赤髪エルフ③
無心、無神経
「あれか」
ぽそり、隣のアルフさんが呟く。
「知っているんです?」
「ああ、知り合いが救助要請で参加したからな」
友好国だし、義理堅いドワーフだからね。
リーフの話は続く。
「レイチェルは、最年少で中隊を任されてました」
レイチェルを心酔していた騎士は少なくなかった。あの美貌に、あの鼻持ちならない気高さに、あの強さ、そして加護。
その心酔していた騎士達を引き連れ、レイチェルは突撃したと。精神の鼓舞で、率いられた騎士達は異常な熱気を孕んで。
「よせッ」
異常に気付いた別の隊長が叫んだが、届かない。どうみても、無駄死に確実の特効だ。その隊長が二人の襟首を掴み、引き倒したが間に合わない。レイチェル率いる中隊は、魔物の群れに消えていった。しばらくして、魔物の中に自爆能力を持つものが出た。
「自爆し、騎士達は全滅。当然、レイチェルも死んだと思われたのですが」
レイチェルは大火傷を負い、運がいいのか、近くの川に流され、拾われた。気の優しい木こりの夫婦だったそうだ。その夫婦に助けられ、なんとか、命をつなぎ止め、やっと自分の名前と出身国を伝えることが出来たのは、1年を過ぎた頃だった。
その頃には、リーフは騎士見習い。レイチェルは戦死者の慰霊碑に名前が刻まれた。リーフの実家はあまりいい状況ではなかった。散々、レイチェルの加護に融資した貴族達が圧力をかけた。返済不要の融資だ、返せとは言われなかったが、圧力をかかる。伯爵家に嫁いだオルファスも肩身の狭い思いでいた。無理な突撃で、たくさんの騎士を無駄死にさせたと、愚かな加護を持つ女騎士と、180度評判が変わった。
リーフの風当たりも悪かったが、耐えた。ずっと耐えた。
そんな中、レイチェルの生存の知らせが入った。
両親は歓喜した、再び、加護を持つレイチェルが戻って来ると。ただひどい大火傷で、満足に自分のことが出来ず、木こり夫婦に助けられて生きていた。リーフもオルティナも無事はいいが、その大火傷が心配だった。
いっそ、死んでくれた方が、と思わなかったこともあったと。
レイチェルはライドエルで生存が分かり、空気が変わった。両親は溜め込んでいた財産を使い、木こりの夫婦の元にいるレイチェルに手紙を送りライドエルの治療院に移された。オーディスまで移動するだけの体力はなかったからだ。毎月のように治療費を送る両親、リーフはまるで他人のように見ていた。今さら帰っても、レイチェルの居場所は騎士隊にはなかった、たくさんの騎士を無駄死に追いやったのは紛れもなく事実だった。騎士達がレイチェル並みのレベルがあれば、話は違っていたかもしれないが、あの状況での、あの突撃はレイチェルの判断ミスだった。他に心酔していた騎士達も付き物が取れたように、何故、あんなに心が奪われたかと、冷静になりだし、怒りを覚え、その矛先はリーフに向かった。
それでも、リーフだ、自分は自分と言い聞かして、耐えていた。リーフには、騎士見習いを共にした仲間がいたからだ。やっと、見習い期間が終わりを迎えた時、リーフに下されたのは、再びの見習い期間だった。
理由は簡単。レイチェルが免除された騎士見習い期間を、弟のリーフに押し付けたのだ。
「僕には関係ないことですッ」
リーフは訴えたが、聞き入れて貰えなかった。見習い期間の仲間も訴えたが、通るわけない、リーフは甘んじて受けることにした。庇ってくれた仲間達が、立場を悪くなるのを心配したからだ。
ただの、八つ当たりだが、リーフは黙って受けた。
実はその時すでにレイチェルはナリミヤ氏に見出だされて、大火傷は完治していた。その事は、騎士隊の上層部は掴んでいた。ちょうど、ナリミヤ氏がクレイハートのアドバイザーとして滞在していた頃だ。レイチェルは大火傷を治してくれたナリミヤ氏ぞっこんになり、今までのことをきれいに忘れて、ナリミヤ氏に尽くしたそうだ。いつまで経っても戻って来ないレイチェルは、冒険者としてナリミヤ氏に同行。あの目立つ容姿だ、噂にならない訳ない。
それでも、何度かオーディスに来たが、レイチェルの実家に行くだけで、そのまま帰る。それを何度も繰り返し、とうとうリーフが訴えた。
「いい加減、慰霊碑も祈りを捧げに行けよッ、あんたのせいで、どれだけの人が無駄死にしたと思っているんだよッ」
「慰霊碑? レイチェル、なんのこと?」
「旦那様、お気になさらないでください。この恥さらしの言うことなんて聞く耳を持つ必要はありません。本当に恥さらし、見習いを二回もするなんて、どれだけ無能なのだ」
「誰のせいだと思っているんだよっ」
「いく必要ありません旦那様。旦那様、お気になさらないでください」
レイチェルの評判は更に落ちた。
リーフの立場も悪くなり、伯爵家に嫁いだオルティナもますます肩身の狭い思いを強いられた。
レイチェルが慰霊碑を訪れることはなく、実家どまり。更にリーフを激怒させたのは、両親が勝手にリーフの貯蓄を切り崩し、レイチェル達をもてなした。リーフにコツコツ貯めた貯蓄をたった一晩で。どうやらオルティナにも、金の無心をしていた。
リーフは激怒した。
「僕が稼いだお金だぞッ、ふざけるなッ、たった一晩のワインにしやがってッ」
「御姉様の為だろう? 弟なら、喜んで出すのが当然だろう? レイチェルはいつか騎士隊に戻るのだから」
「バカじゃないの? 慰霊碑にも行かないだよ、どれだけ評判悪いか分からないのか? もうあいつの場所は騎士隊にはないんだよッ」
「リーフこそ、何を言っているの? レイチェルには天使の加護があるのよ、騎士隊から迎えに来るわ」
両親とは、もう話が合わない。その時確信した。
加護があれば、誰でも道を譲り、金を出す。そんな生活にすがり付き、続くものだと、信じて疑わなかった。オルティナも冷静に両親を諭したが無理だった。
リーフとオルティナ、レイチェルと両親の溝が広がった。
今から2年前、レイチェルはナリミヤ氏との間に娘を生んだ。レベッカと名付けられた。その頃に、リツさんの巻き込まれ召喚だ。レイチェルは実家に帰って来る度に、リツさんに罵声する言葉を吐き続けた。娘レベッカが泣こうがお構い無しに、罵倒し続けた。両親はナリミヤ氏に詰め寄り、リツさんを追い出すように迫ったが、これにはナリミヤ氏は折れなかった。
「サイトウ君には、申し訳ないないことをしたので」
「まさか、そんなおぞましい者を愛人にしたのですか? レイチェルほどの美しさがあるのに」
「お義母さん、サイトウ君は、そんなんじゃないんですって」
必死に説明している時に、ふと、気がついた、いつも一緒なって自分を責めるレイチェルがいない。一緒に来ていた女達の中で数人いない。
嫌な予感がして、咄嗟にワープでマリベールの豪邸に戻り、リツさんは地面に転がされ殴られ、私は血まみれ。そして、クレイハート家令嬢とけがをしたメイド。
そうあの時だ。
レイチェルをはじめとした女達は、ナリミヤ氏により金目のものは取り上げられ、ダラバに追いやられ、冒険者ギルドカードの停止された。この冒険者ギルドカード停止が、更に状況を悪化した。
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