルフが焦っていたのが分かる。私もあんまり料理は得意じゃないからね。愛した人のあんな姿みたら、悔しいし、悲しいし、辛いし、情けないだろいな。

 だけど、やっぱり、許すわけないけどね。

読んでいただきありがとうございます

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